アーカイブ2:人気配信者の悩みごと(3)


 ワクワグラムのテキストチャットに、苅田から画像が届いた。開いてみると、苅田のチュイットのDM画面だった。


「えー。なになに。『カーリィくん。初めまして。初めてDMします。いつも楽しい配信をありがとうございます。僕は一年ほど前からカーリィくんの配信を見ています。とても楽しくて最高に面白い配信者だなと思っています。今年、二〇一八年も実況動画を楽しみにしてます。ところで、今年はワールドカップがある年です。僕はワールドカップも楽しみです。しかし楽しみが二つあると、同時に観るのは難しくなります。なので提案なのですが、もし可能であればワールドカップの時期は、試合前か試合後に配信をお願いします。どうかご検討ください。よろしくお願いします』なんだこれ?」


 苅田のDMに届いたリスナーからの要望だった。


『凄いっしょ。何で、お前の都合に合わせてやらなきゃいけないんだよって思うでしょ?』


「マジか。面白いけど。こんなのが届くのか。苅田は、これに何か返信したのか?」


『したよ。善処しますって』


 おいおい。善処するのかよ!

 笑いが出そうになって声を抑えた「他にもあるのか?」と訊ねてみると苅田は即答で答えた。


『あるよ。スクショは残してないんだけど。こう書いてあった。――失恋して辛いです。電話が欲しいです。番号は、これですって家電らしき電話番号が書いてあって、もし掛けてくれないなら私はあなたの家に凸しますってのが、あったわ』


「それは、やべーな。警察に通報案件じゃん!」


『だけど凸しますと予告されてもさ。実際に相手が来なきゃ意味なくてね。来たら通報してやろうと待ち構えてたけど、結局来なかったんだよね』


 イタズラにDMを送ってくる困ったリスナーに苅田は手を焼いているようだ。大概は――構ってちゃん、なのだろうけど。


「そういう迷惑なコンタクトを取ってくる奴は、いちいち相手してたら疲れるぞ。返信はしなくても良いと思うけどな。キリないぞ?」


『そうなんだけど。リスナーの中には十代で見てくれてる子もいるし、あと特に親御さんからの意見とかは、なかなか無視もしづらくてさ』


 苅田を困らせる親世代からの意見とは、何だろうか。時に苅田の悲鳴はうるさい。騒音の苦情でも来たか。


「どんなやつ?」


『それは説明するより、実際見た方が早いかも。わくちゃんに今スクショ送るわ』


 苅田は、再びワクワグラムのボイスチャット・アプリを通して、画像を送るようだ。ピコンと通知音と共に画像ファイルが一枚送られてきた。画像ファイルを開くと、メールの文面だろうか。文字が書かれている。


「えーなになに。カーリィ様。いつも配信を楽しく拝見しております。普段より私は子供と一緒によく見ています。今日は思い切ってご意見をお伝えしたく初めてDMしてみました。とてつもなく言いにくいことなのですが、ホラーゲームの実況は猟奇的なシーンが非常に多く子供と一緒に観るにはかなり抵抗があります。できれば子供が安全に見られる配信でお願いしたいところです。ぜひご検討くださいって、これ」


 ご意見というより、要望だろうか。というか、見たくない配信であるならば、見なければいいだけなのだが。


『あとさ。直近ね。最近のDMで怒られたこともある』


「マジ?」

『さっきDDやったじゃん』

「ああ。それで?」


『ちょうどオレがマップの端っこで殺人鬼とチェイスしてたと思うけど、それってオレ以外のプレイヤーが修理に集中してるのを邪魔しに行かないように、できる限り遠くに引き寄せてチェイスをしてたわけじゃん?』


「ま。なんとか十箇所直して脱出口を出現できたから、苅田が長いことチェイスしてくれてたお陰ではあるな」


 俺も最後にチェイスで頑張ったところではあるが、主張は控えた。


『だろぉ? でもな。配信終わったあとにDMで来たんだ』


 苅田は、すぐ声色を変えた。リスナーから来たメッセージを再現するように、女性っぽい声マネがVCから聞こえた。


『カーリィさん。お疲れさまでした。私、ずっと観ていたのですが今さっきの一戦は、正直、立ち回り沼ってましたよね。最近結構、沼プが多いと思うんですけど配信では、なるべくやらない方が良いですよ。マップの端っこをチェイスするよりも、フィールド上のオブジェクトをもっと活かしたほうが長くチェイスできます。ルートは、こんな感じですって、手書きの地図付きで送ってきたりするわけよ』


 意味のない行動を繰り返すことを沼プレイというが、苅田のチェイスの頑張りも厳しく指摘したリスナーがいたようだ。ファンなりの意見なのだろうが、苅田にとっては指示厨しじちゅうになるかもしれない。


「まぁ、いいじゃん。地図参考にしたら?」


『あのね。オレは自由にやりたいのよ。沼ってても楽しくやりたいの。リスナーからの貴重な意見は有難いんだけどさ。メールにも同じやつ来たりするし。ちょっと、アレコレやってみて欲しいっていうリクエストも多くてさぁ。立ち回りとか、やり方は自分で考えたいというか。だから距離を置きたいというか』


 ボイチャが途絶えた。

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