第61話 『美桜の不安と、キス』

「美桜、ただいまー」


 風呂上りの髪をタオルでガシガシと拭きながら脱衣所から出ると、唐突に美桜に抱きつかれた。


「み、美桜?」


「……いつものごしゅじんさまのにおいだあ」


 抱き着く美桜の腕は、いつもより強く感じる。



「…………」


 抱き着かれたまま、しばらく沈黙が流れる。

 そして、美桜が小さな声で話し始めた。

 


「美桜……悪い子かな。このまま、美桜のにおいつくまで抱き着いてたい」


「え?」



「凛ちゃんは、ごしゅじんさまの妹だから仲良くしたいと思ってる。それに、ごしゅじんさまの、やましい事は何もないって言葉も信じたい。でも……」


 美桜は俺に強く抱き着いたまま、弱々しい声でさらに続ける。


「でも、凛ちゃんは美桜が知らないごしゅじんさまのこといっぱい知ってて、そんな凛ちゃんと二人きりの時間を過ごして凛ちゃんのにおいさせて帰って来たら、やっぱり……いやだなって、思っちゃう……」



 その言葉に美桜の気持ちが痛いほど伝わってきて、ぐっと来た。


 

 俺は本当にやましい事は何もしていない。けれど、普通に考えたって、彼女がいるのに他の女の子と二人きりで過ごして女性の匂いさせて帰って来たら、浮気を疑われても仕方がない。さらに美桜は……俺しか頼る人がいないんだ。その不安は普通の恋人の何倍もあるだろう。



 ……そう思うと、俺の行動は軽率だったと思った。俺は……美桜を大切にしたいと思ってる。美桜を、好きだと思ってる。美桜を、幸せにしたい。



「ごめん、美桜。俺が好きなのは美桜だけだよ」


 抱き着いたままそっぽを向く美桜にそう言った。



 すると、美桜は少し涙を浮かべた顔を俺の方に向けて、


「じゃあ……。もっとちゃんと抱きしめて、キスして。安心させて」


そう言った。



 その顔はいつもの子どもっぽい美桜ではなくて、少し大人っぽくて。


 俺の浮気を疑ってるとか、怒ってるとか、そんな感じでは全くなくて。純粋に俺のことを信じてて、単純に嫌だなと思ってて、本当に、俺のことを好きなんだなと感じて、そんな美桜が心から愛おしくなった。



 俺は美桜の身体を力強く抱きしめた。凛を抱きしめた時より何倍も強く。比べられないほどの愛おしい気持ちを込めて。



「美桜、不安にさせてごめん。でも、俺が好きなのは美桜だけだ。その言葉に嘘はない。だから、安心して」


 そう言って、キスをした。いつもより長いキスを――



 長いキスの後、そっと唇を離して美桜の顔を見る。すると美桜は幸せそうに笑って、


「こーた。大好き」


まだ唇に残る余韻と吐息がかかるほどの距離でそう言った。



「俺も!」



 気付いた時には、俺はまた美桜を引き寄せて強くキスをしていた。


 何度も、何度も。






———————————————————————

次話はおまけとお知らせページとなりますので、読み飛ばしOKです。

その次からの2話で完結となりますので、どうぞ最後まで見守っていただけたら

嬉しいです。

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