アーカイブ11:すべては配信外に起きていた(6)


『皆さま。百万人登録ありがとうございます。えー。はじめまして。テントです。実は、こんな顔をしてたんですねぇ。今日この動画で、初顔出しになります。配信でなくて、ごめんなさい。動画で大変失礼なのですが、皆さまにお伝えしたいことがあります。今日この日を迎えられますのも、皆さまからの応援、フォローがあってこそで御座います。ですが、今日この日までに私、さまざまな動画、ライブ配信をやってきておりますが、しかしそれは自分一人だけの功績では御座いません。皆さまに配信や動画をお届けできますのも、一重に日々の配信や動画投稿が出来てこそであります。実は、皆さまに言ってなかったことがあります。えー今更では御座いますが、私、実は一人で動画投稿、ライブ配信をしているわけではありませんでした。もちろん、一人で投稿も配信もしていた日はあります。ですが、その殆どは、ある人と行っておりました。今から半年前ですね。動画投稿やライブ配信をする際に、概要欄には必ず記載しておりました。編集担当みやちゃん。この彼がですね。チャンネル登録数七か八万くらいの時ですか、ずっとその頃から一緒にやってきております。登山やキャンプの指南、動画企画の相談など。何かとお世話になっています。ほぼ彼がチャンネルを作っていたと言いましても過言ではない。ですので今回、百万人に到達しました折に、私のチャンネルの正式メンバーとして発表したく皆さまにご報告と相成りました。顔出しはしてないんですけども、彼は正式なメンバーですので出来ましたら温かく迎えて頂きたいと思います。どうぞ宜しくお願いいたします』


 五分もない短い動画だ。黒いTシャツと青いジーンズを履いた山河が畳の上で正座して、仔細を告げるとフェードアウトする。サムネイル画像には真っ黒な背景に〈大切なお知らせ〉と白文字のタイトル名だけが記載されている。わく動にアップされた山河のチャンネルの最新動画だった。


 宮本は、タブレットから顔を背けるように、体を横にして座っていた。


「今週の日曜だ。チャンネルは百万人に到達していた。山河は、週末には達成することを見越して十九日の夜に予め用意していた。デューヴでなく、わく動にアップロードと予約投稿をセットしていたのさ。万一、お前がアクセスして消されないように対策していたんだろう。記念配信でも祝福動画でもない。お前と二人三脚で活動していたことを告白した動画だ。しかも予約公開日の日付は今日。山河が週末に公開しなかったのは、謝罪も含めた告白動画になるから『記念配信もない。どうしたのか』心配したリスナーが日を置いて告白動画を目にする。山河はリスナーに自分だけじゃなく、お前のことも含めて祝って欲しかったからだ。宮本。分かるか? 山河が必死にお前を引き止めて懇願していたのは、この動画を既に用意していたからだ」


「そんなの、知らない」


「ああ。その言葉、信じるよ。山河のチャンネルは更新されないと思ってたんだろ? 見る必要ないよな。というか、お前は持ち帰ったトロフィーを部屋で暫く眺めていたんだ。二十五万人の記念トロフィーだ。二人で獲得した記念トロフィーだが、お前はそういう意味で持ち帰ったんじゃない。本当は、お前が、たった一人で達成した個人チャンネルがある。二十五万人に到達すると申請できる。けれど申請なんてできなかった。手にするべきでないトロフィーは誰も祝福しないし喜べるものじゃない。そうだろ?」


 タブレット端末を再び取り上げて、大地は再度、机上に置いた。


「どうして」


「お前の部屋にあったパソコンを押収して履歴を調べたんだ。ウェブブラウザから最後に閲覧していたのは、デューヴのページ。大食いに走る動画や高級ホテルに泊まる動画、ハネムーンを予定していた海外旅行に出かける動画など、破局を迎えたあらゆる人々が憂さ晴らしをしている複数の動画を、お前は再生していた。そして、その中には婚約者に浮気された話を告白している動画もあった。この動画だ。映ってるのは宮本、お前だろ?」


 悲しそうにタブレットを見つめたまま、宮本の口元が戦慄わなないていた。幾分、息も荒い。


「この〈徒然つれづれなるまま名もなき男のチャンネルページ〉は、チャンネル登録数が二十五万だ。動画は二十本。十一年前から更新はないが再生数を見てみろ。一本あたりの再生数は小さなものでも三百万。最初の浮気をされたと告白した投稿動画なんて七百万だ。慰謝料請求した最後の投稿なんか五百万を超える。動画編集に長けているのも納得だよ。人が好奇心を持って再生したくなる見出しの使い方、見せ方が抜群に上手いと思うよ。この浮気暴露のチャンネルページは大成功。けれど更新が途絶えた。炎上したからだ。自分に起きた酷い話を告白しただけなのに、異常な再生回数とチャンネル登録数の伸びに嫉妬した人が多くなったのか視聴者からの苦情が来るようになった。お前は耐えきれなくて更新を辞めた。仕事も辞めたから、体調を崩して心療内科に通院。人をもう一度信用できるか、不安も抱えていたようだしな。だが医者からの薬と、慰謝料を十分に受け取り少しずつ回復。そんなとき日本列島を襲った大震災が起きたんだ。世の中が津波被害と福島の原発事故、余震騒ぎで暗い中、お前は心機一転。人生をやり直すため、気晴らしに出掛けた。大学は山岳部だったよな。気分良く山登りをしたときだ」


