第42話 『凛と、キス』
——ピンポーン
凛の部屋のインターホンを鳴らす。
けれど出る気配はなくて、俺の中にザワザワとしたイヤな予感が立ち込めてきた。ドアノブに手をかけてみると……開いている。
まさか、ストーカーがすでに侵入を??
「凛? 入るぞ!?」
声を掛けて、バッと玄関の扉を開けた。
すると部屋の奥の方に、下着姿かと思うほど露出した凛の後ろ姿が見えた。凛はへたりと床に座り込んでいて、ふるふると震えた様子でこちらに振り返った。
「凛!? 大丈夫か!!??」
急いで凛の元に駆け寄る。まさかストーカーに襲われた後か!?
すると凛は震えた声で、俺に話しかけた。
「お、おにぃいいい、ちょ、今、足痺れてて、立てない……」
「……は????」
予想から斜め上すぎて間抜けな声が出た。
「うう、いたたたたたた」
凛は足を
「え、何? ストーカーは?」
「え? ストーカー? なんのこと?」
キョトンとした凛の言葉に、俺の方がキョトンとなる。
「え、お前、助けてって、あのメッセージ、なんだったんだよ」
「えっ? 返事ないから忙しいのかなと思ってたのに、まさか直接来てくれると思わなかったよー。えっとね、テレビの配線わかんないから助けて欲しくて。ずっと座って格闘してたら足痺れちゃったー」
……こんなことのために、俺は美桜との幸せな時間を遮られたのか?
「なんだ。そんな事か。俺……帰っていい?」
「えー! なんでなんで、せっかく来てくれたんだから、テレビの配線繋げて行ってよー。私分かんないんだもんー」
凛は両手で俺の両腕を掴んでそう言って来た。
……くっこんなことならメッセージ無視して美桜とキスしてたらよかった。
「テレビの配線なんか同じ色同士繋げるだけだから簡単だろー?」
「えーそれがわかんないんだもんー! 簡単ならお兄やってよー。お願い。可愛い妹の頼みじゃんー」
……はあ、全く、こいつは。
「もー仕方ないなあ。それで、お前なんでそんな格好なんだよ」
「え? 引越しの荷解きしたり家具動かしたりしてたら暑くって。脱いじゃった」
凛は悪びれる様子もなく、ヘラっと笑ってみせた。
……少しは恥じらって欲しいんだが。
「……へいへい、そうかい。でも、一応お前も女の子なんだから、男の前でそんな格好するの良くないぞ?」
「んー? 分かってるよー? お兄の前でしかしないもーん」
「俺ならいいんかい。はあ、……全く」
……俺なんか男として見てないってことか。まあ、コード繋げたらさっさと帰るし、いいけど。
なんとも言えない気持ちを抱えたまま、俺はテレビの配線を繋いだ。
「……よし、じゃあ、凛、テレビ付けてみ。たぶんこれで映るから」
「え、もうできちゃったの?」
「うん。ほら、リモコン、どこ? 付けてみって」
「んー」
なぜか凛は不服そうにテレビにリモコンを向けた。
「お、付いたな。じゃ、俺は帰るから……」
そう言って立ちあがろうとした時、凛に……抱きつかれた。
……え??
「えーやだ。せっかく久しぶりに会えたんだし、もうちょっとだけいいじゃん」
何、この状況? なんで、俺、抱きつかれてるんだ?
「なに、まだ何か手伝え、と?」
「えーだめ? だってさーひとりで片付けるの大変なんだもんー。ねー、お兄ー手伝ってよー」
相変わらず凛はおねだり上手だ。うーん、と少し考えて、美桜もそろそろ昼寝する時間だしなあと思い、まあ少しならいいかと思った。
「あーもう、仕方ないな。少しだけだからな」
「へへっやったあ! さすがお兄、大好きっ」
そう言いながら凛はさらに嬉しそうな顔しながら俺に抱きついた。
……あれ? 何だろう、この違和感。凛は昔は口が悪いばかりで、こんな……大好きなんて言葉、言わなかったのに。
「…………」
不思議に思って俺は凛の顔を見る。すると凛は俺に抱きついたまま俺の顔を見つめてくる。
……何? この雰囲気。俺、どーしたらいいの?
