アーカイブ11:すべては配信外に起きていた(4)


 事態は大きく動いた。

 刑事課に戻った大地が井上から複数の報告をまとめて受けた。


 真っ先に知ったことは、山河の動画だ。なんと新しくアップロードされたのだ。その動画は、わく動のアカウントでの投稿であった。


「わく動での活動は七年前の大震災を受けた冬を境に、デューヴに移っています。ですから七年前の投稿が最後であったため、新しい動画がアップされるとは思ってもみませんでした。さっき気付いたんすけどね。と言っても一時間前にアップされたばかりなんですが」


「なんでアップされたんだ。井上。これ予約投稿か?」


「はい。急いで山河のわく動でのアカウント情報をハードディスク内から探しまして、マイページにログインしてみたら、十九日の夜でした。スーパーから帰宅したあとに準備をしたんでしょうね。十八時四十二分に、わく動に動画はアップロードされていて、公開日を今日にしていたみたいです」


「他に上がる予定の動画もあるのか?」


「いえ。ないですね。その動画が最新で、最後のようです。山河にとって最後の動画投稿になると思われます。あ、そうだ先輩。わく動に確認を取りましたよ。運営会社は、今年の夏会議で、野外キャンプのステージに生田すみれを招待していました。また泉瑛一にも確認を取ったところ、生田すみれとの共演は知らないと答えていました。どうして、こんな確認を取る必要があるんすか?」


 井上には、いまいちピンと来ないようだ。


「泉が山河に夏会議への打診をしていたんだよ。もしかしたら生田すみれにも打診をしていたのか、それを確認する必要があったんだ。知らないと答えたのなら、泉は山河に生田すみれが夏会議に出ることを教えることはできない。でも、わく動が先に動いて生田すみれに打診をしていた。俺が卵料理の動画を見たとき、山キャンプでも卵料理をする人はいて人気レシピの一つだと雑談を挟みながら話していた。恐らく他の動画でも匂わせ発言をしてるだろうな。夏会議に出ることを」


 井上が首を曲げて「はぁ」と言葉を漏らした。頭からハテナマークが飛び出しているようだと、大地には見えた。


 まだ分からないのだろう。


「井上。あと他にも重ねて直ぐに確認しないといけないものがある」


 大地が井上に再び指示を投げたあとで、刑事課に田端警部補が戻ってきた。


「いやぁ。お疲れさま。徳最君。あれ? 井上君、走って出て行ったけど、何事?」


「お疲れさまです。井上には、ちょっと生田すみれの配信や開催イベントの関連情報を確認してもらう事と、宮本のワクワグラムの対話の履歴をもう一度確認してもらうために指示したところです」


 大地は、宮本典明と生田すみれの関係を、田畑警部補に話した。その話の最中に、石田と木下ペアも戻ってきた。


 石田から追加の報告が入る。


「十一年前に宮本が依頼した法律事務所に、山河が勤めていたことが分かりました。でも宮本の慰謝料請求の相談を受けたのは別の弁護士です。新人だった山河は担当していませんし、手伝ってもいません。当時勤めていた夢東響子も宮本典明のケースは担当していませんでした。山河のことで先日に事情を聞きに行ったときは、全く誰も教えてくれませんでしたが、今回は山キャンプをしてる山河の写真を見せたら事情が一変しました」


 冬場でも暑いのか、石田はハンカチをポケットから取り出して首回りを拭いている。


 石田は話を続けた。


「山河が百万人の配信者で、かなりの資産を築いたことを話してみたんです。田畑警部補が相手から話を引き出すときには、嫉妬させて真逆の印象を語らせるという手をやりましてね」


