アーカイブ3:正社員になりたい(1)

 先月、正月明けのことだ。


「アルファケーブルネットワーク?」

「いま物凄く忙しい会社だよ」


 藤原直志ふじわらただしから連絡を受けて、進路相談室で企業資料に目を落としたときだ。


 東京都、渋谷に本社を構える上場企業。従業員の規模千人。近畿や九州に支社有り。


 それまで百人とか三百人規模の中小企業に短期インターン面接を受けて五回落ちした俺にとって、藤原からの有難い紹介――大手放送配信会社――は有り得ない好条件だった。


「スポーツ専門チャンネルの会社、ですか?」

「そう。有料放送『αスポーツ』を運営する会社になる」


 資料をよく見た。どうやら、野球、サッカー、ラグビー、格闘技、バスケ、ゴルフ、バレーボール、テニスやロードレース、モータースポーツ等を放送している会社になるらしい。


「毎年、初夏には人員募集を掛けているんだけど、今回は東京本社、渋谷が勤務地になる。一人スタッフが異動になるから急遽追加したいという理由で長期インターンの打診があったんだ。仕事は主に加入者向けの番組作りを行う部門になる。番組制作のアシスタントっていうポジションだよ」


 放送部が、中学・高校時代にあった。けど一度も入ったことはない。勝手な想像だが取材や原稿などを書く仕事になるのだろうか――最も企業の番組制作自体、学校とは比較にならないだろうが。


 あ、疑問が一つ浮かんだ。


「加入者って何ですか?」


「それはね。有料放送に、お金を支払った視聴者のことを指すんだ。例えば、テレビを付けたら無料で見られるのは、コマーシャルが流れているから。スポンサーが、テレビ局にコマーシャルを流してもらうようお金を支払っている。広告収入が得られることで、民放の放送局に視聴者はお金を支払わなくても見られるんだけど、その一方で、有料放送を運営する会社は視聴者がお金を支払う。コマーシャルは基本的にないからね。だから加入者を獲得することが非常に重要となる」


「へぇ。それで、その募集一名枠に俺を推薦してくれたんですか!」


 藤原は深く頷いた。


「そうだよ。君にどうかなって。本来は、まだ就職活動をしている三年生を優先するんだけど、長期インターンというのは、一年強くらいは働きぶりとか、実際に仕事をしてみて意見ができる学生が欲しいということなんだ」


「一年強っすか!」


「内定が欲しくて応募に乗る学生も過去に居たんだけど、社員になったあとで結局合わなくて辞めるケースがあってね。企業側は少し慎重になってて様子を見たいっていうのもある。だから時間がある一、二年生で興味がありそうな学生がいたらってことで。ちなみに部門の責任者は、我が校のOBになるよ」


 全然問題ない。むしろ卒業生が採用の責任者なのも何かの縁だろう。はやる気持ちを抑えて、俺は幾つか気になる質問をぶつけてみた。


「長期のインターンで一年強って、なかなか長いっすね。他の企業とか就活もできるか気になるけど、出なきゃいけない授業もあるし。ぶっちゃけ採用されるまで、具体的には、どのくらいの期間、インターンをすることになりますか?」


「今の時期からインターン開始なら最長で、一年半年間はインターンの期間になる。少なくとも卒業する六ヶ月前くらいには、インターンを終えてもらって最終面接がある。週二日から四日での勤務が条件とあるから、授業のスケジュールをみて調整しつつ、長期インターンをしながら他の企業への就職活動に応募しても構わない」


「なるほど。それじゃあインターン応募してみようかな。面接って、いつぐらいになりますか?」


 藤原は、直ぐには答えなかった。

 回答するまでに一、二秒の間があったと思う。


「ないよ」

「え。マジ?」


 口元をニッと微笑んだ藤原は「インターン面接がない代わりに、条件がある」と穏やかに答えた。


「条件?」


「この会社ちょっと特殊でね。インターン期間中に、チャンネル加入者の増加または離脱を防ぐには、どういう施策が必要かインターン生も提案を出すのが必須条件になるんだ。もし提案が見送られたとしても、加入者増加について考えていける者と見越して最終面接を受けられる。それで、晴れて正社員となる。だがもし一案でも提案が採用された場合、その時点で最終面接なしの、即内定、即正社員が決まる」


「一案でも?」


「ああ。一案でもね。だからインターンを受けてみたいなら、部門責任者に折り返しの連絡をするけど。徳最君。行ってみるかい?」


 これは間違いなくチャンスだ。

 たとえ正社員に万一なれなくても経験にはなる。

 俺にとって断る必要がなかった。


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