アーカイブ11:すべては配信外に起きていた(5)


 特に変化はなかった。グレーのトレーナーに、下もグレーのスウェットパンツを履いて、無表情のまま宮本は下を向いて大人しく椅子に座っている。


 大地は、取調室の部屋を別室から見ていた。田畑警部補に続いて、石田、木下、井上が部屋に入ってきた。


「それじゃあ徳最君。よろしく。井上君もね!」


 記録係の井上は、ノートパソコンを手にしていた。部屋を出て、取調室に回り込み、大地がノブを回して入った。机を、じっと見ていた宮本が視線を上げた。大地の顔を見るや、宮本は少し顔をほころばせた。


「あ。刑事さん。また面白い話を聞かせてくれるの?」


 これまで他の署員には殆ど何も語ることはない宮本だったが、前回、山河への恋心説に思い切り爆笑したことで、親しみを感じて話すようになってくれたか。それとも失態を期待して顔を綻ばせたか。湧いた苛つきを抑えて、大地は話を合わせた。


「そうだな。聞きようによっては、また可笑しい話を聞かせることになるかもしれないな」


 そっけなく言ったつもりだが、宮本は「へぇ」と、明るい声を上げて微笑んだ。


「どんな。どんな話?」


 まるで絵本を読んでくれと言わんばかりの食い付きようである。


 宮本は前のめりで尋ねた。


「お前の話だよ。これからお前の物語を語ってやる」


「凄い!」


 手首には拘束具がしてある。また部屋で暴れたのだ。容赦なく壁を叩くから拘束することになった。右手と左手には壁を叩いたときの痣が、痛々しく出来ている。


 宮本は手首を繋がれたまま、パチパチと両手を合わせるように拍手した。


「まず分かっていることからだ。二月二十日の火曜。山河が発見された。父親が見つけたんだ。死亡推定時刻から逆算して死亡は前夜九時以降から夜十一時。その時刻、お前がマンションに出入りをしていたのは分かってる。防犯カメラにも映っているからな。お前以外の出入りはない。何度も聞かれたことだろうが、一応再度聞いておく。お前以外に出入りした他の人間はいたか?」


 机を挟んだ真向かいの男は、首を少し傾けた。微笑みながら。言葉にはしていないが「さぁ」とでも大地には聞こえるような気がした。


「そうか。続けるぞ。正確なところ、マンションロビーにお前が現れたのは夜九時五分だ。エレベーターにお前が乗り込み五階へ上がり山河の部屋に入った。だよな?」


 何も頷かない。少し首を傾けた宮本は柔らかく微笑み口を結んだままだ。黙って大人しく聞いている。今度は「で?」とでも言ってそうだと、ふと大地は思った。


「それから約二時間後だ。夜十一時に山河の部屋から、お前は出た。この間に山河は死亡。お前は知っているんだよな。山河に何があったか。いや山河を死なせることになった理由を分かってる。そうだよな?」


 微笑みは崩れない。宮本は大地をじっとみている。


「それじゃあ、ここからが本題だ。お前が何も語らないから、代わりにお前の物語を語ってやるよ」


 眉が上がった。僅かに口角も。ようやく本編の始まりなのかと期待するような目で真っ直ぐ宮本は、大地を見ていた。


「まず、二月十九日のあの日、山河はお前と会う直前、スマホからチュイットに呟いていた。『あと四万だ。皆んなありがとう!』チャンネル登録数が百万人に届くから、山河はファン向けに御礼を述べた。近々、予定していたスケジュールもあった。ある程度決まっていたんだ。だがスケジュールには半分の予定だけしか埋められていなかった。普通なら、お祝いムードなのに山河にはメールの滞りが起きていたんだ。企業からの案件、同業者からのコラボ配信、あと父親と計画していた旅行先の話も。ここまでは、お前も知っている話だろう。お前のパソコンには山河とのメールのやりとりと、スケジュールが共有されていたんだからな」


 微笑みは崩れない。「だから何?」と今度は苛ついた口調が大地には聞こえるような気がした。


「もう一度言うが、山河には先々の予定を決めておくよりも、解決しておかないといけない事情があった。お前のことだよ。スケジュールを決めていたのは宮本、お前だろ? スケジュール決めをボイコットしていたんだから。この問題を解決するために山河は十九日の夜、呼び出した。お前、ご丁寧に契約解除書類を送っていただろ?」


 笑みが消えた。口こそ開かないが、これまでの話の通りであったと見るべきだろうか。


 大地は構わず話を続けた。


「だが話が違った。編集担当から下りるために訪問したのに雇用契約打ち切りの話じゃなかったんだ。山河は渋ったんだ『今よりも金は弾む。だから辞めるな!』とでも言ったんじゃないか? 気が立ってる山河をなだめながら。恐らくお前はこうも言ったんだろう『卒業するときだ』部屋の中で起きていたのは、山河と金銭で揉めたわけじゃない。お前のことを、必死に引き止めたくて交渉していたんだ。考えを改め直して欲しいと。そういう押し問答だった」