 石田は、へへっと笑った。釣られて田畑警部補も微笑み「なるほど。それで?」と促した。


「そうしたら当時は中堅の弁護士だった榎本えのもとという奴がですね、今では副代表になってまして。榎本曰く、すごい美人と山河が休日デートをしてることを目撃してました。ところが数日経って、相談に来た宮本典明が訴えた相手の婚約者が、山河とデートしてた女だったんです。自分ところの新人弁護士が、依頼人の婚約者と付き合っていたことを榎本はいち早く把握してたわけです。もし表沙汰になった場合、法律事務所のキズが付きますよね。だから社内の弁護士同士で山河に無理な注文をふっかけて社内苛めをしたそうです。それで言い掛かりを付けて仕事のミスを重ねさせた。山河は直ぐ激務になり、婚約者と破局したのか、会うこともなくなったらしいと」


「うわぁ。てことは当時の寺島すみれは、三人と浮気していたんじゃなくて、あと一人いたんだね。魔性だねぇ」


 田畑警部補は、大きく驚いた。


「けど依頼先に浮気相手がいたのに、宮本は気付かずに慰謝料を請求したのか?」


 大地の質問に、木下が応じた。


「まったく気付いてなかったみたいだ。もし気づいていたら、宮本は別の法律事務所に依頼を変えるだろうし、山河にも慰謝料請求を要求したかもしれない。実際には依頼先を変えず寺島すみれと、宮本の大学時代の友人だったという生田暖いくただんにそれぞれ、百五十万ずつの慰謝料を請求している」


「もしかして生田って結婚相手か?」


 大地の指摘に木下が頷いた。


「浮気がバレた当時は一旦は交際が止まったけどな。慰謝料の支払いに応じたあとで、付き合いが再開したらしい。それと宮本の当時の上司は浮気がバレたが交際期間は短かったから慰謝料請求にはならなかった、ということだ。彼女の学生時代の友人については、癌をわずらっていて、余命が短かったから謝罪だけで済んだ。そして隠し玉の山河だが、彼女は驚いただろうな。密かに付き合ってる男の働く事務所から訴えが来たんだから。一方で、山河は宮本の依頼を知らされなかったそうだ。出勤は別室送り。絶対に宮本や寺島と、かち合わないように、同僚の弁護士同士で、山河をつまらない仕事で軟禁してたらしい。仕事が終わらなければ部屋から出るなと。宮本が事務所に訪問するときはヒヤヒヤしたらしい」


 十一年も前に修羅場は起きていたのだ。女のことで酷く宮本は恨んでいたと百パーセント言えるだろう。


 宮本が山河を死なせた理由はここにある。捜査員の誰しもが確信したが、腑に落ちないことが一つ。


「なんでだろうねぇ。今になって山河を死なせたのは、どうしてなんだろう?」


 田畑警部補が唸った。


「そもそも宮本が、浮気相手の一人が山河だと今まで気付いてなかったんではないですか?」


 石田が意見した。


「そうだな。この八年。宮本は山河が浮気相手だったと知り得ながら仕事をサポートしてたのが、ちょっと想像できませんね。もし知っていた上で、山河のことをサポートしてたんなら相当異常な精神状態だと思います。まぁ、直近で浮気相手だと宮本が知って激怒した。それでいさかいになり死なせた」


 田畑警部補が目を見開いて「一理あるね。なるほど!」と声を上げた。


「羨ましい」


 大地の一言に、三人が振り向く。


「え。なんだい、徳最君?」


 田畑警部補が訊ねる。


「奴に言われた言葉です。『羨ましい』そう言っていました。ゲーム配信のチャンネル登録をしてたので色恋の質問を投げる直前に、リスナーなのか、普段から見てるのかと訊ねたんです。殆ど呟きもなく一人で、ボソボソ文句を垂れたダーティーダーティーというゲーム実況のアーカイブですよ。再生回数も十桁程しかない寂れた過去の配信をみて、奴は『羨ましい』と告げた」


