ラストアーカイブ:その言葉の矛先は(1)
「ご提案一案目です。まず一試合ごとの課金システムで成り立つ、ワンゲームパスです。テレビで視聴するのではなくネット配信のみで行い、スマホとかパソコン、タブレット端末で観戦する方式にするんです。俺もですけど、最近じゃあ、テレビで見ないひとが増えてますから、忙しい社会人に見逃せない一試合だけを観戦できるようにしたメニューがあればいいなと思いました。表記は『1Gパス』と書いて『ワンゲームパス』です」
俺は咳払いをした。
「で。二案目が、二十九歳以下を対象とするワンデイ視聴です。一日限定の視聴を可能とする販売方法です。でも誰でも視聴できるわけじゃない。既に二十五歳以下の加入者限定で半額での契約視聴がありますよね。しかし二十六歳からは、倍以上の料金で契約し直さなければならない。いきなり二倍以上はきつい。離脱を防ぐ対策として、一度二十五歳以下で加入したことがある人を対象に延長視聴できるように計らうんです。ただし二十九歳まで。では次のページを開いてください」
指示をすると、チーフの尾野が手元のタブレット端末に指を置いてスライドさせた。
「三案目。最後のご提案が、選手へのエール割引プランです。例えば試合に出場した選手が、怪我による棄権が出た場合、αスポーツの加入者がSNSに応援メッセージを投稿します。特定のハッシュタグと弊社の公式アカウントを一緒に記載して投稿すると、自動で割引クーポンが届きます。届いたクーポンは翌月の料金から引かれるようにマイページから申請させる仕組みを作っておきます。こうすることで、万一選手が試合後にSNSを見たとき、応援しているファンのメッセージをみて、少しでも落ち込みを解消してもらうことも狙いの一つです。提案は以上です!」
プレゼン概要の説明をし終えたところで、尾野が唸った。タブレット端末に尾野が顔を近づけて見つめている。穴が開くのではないかと、どうでもいい想像が膨らんだ。
「徳最くん」
ああ。ついに来る。
「はい」
「残念だけどワンゲームパスは他社で既に採用済で、ウチではやらないと過去に決定が下っているんだ。ごめんね。それと二十九歳以下の一日限定視聴も採用できない。実は似た企画を過去に何度かやったことがあるんだ。開局したばかりの頃にαスポーツの認知を高めるために実行済でね。それと――」
おいおい。三案目もダメなのかよ!
「三案目の割引プランはできない」
尾野が眉を下げて謝罪した。
「そうですか」
「でも選手へのエールを試合中に呟いてもらう案は凄く良いと思う」
「え!」
「割引プランじゃなくて、未加入者向けに今入ると何日か無料で見れるというキャンペーンを重ね合わせてやると良いかもしれない。例えば『白幡選手がんばって』というフレーズを、特定のタグと公式アカウントを一緒にSNSのチュイットに呟いてもらう。すると自動で、公式から限定グッズ抽選の応募フォームが届く。拡散してもらい呟いた人は応募フォームへ。もちろん未加入者も応募できる。だけど応募完了には加入申し込みも付随させるんだ」
タブレット端末から尾野が顔を上げた。
「なるほど!」
流石、チーフの具体的な改善案だ。経験の少ない俺には思い付かない提案だ。
「とりあえず三案目。預からしてくれる?」
「はい! ご検討よろしくお願いします!」
「業務も引き続き頑張ってね」
尾野は個室の商談ブースから出て行った。
「やっっっば!」
言葉にならない。初めての提案が上手く行った。正直、三案目の提案はSNSでの炎上騒動で酷い言葉の数々が流れているのを見て、なんとかならないものかヤキモキしたのだ。特に内海への酷いバッシングだ。最後に謝罪した言葉をから一度もまだ新たな呟きがない。呟けないのだろう。呟けば、まだ怒りを買う。警察署の前で別れてから、一度も連絡を取ってない。どうしているのか。
そんなときだ。スポーツ選手だって誹謗中傷は受ける。試合で圧倒的な点差で負けたときや、怪我を負ったときなんか、心ないファンが平気で呟いたりする。ネガティブなワードが飛び出すから、負けたり選手が棄権したりする日はSNSを見ると気分が悪くなる。
正義感から指摘するファンもいる。だが中傷した者は事実だと発言を撤回しないから、言葉の応酬が続く。だからポジティブな言葉を増やす施策を思い付いたのだ。
俺は商談ブースから出て、真っ直ぐ受付に向かった。
お礼だ。
彼女に、お礼を言わなくてはならない!
