アーカイブ2:人気配信者の悩みごと(1)


『へぇぇ。徳最くんのお兄さんって、警察署で働いてる人なんだ!』


 VC(ボイスチャット)アプリのワクワグラムを通して俺の友人、苅田悦史かりたえつしは甲高い声を上げた。


「つうか。兄貴のことは、もう忘れてくれよ。兄弟いるのかって聞かれたから答えたけどさ」


『そう言われると余計にもっと気になるね。徳最くんのお兄さんに会ってみたくなったわ』


 苅田は一人っ子だから、兄弟や姉妹とかいる家が羨ましいのだと以前、言われた。苅田と初めて会った八王子大学の教室で、ゲームの対戦相手が学校にも近所にもいなかったそうだ。


「いやいや。苅田と境遇は似たようなものだって。兄貴と一緒にゲームで遊べたのは小学一年生のときだぜ? 誘っても断られたて全然できなかったし。近所の友達は、部活が忙しくてさ、一緒に遊べたのは数えるほどしかないよ」


『へぇ。そうなんだぁ』


「ていうか。兄貴に会ったところで、全然つまらないぞ。もうゲームなんて何十年もしてないし、趣味は剣道か柔道の適度な練習相手くらいだと思うぞ」


『オレは、喋りたいだけだよ。機会があったら直接話してみたいし、可能であれば、わくちゃんで話してみたいよ』


 ワクワグラムの音声チャット機能を利用して、苅田は兄貴と話したいらしい。


「話せる機会ねぇ。俺が前回、話したのはいつだったかな。あーそういや警察学校の卒業直後だったかな。それ以来、全然会ってねぇわ」


 制服姿で一度、埼玉の和香市わこうしにある実家に、兄貴が帰ってきたことがある。母さんも父さんも、珍しそうに兄貴と写真を撮ったりして、はしゃいでいたが、俺は心から祝う気にはなれなかった。


 涼しい顔して澄ました顔の兄貴が、どことなくムカつくものを感じたからだ。


『お兄さんは、いつ帰省するの?』


 もう兄貴の話は終わりにしたいのだが、苅田は興味津々のようだ。


「帰省なんか全然ないよ。お盆や年末年始なんて日も、兄貴は仕事に駆り出されているから」


『そうなんだ。徳最くん。お兄さんとは、あまり仲良くない感じなの?』


「良いとは呼べないな。折り合いは結構悪いと思うね。だから悪い。苅田に紹介できねぇよ」


『ははは。でも喧嘩するほど仲が良いって聞くけどね?』


「いやいや。兄貴と喧嘩はしないよ。そもそも向こうがさ、大人すぎて。子供な俺は軽くあしらわれるし知力体力もすべて、まず勝てねぇ」


『そんなに強いんだ?』


「それよりさ。なぁ苅田。二〇一五年からこの三年、立派なゲーム配信者になったよな?」


『お、おう。何だよ突然?』


「苅田に教えてもらいたいんだ」


『なにを?』


「ぶっちゃけ、チャンネル登録数って何をやれば一番伸びるんだ?」


 VCの向こう側で苅田は唸った。


『やっぱ、問題行動やプライベートな恋バナとかエロい話をするのが視聴者にとって一番反応がデカいと思う。徳最くんさ。配信画面の向こう側で巨乳の配信者がいたら見るでしょ?』


 苅田の含み笑いも聞こえた。


「見ない男が逆にいるのかよ?」

『だよね。ですよね。見るよね!』


 そんなに同意を求めなくても男のリスナーであれば、誰だって観るだろう。


『だけど。徳最くんだって。自分で作ったチャンネルを真面目にやれば登録数増えると思うよ。ていうか例えば、表には出ない裏の事件簿みたいな話を配信で取り上げたら絶対盛り上がるじゃん!』


 それは兄貴が刑事だから、極秘に聞き出した情報を配信で流してみるのは、どうかという話だろうか。


「そりゃあないぜ苅田。いくら俺がチャンネル登録数の数字を上げる方法を知りたくてもさ、自分の身内から聞き出した話を配信で話すとかマジあり得ないから。適当に言うの辞めてもらっていいすか?」


 苅田が大きな声で笑った。

 パソコンのモニター画面の中で、苅田のアイコン―― 変えるのが面倒なのか、デフォルト設定のままになっている豆電球のイラストが、VCアプリの中で点滅した。


 今日もコイツは下らないことを言って、テンションが高い。俺は少しVCの音声ボリュームを絞った。


「ところで苅田。いま何時だ?」

『え。えーと朝七時半!』


 元気よく時刻を告げた苅田に、俺は溜め息が出た。


 モーニングコールだ。苅田からの。


 誘われたのだ。

 まだ寒い二月の早朝、金曜の朝っぱらに。

 朝七時から二時間ほど、俺とゲームをしたいとメッセージを連投して、連絡を寄越してきた。


 別に付き合うのは構わないのだが、疑問が一つ。


「なぁ苅田。そういや昨日と一昨日さ、なんで配信しなかったんだよ?」


 応答がない。

 VCに再度呼びかけてみた。


「おい。苅田。聞こえてるか?」


 応答があれば、豆電球のアイコンはピカピカ光る。だが全然光らないのは何故だろう。


「おーい、苅田?」

『うわあああああああああ!』


 突然、苅田の悲鳴が聞こえた。

 凄まじい声量に、俺は一度耳からイヤフォンを反射的に引き抜いた。


「おおい! どうした? おい苅田!」


 いくら呼びかけても、苅田からの応答はなかった。

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