 大地はタブレット端末に、山河と宮本が日向山の山荘で夕食を取る写真を映した。しかし宮本は振り向きもしなかった。


「写真は山河の部屋を調べた際、押収したものだ。探したら直ぐ見つかったよ。山河は大切に持ってたんだから。配信先のロケーションチェックで日向山に訪れていた山河と意気投合したんだよな。それで山河の仕事を請け負うようになった。だが、そのとき初めて本名を知ることになった。お前は震えただろ。でも相手は全く気付いてない。お前は当時、法律事務所に出入りをしていたとき、浮気相手がもう一人いたことを耳にした。まさか相談した先の事務所に、女が更に付き合っていた男がいたなんて。顔までは知らなくても、山河鉄男と言う男が依頼人の婚約者と親しくしていたのを慰謝料を受け取ったあとで、恐らくお前は知ったから。でももう終わったことだからと忘れようとした。けど最悪にも出会ってしまった。もちろん過去の山キャンプで、昔どんな職場に勤めていたのか訊ねたこともあっただろう。そして慰謝料の請求は今更できないもんな。だから既に配信でファンのいる山河に、もっと登録数が伸びた頃、過去の浮気暴露をすれば最高の復讐になる」


 ダンっと、机を宮本が叩いた。

「どうした?」と大地は訊ねたが、宮本は答えない。


「話は終わってないぞ。さっき五十万人になったとき、お前が編集担当を下りた話をしたよな。編集能力があるから、一人でも仕事は続けられる。だがむしろ一人になる方が都合が良かったんだ。お前の元婚約者、寺島すみれが、デューヴに配信活動を始めたからだよ。寺島すみれは、わく動で主に料理配信で活動している料理研究家なんだよな。寺島に話を聞いてみたよ。いや、今は生田か。彼女曰く、わく動で沢山のファンは付いたけど、イマイチ収益化が大きく取れないことが悩みだったと。それで配信中に投げ銭が既に出来るようになってたデューヴでのアカウントを三年前に取得したんだ。デューヴでは配信活動を、わく動では動画投稿を。お前は、彼女のチャンネルを知ったんだ。そして、キャンプ飯のレシピ考案も始まった。山河が五十万人に到達した時点で暴露しようとも考えただろうが、彼女の配信も吹き飛ばしてやろうと作戦を練り直すために、一旦山河から離れることにした。違うか?」


 親指を噛み出した宮本は、下を向いて瞬きをした。「聞いてるか宮本?」と大地が話しかけたが無視された。


 大地は溜め息を吐いて話を続けた。


「けど三年前の寺島すみれは、わく動が五千人、デューヴはアカウントを作成したばかり。暴露しても被害は小さいとお前は想像した。だから時間を置いて、大きくなったところで山河と一緒に陥れようと考え直した。そして半年前だ。山河から再び編集担当として強く誘われた。報酬も当然高くなった。また手伝うことになったが、泉からメールが届く。山河宛に直接届いて、わく動のリアルイベントの招待を受けると聞かされた。そのとき、お前は直ぐに気が付いたんだよな。参加するイベントには、寺島すみれも参加が決まっていたことをだ。お前はリスナーだもんな。わく動から既に招待を受けていた彼女は、デューヴの卵料理配信で、キャンプメニューの話をした。キャンプステージの話を匂わせたんだよ。二人がリアルイベントで再会して、夏のキャンプステージで共演する。彼女が作る料理を山河が食べるんだよ。悪夢みたいな光景だよな。この三年の間に、寺島すみれは既婚になった。生田すみれになったから、もしかしたら昔の気持ちを蘇らせて浮気に走るかもしれない。だから視聴するだけでなく、彼女の周辺を直接調べようと考えたんだろ? 三年経って、わく動は一万五千人、デューヴは五千人。お前からしたら全然足りない数字だろう。でも時間がない。夏までに二人を潰す。彼女が再び配信に戻れないように、粗を徹底的に探すため、二月に入って急に辞めたいとお前は意思を変えたんだ。だから必死に引き止めようとする山河との押し問答になった。なぁ宮本。お前言ってはならぬことを、ついに口にしたんじゃないか?」


――『うるさいなぁ。そんなに俺とやりたいのかよ。もし正式メンバーになったら、浮気された男と浮気していた男が運営するチャンネルになるだろ。炎上して更に登録数を伸ばすのか?』


「山河は驚いただろう。それで不注意に足元に気を取られて転倒し、トロフィーが頭に深く刺さった。お前は救急車を呼ばなかった。いや呼べなかったんだ。過去の過ちに加担した男が、目の前で絶命仕掛けてる。今まで二人で頑張ってきた配信生活も今夜終わる。でも助けてやるべきか、どうするか。息が絶えるまでの時間、お前は動かなかった。何もせず救急車を呼ばず、動かなくなったところで帰宅した。そしてトロフィーを磨きながら、元婚約者やお前が語る浮気の告白動画を見ていた。なぁ、宮本。お前、やったことの罪を分かっているか? お前が何も喋らなければ、事件は終わらない。万一にでも不起訴になったら、事件を風化させないよう過去に何があったのか、お前のことを詳しく書き上げる記事は出るぞ。毎年、山河の命日になると話題になるだろうな。お前は世間から注目を浴びる。お前の炎上物語は一生続くんだよ。これで物語は終わり。どうだ感動したか? 最後に言えよ。山河は勝手に死んだ。俺は何もやってないって」


 静かに呼びかけた大地の言葉に、下を向いたままの宮本の口が開きかけた。


「――た」


 あまりにも、小さな声だ。


「聞こえない」


 大地の指摘に、宮本は少し声を張り上げた。


「あなたの言ったこと、そんなこと何一つ正しくありません」


「じゃあ何があった?」


 宮本が顔を上げた。もう取り乱していたような表情はどこにもない。

 視線も落ち着いていた。


 ただ、眠たそうな目が大地を見ていた。


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