アーカイブ2:人気配信者の悩みごと(4)


「なるほどね。それで何でもかんでも配信や投稿ができないわけね。だから俺とゲームをやって息抜きなわけか」


『そういうこと!』


 ご意見ご要望が増えたのも人気配信者になったという証だが、苅田は一つ一つリスナーからの応答には出来る限り応えたいという姿勢なのだろう。でも応えきれなくて、若干疲れている。そこが良い奴なのだ。俺より身長は僅かに低いし声はでかいが、流石に弄るのはやめた。


『それはそうと徳最くんは、チャンネル登録数、全然増やそうとしてないけど。チュイットにもさ、生配信や動画投稿したタイミングでしか呟いてないよね。リツイートもしないでって言われて、オレやってないけどさ。やったらフォロワー観てくれると思うけど。本当に拡散しなくていいの?』


 苅田のチュイットのフォロワーは、二十三万人。対して俺は、フォロワー十二名という、いわば名もなきアカウントなのだ。無論、チュイットのフォローもしないでくれと頼んでいる。


 俺のデューヴのチャンネルページの登録数も少ない。一桁だ。


「なぁ苅田。デューヴってさ。動画が面白ければオススメ動画として取り上げられるじゃん。もしオススメに取り上げられるくらいの才能があったら配信一本でやってるよ。けど、そんな実力もない。てか。デューヴにこれまで投稿した俺の動画知ってるか? 平均十回前後の再生数。一番最初に投稿したDDの動画なんて半年経ってて再生数十三回なんだ。喋りのうまいお前と俺とじゃレベチなのは分かってたけどさ。つまり配信だけだと俺は食べていけない。でもせめて動画編集とか、配信方法とかは社会勉強の一つとして学んでおくのは悪いことじゃない。俺は安定した企業で普通に、会社員をやると決めたんだ」


『そんなに会社員になることが良いのかなぁ。退職金制度は廃止の企業も多いって聞くし、会社員とかの旨みって厚生年金くらいなものかと思うけど、確か年金額は僕らの世代のときには物凄く少ないってことも聞いたよ? なにより好きでもない仕事のために何十年と働いて、貰える頃には生きてるかどうか危ういくらい体弱ってるとかいうの。全然良いことないじゃん?』


 苅田の中では理解できないことなのだろう。最も、好きでもない仕事に何十年と働くというのは俺も同意はしてない。


「俺が自分で決めたことだからさ。気にすんなって。んなことよりさ。配信一本の生活が安定しているなら苅田は就職とか多分今後考えることないだろうし、そもそも会社員は興味ないだろ。なにより家業も継がないんだろ?」


 ワクワグラムから応答が暫し途絶えた。困っているのだろう。苅田にとっては、あまり話題にしない、いや、したくない話だからだ。


『まぁ、ね』


 歯切れが悪い。やはり家業の話に関しては、一番ナイーブになるのだろう。


『オレは、まぁ。小学校のときには確定しちゃったからね。嗅覚過敏。外は常にマスクしてないとムリだし』


「相変わらず、フローラルな香りがダメなんだっけ?」


『全然ダメ』


 苅田は公園で咲く花壇にすら近寄れないのだ。小学校のときに花壇に水をやる係を担い、花壇で倒れた。病院に運ばれて、検査した結果、親は知らされたのだ。体質改善も難しく、匂いに敏感な少年は花と向き合うと命すら危うい危機に晒される。だから苅田の親は、特に母親は息子に家元継承の襲名を避ける決断をした。その話を大学を辞める際、苅田が話してくれたのだ。


