ラストアーカイブ:その言葉の矛先は(2)
「それでは、ここで記念写真をお願いします!」
阿瀬が声を張り上げる。カメラやマイクの撮影部隊に元気よく指示を送っている。社名が刻印された看板前に、トップアイドルとラグビーのスター選手、田野家選手が並んだ。
「いやぁ。コマーシャル撮影凄く良い出来だぞ。二人の呼吸がピッタリだった。田野家選手は最初こそ緊張していたけど、流石、芸能界に慣れてる入野井君がフォローしてくれて。スムーズに撮影が終わったんだ」
青葉台での撮影スタジオから、首藤が出演者と共に本社に来訪していた。俺は首藤の隣に立ち、看板前で月刊紙を手に持ち撮影に応じる入野井をぼんやりと眺めた。
「阿瀬さん。入野井のガチファンらしいんですけど、今日は一段と張り切ってますね」
首藤が直ぐ反応した。
「なんでも入野井くんがデザインする滴ちゃんの新グッズが、αスポーツ観戦用のノベルティとして出るらしいぜ」
「マジすか。あ、だから尾野さんが提案に限定グッズの話をしてたのかな」
「なんの話だ?」
先ほど三案の内一つが検討事項に入ったことを首藤に話した。
「凄いじゃん!」
「ありがとうございます。まぁ。改良の余地がありますけどね。あ、そういえば白幡選手の取材の方は、どうでした?」
ふと思い出す。先月末に、プロ野球のゲームソフトをプレゼントしたのだ。コミュ力の高い首藤でも、プレイに慣れている白幡選手とゲームをしながら取材するというのは人生でもやったことがないだろう。
「あーあれね。徳最っちの助言通り四十時間やってから取材したよ。いきなり対戦することになってさ。凄く盛り上がっちゃって。今度、大原監督とやりましょうって誘われたよ。白幡選手がプロ野球のゲームに真剣な目でやるから本当に好きだとは思わなかった。今回の取材で、初めてプロ野球ゲームをやる趣味が公表されるんで、加入者向けの番組に取材模様を取り上げるだけでなく来月号の月刊紙にも取材内容が載る。もちろんゲーム会社にも掲載が入ることを許諾してもらったから、ゲーム関連の雑誌やネット記事にも、白幡選手の趣味について掲載が入る。もちろんαスポーツのことも大きく紹介してもらうことになったよ。めちゃくちゃ大収穫だぞ!」
それは凄い。取材を取り付けたのは、俺なのだから何某か恩恵があっても良いのではないか。
「首藤先輩。取材を取り付けたのは俺ですよ。なんとか内定をもらえないすかね?」
「そうだよな。俺もそう思うよ。尾野さんや宇津根さんに話したんだけどな。もちろん二人は喜んでいたし、これも大きな成果だと言ってた。けど会社は具体的な加入者の数字を要求してくる。だから今回の白幡選手の取材から直接加入者に結びついた事例があればイケるかもって話なんだけどさ」
恐らく無理だろう。野球観戦のために加入する人はいるだろうが、白幡選手の趣味を知って野球に興味を持ち加入したなんて事例は出ないだろう。人気選手の個人的な趣味が明るみになったら、恐らく番組の一部のシーンや、雑誌を切り取って無断でSNSに拡散する奴は出る。わざわざ確認するために加入することもない。
故に望みがないのだ。
苦笑いをした首藤が「ごめん!」と掌を縦にして謝罪した。
「いや良いんです。実力を問われるのは仕方ないです。まぁインターンを始めて二ヶ月目。焦らず頑張ります」