妹とはいえ、女の子が下着みたいな格好で俺に抱きついてるんだけど……。そして『大好き』? いや、深い意味があるわけないか。凛だしな。
「えっと、で、何手伝って欲しいの」
淡々と言う。
「んー……まだ全然片付けることはあるんだけどさ?」
「ん? うん」
……何なんだよ、この空気……。そう思ってると、抱きつく凛にそのまま……押し倒された。
「ねぇ、お兄、さっきの可愛い人……彼女?」
「え、いや、違う……」
……なんでまた? 美桜のことは好きだけど、彼女、とは違う。説明出来ないけれど。……しかし、だから、何、この感じ。なんで、俺……サンに続いて凛にまで押し倒されてるんだよ。
「そっか……じゃあさ、ずっと彼女できなかったら、凛をお嫁さんにしてくれるって約束、まだ生きてる?」
凛は、俺に抱きつきながら俺の顔を見る事なく少し恥ずかしそうに言った。
「……え?」
……何? なんのこと?? 全く身に覚えがないんだけど????
「……覚えて、ない?」
「うん。全く」
「……そっか。じゃあ、いいや」
凛は少し寂しそうに言った。
……マジで、意味わからないんだけど。いや、俺、凛に嫌いとかキモいとか、そーゆー言葉ばかりかけられてた記憶しかないんだけど????
内心パニックになってる俺に、凛はさらに追い討ちをかけて来た。
「ねぇ、じゃあさ、凛とキスしてから……他の人とは、キス、した?」
「……は?」
思いもよらない言葉に、つい俺の口から出た言葉に、凛は明らかにムッとした表情を見せた。
「……お兄、マジで覚えてないんだ。嫌い。大っ嫌い。マジで嫌い。氏ねばいいのに」
明らかに怒ったような低い声で言った。けど、どこか悲しそうで。俺を押し倒して抱きついたまま、離れる気配はなくて。
え、なに、なんなんだよ。意味が……分からない。言葉と態度、真逆過ぎるんだけど?
「え、ちょ、え、凛? ……と、とりあえず、降りて、な?」
なんで俺焦ってるんだと思いつつ。凛が少し泣きそうだからかと気づく。
「……やーだ」
凛はそのまま拗ねた声でそう言うと、俺の上で俺に抱きついたまま
「ねぇ、お兄の部屋に、まだあの人、いる?」
そう聞いて来た。
「え、ああ、いる、けど、それが、何……」
俺の言葉に、凛はまたムッとした顔をして
「そっか。じゃあ、凛、このままお兄の上から離れないもーん。ねー、帰ったらやだ」
「え、いや、そーゆーわけには……」
俺が返答に困っていると、
「じゃあさ、あの人帰ったら、凛がお兄の部屋行ってもいい? ……今日、泊めてよ」
「え、ええ?? 凛? どした、いや、そーゆーわけには、いかない」
……だって、美桜は帰るどころか俺の部屋に一緒に住んでるんだし。でも、それを凛に言うのもどうなんだろう。
「えー。なんでー? いいじゃん。せっかく久しぶりに会えたんだし。凛また一人になるのやだよ。寂しい」
……え、寂しい? ……確かに……俺があの家を出てから、凛は……ほとんど両親が帰ってこないあの家に一人でいたのかと思う。嫌われていたとはいえ、さすがに一人は寂しかったか?
そう思うとなんとなく罪悪感を感じたりして。けれど、だからと言って、凛が俺の部屋に泊まると言うわけにはいかない。
「え、いや、おいおい。それはさすがに、ダメだろ」
「むー。お兄のばか。嫌い。大嫌い」
俺の言葉にまた凛は怒った顔をして、拗ねた声で言いながら、俺に……キスをした。
「……え?」
放心状態の俺に、凛はさらに音もなく唇を重ねる。三回くらいしっかりと重ねた後、俺にぎゅっと抱きついて
「……分かった。お兄、帰っていいよ。凛、ひとりで片付けられるもん……」
そっぽを向きながら、少し震えた声でそう言った。
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