 視線が降りた。何が可笑しかったのか、宮本がケタケタと笑い始めた。乾いた笑いだ。


「そんなに可笑しいか?」


「可笑しいね。どこで、そういうの見ていたの?」


「当たってるのか?」


 宮本は下を向いて「さぁ」と答えた。うつむいたまま、大地を見る様子はない。


 どういう顔をして良いのか迷っているのだろうか。都合の良い考え方だが、大地は、そう思うことにした。


「物語は終わってないぞ。お前を必死に引き留めようと山河は、お前にすがって何が不満なのか聞き出そうとしただろう。ここで事実を振り返ろう。山河のチャンネルは、八年前に始まった。だが翌年の大震災から数ヶ月後の夏にお前と出会った。山梨の日向山ひなたやまだ。登山経験は、お前の方が上。何かとアドバイスをして意気投合。お前は登山に関する助言だけでなく、編集も代わりに手伝うことになった。編集時間に縛られなくなった山河はキャンプ以外にも他の配信者とコラボをよくするようになる。お前と出会う前は十万人にすら届いてなかったが、数ヶ月で達成。山河は配信をメインに、お前は裏で編集担当をしていくことになる。二人三脚のお陰で、あっという間に五十万人に到達。山河は感謝しかなかった筈だ。時に企画の話を夜通し聞いてくれる良き編集者。そんなお前を裏で控えて、自分だけ表で配信をやってるから山河は申し訳なく思ったこともあっただろう。違うか?」


 ピクリと動いた。だが顔を上げない宮本は、以前黙ったままだ。


「三年前、離脱をしただろ。山河からの送金が止まっていた。編集の仕事を下りたのは、山河から提案を受けたからじゃないか? 自分だけが配信を成功させたわけじゃない。お前がいたから。これからは『キャンプ生活なりゲーム配信なり、一緒にやらないか?』そのことを、お前に持ち掛けた。だがお前は断った『今まで一人でやって来たんじゃないか。何を今更。ソロキャンプ生活と銘打っていたのに、協力者がいたなんてバラしたら炎上するだろ?』そんなことを言って。その頃、五十万人を山河は迎えていた。編集能力があるお前は仕事にあぶれることはない。だから、あっさり担当を下りた。山河は渋々、お前が離れることを承諾したが登録数の伸び悩みに直ぐ直面した。六十万人の記念配信で『いかに登録数を上げるか?』という相談を他の配信者にしていた。もちろんお前の代わりとなる別の編集者に仕事の依頼もしただろうが、切り抜き動画の出来に山河は納得できずにいた。自分でやるにしても時間が掛かる。だから、どうしても息のあった、お前に任せたいと再び強く思うようになった」


「刑事さん」


 話をさえぎられた。

 宮本が、ゆっくり顔を上げた。


「なんだ」


 話す気になったのだろうか。


「トイレ」


 無表情だ。宮本は、じっと大地を見つめた。


「話は終わってない」


 大地の拒絶とも取れる言葉に、宮本はモジモジと体を動かし始めた。


「じゃあ宮本。何があったのか話して、スッキリさせたらどうだ?」


 努めて冷静に大地は尋ねたが、イヤイヤをするように激しく頭を振った宮本は「トイレ!」と声を荒げた。


「だったら山河が死んだ経緯を話してからにしろ!」


 一喝した大地の言葉に、ビクリと体を宮本は強張らせた。


「何も、何も覚えてません」


「今更それを言うのか?」


「覚えてない」


 宮本は下を向いた。


 記憶が飛んでいることを主張するのは、明らかに嘘くさい。トイレと口にして話を逸らしたところを見るに、動揺しているように見えた。


 大地は小さく息をついて「あれを」と井上に声を掛けた。


 後方でノートパソコンに向かって打ち込んでいた井上巡査は、直ぐに立ち上がりタブレット端末を大地に渡した。端末のカバーを開いて折り曲げてから、大地はタブレットを横に傾けて机上に置いた。


「見ろ。山河は認めたぞ。お前のことを」


 宮本が顔を上げた。目だけを動かして、タブレットに映る液晶を見た。明らかに目の色が変わった。ガタッと椅子から立ち上がり「え、嘘!」酷く狼狽ろうばいした。


 大地は見上げた。目を見開いて画面に釘付けの男が、顔を何度も両手でさすり明らかに取り乱している姿だ。


「宮本」


 大地の呼び掛けた声に釣られて、宮本と目が合う。


 混乱した瞳が左右に揺れていた。

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