そうは言ったものの現実は厳しい。織田に内定が出たのは、加入契約に結びついた具体的な数字を出したからだ。
やはり自分も同じように証明しなければならないだろう。
「休憩入ります!」
看板前で撮影していた一向が解散した。
「じゃあ俺は今日の仕事終えたんで帰ります」
首藤に一言挨拶をして離れた。
非常階段に向かい扉を開けると、急に後ろから背中を押された。
入野井だった。
「おい。なんだよ!」
「なんだじゃない俺からのメッセ。全然読んでないだろ!」
そういえば、ここ数日は三案の提案書作りに忙しかったから。入野井からの頻繁に来る通知に少々無視をしていた。
「仕事だよ。俺は暇なインターンじゃないんだ」
「お前くらいだぞ。返信しないなんて!」
「はいはいはい。そのアイドル様が俺に何用ですか?」
入野井が、小さく舌打ちを打った。
「時間が空く。今日で撮影が終わったから」
どうやらゲームのお誘いらしい。
「DDに付き合えってか」
「ああ。それと悦史くんも誘ってくれよ?」
「苅田も?」
「前回、面白かったしな」
苅田のことを気に入ったように言っているが、利用しようとしているのではないか。俺にはそう思えた。炎上騒動が起きて、苅田がカーリィという配信者であることが知られたのだから。
「やだよ。また引き合わせるなんて」
「なんだよ。嫉妬か?」
「違う。苅田が配信者なのを知って近付いて利用されたくないだけだ。悪いけど呼べない。どうしても遊びたいっていうなら、自分でコンタクトを取って遊べばいいだろ?」
苦い顔を浮かべて入野井は悔しそうに眉を顰めた。
「できない」
「なんでだよ?」
「コンタクト取ろうとしたけど殺到してるのか全然連絡が来ない。読んでもいないのかも」
それか苅田が目を通したとしても、メッセージを送っている相手が炸羅自らだと思ってないのかもしれない。
「言っておくけど俺だって連絡が取れないんだ。落ち着ける状況じゃないんだろ。でも、お前との手合わせだけは俺が付き合ってやる。約束したからな。だけど苅田に取り次ぐのは断る」
入野井はショックを受けたような顔をして唇を噛んだ。よほど悔しいのだろう。
「じゃ。俺は忙しいから」
立ち去ろうとして、腕を掴まれた。
「おい!」
俺の目の前に回り込んだ入野井に両肩を掴まれた。焦ったように彼は口を開く。
「頼む。会わせてくれ!」
「なんだよ。離せよ!」
「どうしても会いたいんだ!」
「やだっつってんだろ!」
「分かった。利用しないって誓うから!」
意味がわからない。
「はぁ? そんなに苅田と遊びたいのかよ?」
「違う。悦史くんのお母さんに会いたい」
「そういう目的かよ。だったら母親に直接打診しろよ。生花を教えてくださいって」
俺は両肩から入野井の手を払い退けた。
「ダメなんだ。昔、ドラマで生花するシーンがあって実際に連絡先を教えてもらったことがあるけど、
だからって苅田に近づいて、母親に会おうとするのも如何だろうか。
「事務所解体をさせたくてもさ、本当に花で状況が変わるかなんて不確かだぞ?」
「聞いたよ。君のところ絶対にあり得ない人事異動があったって。社員の人が噂してたぞ?」
志門のことだろうか。誰に聞いたんだか!