商談ブースのある二十階、同フロアの中央に向かうと、彼女は耳にあてていた受話器を置いた。
「小森さん!」
勢いだ。
俺の声掛けに彼女は見上げた。
「あ、徳最さん。お疲れさまです」
「どうも。聞いてくださいよ。俺、提案通ったんです!」
小森の顔が、パッと明るく微笑んだ。
「おめでとうございます」
「ありがとう。ほんと小森さんのお陰っす!」
「え。私、何もしてないですよ?」
いやいや。したんだよ。
俺が三つも連続して心置きなく提案ができたのも、忌々しい志門達司の威光が届かないことを知ったからだ。しかも小森が志門を、今いるこの会社から追っ払ってしてくれたのだから。
一週間前だ。
織田から内線が入った。
奴は生き生きとした爽やかな声で、こう言った。
――『志門が消えるぞ』
――「は?」
まったく織田の言ってることは意味不明だった。だが衝撃ニュースを織田は知ったのだ。
――『αノート。社員だけが使えるイントラネットがあるんだけどさ。徳最はまだ使えないだろ?』
交通費や購入費など業務上で発生したお金は、あとで会社に請求して建て替えておくことができる。その請求は総務宛のメールではなく〈αノート・オフィス〉という企業向けグループウェアで行うのだ。
業務上で必要な、タイムカード、スケジュール管理、アドレス帳、ToDoリスト、ファイル管理などを、全てやり取りできる。
――『αノートにはさ、掲示板があるんだ。社員向けにね。趣味活動の告知とか、英語教室を割引で受けられるスキルアップ講座とかね。もちろんお堅い告知もあるんだ。辞令ページがさ。んで、志門はスポーツ協議会に出向って書いてあったんだよ。表面上は栄転だ。なんせ将来のワールドカップとか海外のリーグ戦の放送権を獲得するための交渉団として同行するんだって!』
メディコン周囲には人がいるのだろう。ザワザワとする話し声で、織田の小声が少し聞き取り辛い。
――「おい。何が凄いんだよ。単純に異動の話でも本社からの出向なら別に出勤先が変わるだけで本社に絶対来ないわけじゃないじゃん。てか、もう少し大きい声で喋ってくんねぇか?」
――『何言ってんだ。スポーツ協議会は国内じゃない。イギリスのロンドンだからな!』
それは凄い。完全に日本から出国しなくては行けない場所だ。
――「マジか。出向ってロンドンかよ!」
『でもな。もっと凄い話がある。ここだけの話。掲示板には法務部からの告知もあってな、直近凄いことがあったんだよ!』
――「凄いこと?」
――『聞いて驚け。花だ。生花!』
――「え。花?」
――『苅田流の花が法務部に飾ってあったんだよ。来客を法務部に案内してきた受付嬢に、志門が言ったらしい。もう少し部屋が明るくみえるよう何か花を飾ってくれって。予算もほぼ出ない。でも直ぐ用意できた。華道の教室に行ってたんだ。小森さんがね!』
生花を習いに小森の趣味が、志門を出向に導いた、ということだった。
苅田友麻から直々に教わった小森が教室で使った生花を会社に持参したらしい。俺が月曜日の午後、受付に小森が居なかったのは、教室に向かっていたからだったのだ。
――『志門のやつ。気に入って自分で水を毎日あげてたんだって。法務部にいるスタッフが、掲示板に写真付きでアップした。投稿されてから数時間。辞令が出たのは今し方。俺は、まさかと思って、法務部に花はどこのものか確認したんだ。なぁこれ。やばくね?』
辞令は翌日には社内メールで回ってきた。
放送の交渉権に何人かの社員が出向することになったという報せだ。
メールを読んでも、なかなか実感は湧かなかったが、俺が何かを提案しても川崎のように妨害を受ける可能性は低くなったと考えて良いのかもしれない。
だからこそ。小森には感謝しきれない。
提案が通ったのだから、今、俺には波が来ていると言っても過言ではないだろう。
「あ。電話だ。ごめんなさい。徳最さん!」
「全然大丈夫。どうぞ、電話に出てください」
小森の手にスマホが握られていた。別に話は後からでも出来る。少し待つくらい構わない。
それより何か緊急の電話だろうか。そっちの方が気になる。私用の電話に出るなど、普段目にしたことがない。
「えー。たっくん。嘘でしょ!」
小声で話していた小森が声を上げた。
え。たっくん。たっくんって誰だ?
相手を、くん付けで呼ぶからには男の名前だろうか。
小森は程なくして通話を終えた。
「あの。小森さん?」
聞かずにはいられない。だが聞きたくないという気持ちもある。
「子供から。学校の授業で書いた作文が金賞を獲ったって」
子供!
「え。お子さん。何才なの?」
「あ、うちの子ね。十歳。拓真」
うちの子――。
彼女は嬉しそうにスマホのロック画面を見せた。小森千鶴と拓真がツーショットで写っている。二十代半ばにしか見えない彼女に、小学生の子供がいたとは。
「すごく可愛いですね」
なべもない感想だ。
「あ。徳最さん。私、子供のこと会社には話してないの。秘密にしておいてね」
ここだけの話、と人差し指を口元にあてた。
もちろん了承した。だが俺は頭が殆ど働かなかった。そういえば彼女は指輪をしてない。きっと都合が悪いからだ。根掘り葉掘り聞かれたら答えなきゃいけない。家庭を守るために業務中はしてないのだろう。
とてもではないが、小森のパートナーとなる相手を聞けるほど心の余裕は俺にはなかった。
なんでことだと非常階段に向かおうと、扉を開けようとしたとき、先に開かれた。
「あら徳最くん。お疲れさま。ごめん。ちょっと通るわね?」
阿瀬だった。
「あ、はい!」
挨拶をする暇もなく、俺は脇に避けた。
阿瀬が非常階段の通路から入ってくると、そのあとも人が続いた。見知った顔も目の前を通る。
「あ」
一言、小さな言葉を漏らした。入野井と一瞬だけ目が合う。彼は、口を直ぐに閉じた。
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