「早い内に、親に理解してもらえて良かったけどさ。五百年続く華道界の家元だと、後継者の問題とか本来、相当揉めるっしょ?」


『オレの聞いた話だと、養子で跡継ぎ貰うかみたいな話も一瞬あったみたい』


 苅田が溜め息を吐いた。


「マジ!」


『オカンが一蹴したけどね。遠い親戚からの意見だったけど』


「やっぱ苅田のママは、理解ある人なんだなぁ。普通は、どうにか鼻を直して継がせようとかなるんじゃない?」


『どうなんだろ。普通という選択が、どういうものか分からないけど』


「もしくは苅田が運命の人に出会って早々結婚して子供が生まれて、その子供なら後継者候補になるんじゃねぇか?」


 まったく幼稚な案だが、苅田家には一人息子しかいないのだ。苅田悦史の血筋が繋がれば、家元継承の襲名が実質、可能だろう。


『うーん。それは、ちょっと難しいかもしれないなぁ』


「何でだ?」


『もしこの世に運命の人がいたなら、結構特殊かもしれない。オレはさ。外出れば、人と行き交うたびにフローラルな香りがすると頭がクラクラするし、逆に無菌な工場とかでも従業員の使うロッカーとかも超ムリだし。究極さ、部屋から出なくてお金が稼げるのないかってのを考えたとき、家での内職的仕事が配信だったわけよ。だから運命の人は、オレにとってゲーム配信に寛容で、且つフローラルな香りのしない、可能であれば体臭がない人がベストになる』


 そうくるとは思わなかった。

 出会うには、なかなかの特殊条件だろう。


 家柄が一般家庭とは異なる上に、苅田の嫁になるには華道界と渡り合える相当な知識とマナーも必要に思えるし、苅田自身の嗅覚過敏にも対応ができて、且つ後継者を産むことができる女性はどこにいるだろうか。


「俺は応援してる。いつか出会えるよ!」

『ありがとう』


 心からの応援だ。これは俺の本心から苅田へのエールだが、一つ残念な知らせがある。


「ただな。苅田。気を落とさずに聞いて欲しいんだが。今チュイットみたら、話題になってる日本のトレンドワード。苅田のママが急浮上してるんだけど、見たか?」


『え。急浮上?』


 パソコンモニター画面上に起動させたSNSのチュイットを表示させた。今話題のトレンドページの画面を、スクリーンショットで撮影してからワクワグラムに送った。


『マジか。またかよ!』


 戸惑う苅田の声がVCを通して聞こえた。


― 話題のトレンド十位: 呪いの華 ―


「アングラ系ネットニュース記事が話題になってるみたいだぜ? 『収賄容疑で逮捕された国会議員。友麻ゆまの生花によるものだった!?』っていう。苅田のママは今月も生花で話題になってて、マジ凄いというか。その、息子として、この件についてコメントをお願いします」


 何かと話題になる華道家の苅田友麻、こと苅田の母親のことを、その息子に今いじりながらインタビューできるのは、恐らく俺くらいなものだろう。


 VCから、深い溜め息がまた聞こえた。


『マジさあ。ちょっと、これは。まさか今月も起こるとは思わなかったわ!』


 苅田友麻による生花は、納品先の企業、関連各社では必ず炎上騒動が起きるのだ。前回は、運送会社の創業五十周年パーティーに記念の装花が納品されて、翌日にはインサイダー取引容疑で代表が逮捕された。その前は、大手アパレルメーカーの過去最高売り上げを記録した祝いで、自社ビル玄関に装花が納品された。ところが繊維工場で出火。老朽化が原因と言われている。


 この摩訶不思議な現象は数年前にチュイットで、呟かれたことが発端にある。苅田友麻の生花は飾る先々で呪われている――とバズったのだ。一体誰の呟きだったのか、既に該当の呟きは消されており、以降アングラ系の記者には毎回注視されてしまう。


 苅田にとっては、かなり良い迷惑だろう。


「なぁ苅田。確か今年最初の配信で、出来たら顔出し配信したいとか言ってたよな。今顔出しすれば苅田のことを知ってる人が配信を見て呟くだろうし、親が誰なのか直ぐ周囲に気づかれちゃうよな?」


 気兼ねなく配信したいだろうが、まだまだ顔出し無しでの配信は続くのではないか。


『まぁ。時期を見てって感じかな』


 VCからは苦笑いをする苅田の声が聞こえた。もし顔出しが出来るのであれば、恐らくは三年前からずっと使っているデューヴのアイコンも、チュイットのアイコンも変わるかもしれない。


 赤色、橙色、青色、水色、緑色の五色が使われた五枚の歪な花びらは、苅田が自作で描いたSNS発信用のアイコンである。


 存在しない花を描いたイラストは、匂いを一切持たない花だと初期の頃に配信で話していた。


 だが何故そんな花を描いたのか理由を突き止めたリスナーは、まだいない。



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