「マジかよ。そんな情報漏洩を真面目に受け取るなよ。ただの人事異動と、事務所解体は全然違うだろ?」
「解体まではしなくてもトップが変わるなら、事務所を抜けやすくなるかもしれない」
俺は溜め息が溢れた。
「なぁ入野井。前も言ったけど炎上っていうのは、自分で起こそうとしない方がいい。お前が花を事務所に置いて万一トップが退任しても、それがお前の仕業だってバレるかもしれない。それに事務所を抜けられたとしても誰かが入野井のことを恨んでSNSに糾弾するかもしれない。自分自身に炎上騒動が返ってきたらどうする?」
「そんな心配はしてない。顔で売ってきたんだから、別に顔で仕事をしたいなんて思わない。稼いだ金も十分にあるしな。なにより仕事を通して知り合った人もいる。元わく動社員の人と知り合いなんだ。俺が配信者になったら支援してくれる。事務所さえ抜け出せれば、好きなだけゲームが出来るんだ。俺はそれでいい」
もうやりたいことは決まっているようだ。
上手くいくとは思えないが、炎上が起きても覚悟をしているらしい。
「分かったよ。でも苅田を誘うのは遊びだけだ。炎上には絶対巻き込まないでくれ。というか母親に会える保証はないけどな?」
「ありがとう。今の時期は無理なのも承知してる。もし悦史くんのお母様に会えたとしても、生花の件を断られたらきっぱり諦めるよ」
非常用階段の扉が開けられた。
「あ。入野井くん。こんなところにいた。撮影再開するから戻ってきて!」
撮影スタッフらしい人が入野井を呼んだ。
俺は入野井と別れて番組編成部に戻った。鞄を持ち、ホワイトボードに近づいた。自分のネームプレートの横に〈退勤マーク〉のマグネットを置き、スパイラルビルを出る。
「それにしても苅田。全然連絡がない。どうしてるんだ?」
正確には深河警察署で別れて以来、苅田とは音信不通だ。大会と事件のことでプチ炎上の起きた苅田に電話をしても、メッセージを送っても連絡が途絶えたまま。
配信もない。俺が知らない時間帯に苅田は気晴らしにゲームをしてるのかもしれないけれど。
ワクワグラムに登録済み一覧から苅田のアイコンを選んだ。苅田の豆電球アイコンはグレー掛かっている。オフライン状態だ。
メッセージ欄を表示させた。
― 落ち着いたら連絡くれ ―
俺から送ったメッセージが、まだ残されている。
もう一度だ。
今度は返信したくなる内容で書けば、反応してくれるかもしれない。
― 苅田。また炸羅がやりたいって。急に連絡来たんだ。ダメだったら、いつかまたやろう―
一分、待ってみたが即レスで来なかった。
苅田は物理的にスマホから距離を置いているのだろう。
俺はスマホをポケットに入れた。
今日は大学の寮に戻る前に、一つ用事を済ませないといけない。
渋谷から押上行きの半蔵門線に乗り、九段下駅で東西線に乗り換え、目的地の駅に着く。
深河警察署から苅田たちと別れて以来、もう一人の人物と連絡が取れない。ワクワグラムを通して送ったメッセージも、電話にも出ないのだ。まったく取り合わないから、再度訪問しなくてはいけない。
門前仲町の近隣に幾つかある宿舎に住んでいるらしいが住所すら教えてもらえてない。両親にも教えてないようで――といっても、俺だけが知らされてないのかもしれないが――ともかく知りようがないのだ。
「はぁ。会いたくねぇ」
気持ち的には気が進まない。だが先日の警察署での謝罪後、連絡先として交換したワクワグラムを経由して内海からメッセージが来たのだ。
― 徳最くん。肝心なことを忘れてた。コントローラーを返したいんだ。でも当時のコントローラーは壊れてしまって。保管してたんだけど、実家に戻ったら使わなくなった玩具は母さんが廃棄済だった。本当に申し訳ない。新しいのを弁償するから、お兄さんに伝えておいてくれないか?―
内海は〈うつーちゃん〉としての配信活動が現在も出来ない状態だ。俺もチラッとエゴサして検索してみたが暴言を繰り返して送っている輩がいて酷い言葉が絶えない。フォロワーや登録数の減少でファン離れが起きているのに、兄貴から取り上げたコントローラーを返却したいと心から詫びている。だが兄貴はもうゲームをしない。あの日からゲームをしなくなったのだから。
返信しようとして、指が止まった。
ゲームをしてないことを伝えたら、内海は気にするだろうか?
兄貴から内海に渡るコントローラーを眺めて、「おめでとう!」と俺は声を上げた。俺も一緒になって騒いだ身。このまま有耶無耶にしておくのも自分の胸の中でムズムズして嫌な気持ちだけが残るのは無視したくない。
― 聞いてみるよ。返事遅くなるかもだけど ―
― ありがとう。助かる!―
内海のため、だけじゃない。
俺もだ。
兄貴は考え事をして手元が狂い自分のミスで負けたと言っていた。けれど、そもそも俺が教室で愚痴などしていなければ誕生日会に呼ばれることはなかったのだ。
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