「ああ。昨日の取調べのことだね。宮本は、そんなことも言っていたのかい。へぇ」


 田畑警部補が反応した。


「下を向いて小さく言っていたので、完璧にそう言っていたのかは分かりません。けど俺にはそう聞こえました。無邪気にゲームをできる配信の初期に戻りたい。奴がそんな風に感じて『羨ましい』と口走ったのかも。十一年前に浮気のことをデューヴで宮本は取り上げた。でも誹謗中傷に遭い投稿が怖くなった。泉に配信者にならないかと言う誘いをキーマウ操作ができないからと断ったが、誹謗中傷のトラウマがある。だから特定を恐れて、誘いを断ったとみるべきでしょうか」


 宮本と接触したことのない宇宙の言葉を信じるなら、飛躍させた都合の良い推論だが、大地は口にした。想像が行き過ぎていると指摘が飛んでくるかと思ったが、違った。


 石田と木下と田畑警部補は大きく頷いて、そこへ慌ただしく井上が戻ってきた。大地に指示された答えを持ってきたのだ。


 生田すみれと連絡が直ぐ取れたところによると、配信中に、たびたび誹謗中傷が起きていることを認めたという。


 つい最近、記憶に新しい中では、今年の春より投げ銭機能が、わく動で可能になるというニュースに生田すみれは配信上で「ようやくですね!」と料理をしながら発言した直後「がめつい女だな」とコメント欄でののしられたとか。また料理を完成させたときには「まずそう」「うんこの味かな」「食べてる旦那はうんこ味を食ってるのか」などの発言が見られた。


 三年前からだ。そんな誹謗中傷が酷くなり、毎回、嫌な発言を見かける度にユーザーをブロックしているがキリがないという。


 井上は、これが宮本典明によるものなのかをデューヴに確認するには時間が掛かると告げた。またワクワグラムの履歴からは、宮本と生田すみれ又は寺島すみれのやり取りは見られなかった。代わりに、宮本が山河に二月上旬には送っていたメッセージのないURLの一文が見つかり、ダウンロードをしてみると圧縮ファイル〔 deal 〕と書かれたZIPジップファイルだったと報告した。


 更に井上は、リクエストされた情報をプリントアウトしており、大地に手渡した。


「田畑警部補。俺に話をさせてください」


 大地は、資料から顔を上げて訴えた。


「宮本と話を付けてくるっていうのかい。勝算は?」


「奴は意地でも認めないかもしれません。認めないばかりか、自白がない以上、不起訴になったあとのことを当然考えてるでしょう。配信外で起きたことを話すだけで金になる。今はそういう時代ですから。浮気話で相当儲けたし編集のプロでもある。運良く死体遺棄で起訴できても数年で出てこれる。トラウマがあろうと、顔出しせずに声を変えて配信をやろうと思えばできますからね」


「昨日、爆笑してたもんな。明らかに馬鹿にした笑い方だったし、売られた喧嘩は買わなきゃな」


 石田が口をはさんだ。


「でも確認の取れてない情報もあるんだ。ムリに自白させたら、刑事に言わされたなんて逆に訴えられかねない。慎重に聞き出さなきゃいけないぞ」


 木下が苦言を放つ。田畑警部補が重ねて大地に質問をした。


「大丈夫かい徳最君。奴と話を詰めて来るのは良いけど、山河には宮本が直接接触したような証拠がないんだ。あるのは状況証拠だけ。だから手を下したという自白は、もちろん欲しいけどね。暴力とか脅迫は絶対ダメだよ?」


「分かってます。田畑警部補。ただ正攻法ではなく今回ばかりは角度を変えたアプローチでいきます」


「角度を変えたアプローチ?」


「はい。未確認の情報についても、多少ブラフを含めた上で、宮本と話をします」


「ブラフ。なるほど。でも配信部屋で起きた出来事は不明瞭な点もまだ多い。徳最君には、なにが起きたかもう見えたのかい?」


 大地は、手にした資料を井上に返した。


「ええ。だいたいは。クズの考えることは、やっぱりクズだなって。俺には、どうしたって、そう思えてなりません」


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