アーカイブ2:人気配信者の悩みごと(2)


「何があった苅田!」


『ちょ、ごめん。今、話しかけないで貰っていいすか!』


 今度は反応があった。だが、その声には笑い声を含む。


「もしかして殺人鬼に追われてる?」

『そう!』


 緊迫した場面なのだろう。苅田は俺の話に応えている余裕がないらしい。


 すぐにまた悲鳴と共に『やばいぃぃぃぃぃ!』とデカい声がVCを通して聞こえた。


『ぎゃあああああ!』


 苅田が倒れた。いや、正確にはパソコンのモニター画面に映し出された黄色い人形のシルエットが、地面に倒れ込むようにダウンした。


「おーい。苅田。マップの端で死んでる場合じゃないぞ!」


『うるせぇな。マップ端まで引き付けてやったんじゃん。ほら。そっち行ったぞ!』


 苅田の指摘通り、殺人鬼が近づいてきた。危険信号を知らせる鼓動音――俺の操作するキャラクターの心臓がドクドクと波打つように強く高鳴った。


『遊んでないで早く助けに来てくれ!』


「悪い。行けねぇわ。今チェイス入った!」


 後ろから白い仮面を付けた殺人鬼――真っ黒な雨合羽の大男が、大股で近づいてくる。もの凄い速さで距離を詰めてきて、釘バットを大きく振り上げた!


「おっと危ねぇ!」


 すばやくキーボードのWASDキーとマウスを操作して、フィールド上に見えている大きな岩場に回り込む。


 ―― カンッ!


 釘バットが岩に当たったようだ。


「よし。今だな!」


 振り下ろした釘バットを、ゆっくり引き上げる殺人鬼の脇を、軽やかな足取りでダッシュする。真っすぐに突っ走って向かった先は、脱出口のゲートだ。


「ゴール!」


『コラー! 助けに来いよ!』


 苅田の叫びも空しく、俺を含めた他のプレイヤーたちも脱出口から無事に出られた。パソコンモニターはリザルト画面に切り替わる。脱出口から出られたプレイヤーには走る人型マークが表示され、ただ一人、苅田の操作するキャラクターだけがドクロマークが刻印された。


「いやいや。おつかれ。今の撮れ高だったな。動画化していいぞ!」


『するかよ!』


「勿体ない。『野良プレイヤーたちのために死す、カーリィの美しき最後のラストチェイス【DD実況】』っていうタイトルまで浮かんだのに。カーリィの屋根裏部屋チャンネルの切り抜き動画用に採用して良いんだぜ?」


 殺人鬼に追われて脱出を図るダーティーダーティーのゲーム実況は、カーリィのDD配信者として広く親しまれている人気コンテンツだ。どういうわけか苅田の絶叫が視聴者にはウケるらしいが――。


『いらんわそれ。沼チェしかしてない動画なんて再生回数そんないかねぇし。大体、オレは今オフなの。配信も動画投稿もしないで気楽にやってんの』


 冷静に需要有無を判断できるのは凄いが、後半、聞き捨てならないことを口走っている。配信者として食べて行けるのに、この二日間、苅田は配信をやってない上に動画投稿もしないで、オフ日を設けているとは。


「そうですか。オフ日ですか。それは良い御身分ですね。でもさ。リスナーとマッチしたら結局バレんじゃん。配信やんないんですかって、指摘来たりしない?」


『それは大丈夫。頻繁に名前は変えてやってるから意外とバレんのよ!』


 なるほど。だからなのか。

 苅田の操作するキャラクターの頭上には、配信者名カーリィの名前ではない。


 朝活DD野郎と命名されている。


「名前ダサ」

『別に良いだろ』

「てか、毎回変えてたら面倒じゃね?」


『面倒だけどさ、ゲーム内の他のプレイヤーに配信者だと見破られることもあるからさ。マッチから抜けられることもあったりするし、逆にマッチしてくれたらで、普段よりも、ぎこちない操作になって妙なプレッシャーを掛けさせたりしちゃうからね』


 苅田なりの配慮があるようだ。


「へぇ。そんなことがあるんだ。まぁ、俺とゲームするのは別に良いんだけど、他にDDが上手い配信者がいるだろ? 一緒にやったらいいのに」


『いやいや。オレなんか、まだまだよ。プレイ時間やっと三千時間超えたところだし。凄い上手い人はリリース当初からやってるから」


 俺は三千時間もやってない。せいぜい千時間だ。初心者の域を抜けるのは千時間がラインと呼ばれているが、苅田は遥か上にいるようだ。


『例えば、テントさんっていう配信者だと五千時間、オレが尊敬してやまない且つ、オレが今使ってるPCの広告塔であるプロゲーミングチームオリジナルズの瀬尾さんは、一万時間だぞ!』


 出たー。苅田の古参ファンアピ。

 特に、瀬尾というプロゲーマーは苅田が、ガチリスナー時代から憧れる配信者だ。


「ついでに宣伝するのやめてください。一台五十万もする、ツヨツヨPCなんて俺は買わねえからな」


「皆んな使ってるのに。テントさんだって先月買い替えたところよ!」


「知らねぇよ!」


 肌色の三角形マークがトレードマークの顔出しをしない配信者が、余程お気に入りなのだろう。最近の苅田は配信上で『いやぁ今日のテントさんの配信みたぁ?』と、高い頻度で話題に出している。


「そういや見たぜ。チュイットに呟いてたよな。テントさんと初コラボをすることになったって。だったら、そのテントさんと配信外でDD教わったら良いんじゃね?」


『いやー教わるとか恐れ多いよ。気軽にDDやろうとか、まだ言える立場じゃねぇし。コラボの打診だって、テントさんが年始の配信で、今年は百万人に到達しそうだからコラボできる人募集ってのを知って、正月にメールを出したんだよ。んで、今月初めに百万人に到達したらやりましょって連絡がようやくきてさ。震えたわ』


「百万人配信者と十五万人配信者とのコラボか。楽しみだな!」


『ほんとマジ楽しみだよ!』


「いつやるんだ?」


『今週末には百万に到達すると思うから、コラボは来月には実現するとは思う』


「そういう楽しみがあるのは良いことだよな。なら尚更ソロでゲームしてないで、投稿も配信も、やったら良いじゃん。引きこもりしてないでさ。リスナーや新規の視聴者にもっとアピールしろよ?」


 ゲーム配信に、のめり込んだ苅田は去年、大学をやめてから配信一本で今日まで、日々ゲーム三昧という暮らしぶり。好きなだけゲーム配信をやって、お金を稼いでいる。それなのに配信から切り離して普通にゲームをするなんて。


『まぁ。正直言いますと、オフが要るのよ。徳最くん』


「マジ?」


 俺の素っ頓狂な声に『今、笑ったっしょ?』と甲高い指摘が飛んできた。

 ゲーム配信者に休暇って。失礼ながら想像が付かない。バカ明るくて楽しそうに配信を行うのが苅田なのに。


「真面目な話。どうしたんだよ?」


『配信は楽しいよ。けどさ。ムカつくことも一杯あって。オレには息抜きが必要なんだ』


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