ラストアーカイブ:その言葉の矛先は(3)


 深河警察署の受付に並んだときだ。


 水色のシャツに濃紺ズボンの眼鏡を掛けた制服警官に俺は、じっと見られた。「もしかして先日来た弟さん?」と話しかけられて兄貴の同僚だと彼は告げた。


「ゲーム好きの弟さんだよね。僕もゲームは昔割とやってたんだ。流石にゲーミングルームまでは作らなかったけど、なんか親近感、勝手に湧いちゃって」


 俺の趣味や実家のゲーミングルームを兄貴は話したようだ。昼休みの時間に雑談でもしたか。いや兄貴と交流なんて。逆に、殺人現場での雑談で俺の話が出たのだろうか。テントという名で活動していた山河という人の配信部屋に兄貴が出入りしてたから。いやいや、まさかそんな。


 不埒な考えが過り、頭を軽く振って俺は同僚に訊ねた。


「兄貴に用事があって。会えますか?」


 制服警官は小さく頷いたあと「あ」と声を上げた。


「そうだ。今さっき出ていったところだ。そんなに遠くに行ってないと思う。タバコ休憩だと思うから近くの公園にいるんじゃないかな」


 お礼を言って警察署を出た。

 スマホから地図アプリを起動させた。

 一番近い公園は直ぐ近くにある。


 スマホをポケットに仕舞い、とにかく俺は走った。直ぐに公園の出入り口に辿り着いて、あたりを見回したが兄貴はいなかった。


「もう少し奥かな」


 兄貴の歩くスピードって、昔から結構早いからな。小学生のときの俺なんか、朝の登校時に隣で歩く兄貴に合わせるため若干小走りしてたし。


 懐かしい記憶が蘇り、ぼんやり考えていたら「あ、いた!」兄貴を見つけた。


「誰かと、いる?」


 公園内を歩く兄貴の隣に、黒いダッフルコートを羽織った男と並んで何かを話していた。


「あのコートどっかで見たような…あ!」


 そういえば、入野井がネタを売ろうとしていたとき、対面していた相手に酷似している。五、六十代くらいだろうか、初老の記者。ここからでは、よく見えないがコートの色と形は覚えている。


 瞬間、ポケットに入れていたスマホが震えた。直ぐ取り出して液晶を見る。


 苅田だ。

 炸羅とのゲームに反応したようだ。

 直ぐメッセージを開いた。


― 炸羅がオレと?マジで? やるわ ―


「おい。俺が前に送ったやつには返事をしないのに、入野井とやることには返事するのかよ!」


 このままメッセージを返すよりも、先に指が動いた。

 通話に苅田は直ぐ出た。


「よう」

『うっす』


 寝起きのような声だ。低くて少しかすれている。


「ゲーム出来るの?」


『できる』


「そっか。呟きも配信も全然ないからさ。メッセも電話も結構したけど、応答も全然ないし。マジどうしてんのかって心配したんだぜ?」


『ごめん。いろいろあって』


「いろいろって、どんな?」


『えーと。実家に呼び出されて母ちゃんの手伝いしてた。死ぬかと思った。マスク二重にして顔にタオル巻いて、営業前にお花の教室の掃除してたんだけど、肉体労働だし。金でないし辛いし。それからゲームちょぴっとやった。配信外で』


「そっか。ゲームやってたんだな」


『深夜三時、四時にね』


 それは参加できねぇわ。


「元気そうで良かったよ。もう配信はできるのか?」


 苅田は長いこと唸った。


『ムリかも。エゴサしちゃって。ネガティブなこと呟いてる人まだいるし。チュイットのアカウント宛に送って来る人もいる。まだまだ個人配信は早いかなって感じ』


 苅田は〈みやちゃん〉こと宮本のことをチュイットで擁護発言したことで、いまだ責めてくる奴がいるのだ。その殆どは恐らくリスナーではないだろう。正義感を振りかざして、責めるだけを楽しみに生きてる屑な人たちによるもの。


 気にしなけりゃいい。

 そう言い返そうとして、やめた。

 下らないことに囚われないで元気を取り戻すことが先だ。


「おう。炸羅と楽しんでくれよ。それと本人が苅田に会いたいとも言ってたぜ?」


 できれば入野井とは関わって欲しくはないが。


『マジ?』


「多分。苅田の素性を知ったからだ。暫くは配信ができないだろうから、炸羅と遊ぶのは良いとは思うけど。お母様とも会いたいと言ってたぞ」


『マジ! やば。いきなり親に紹介することになっちゃうのか!』


 ウキウキした明るい声を苅田が張り上げる。良からぬことを考えているようだが、実物と会って現実を知ってもらいたいとも俺は思う。苅田がショックを受けて、入野井との交流を自ら断ってくれることに期待したい。


『そうだ。徳最くん。オレ決めたことがあって』


 急に声が落ちた。


「え、何。決めたこと?」


『うん。みやちゃんのこと。大事件になっちゃって。自分が殺ったって。自白したでしょ。この間、送検されたじゃん』


「ああ」


『オレさ。まだ諦めてないから』


 苅田は、編集で仕事を頼んだことがある宮本と面識があるだけに辛い結果となってショックも大きいのだろう。


「苅田」


 送検されるとき映り込んだ映像の中で、後部座席の右側に兄貴が映っていた。左に四十代くらいの刑事が座っていて、宮本を挟んで乗車していた。


『あんなの本当に、みやちゃんじゃないし。絶対違うと思う。取り調べキツくて言わされたんじゃないかって思う。もし何かの間違いで早く出てこれるなら、みやちゃんのことサポートしようと思ってるんだ』


 それは、どうなんだろうか。


 殺人を犯したのなら数年で出て来れるレベルの話ではない。けれど苅田になんて言ったらいいのか。言葉が思いつかない。


「そうか。裁判の行方次第だろうな。言わされて自白したんなら裁判中に違いますって言うかもな」


『オレもそう思う。それにテントさんは、みやちゃんのこと正式メンバーだって告白動画を出したんだよ。でも今日になって動画が消えちゃった。多分だけど遺族の人が取り下げたんだと思う』


 俺たちが深河警察署を後にしたとき、帰り道で苅田が叫んでいた。スマホでチュイットのトレンドに告白動画が話題になっていたのだ。


 なぜ普段から活動していたデューヴではなく、わく動に上がったのか。内海が話してくれた。


――『配信外で、テントさんと話したことがあるんだけどね。編集担当者にデューヴでの活動を強く勧められたんだって。わく動での活動から離れて、ファンがデューヴでも見てくれるか不安だったけど、編集担当者がしっかりサポートするから始めたんだって。でも、その編集担当者が一時期離れて凄く残念だって言ってたんだよね。だけど、その人が戻ってきてくれた。あの告白動画って正式メンバーとして迎えるテントさんの決断でしょ。だから出発地点のわく動にアップしたんだと思う』


 それなのに殺害を認めて翌日報道。

 事件は幕を下りたのだ。


『オレ。みやちゃんに会ってくる。接見できたらの話だけどね。というか見殺しにしたなんて話、信じてないから!』


 どう言葉をかけてやるべきか。

 迷っている内に苅田と通話が切れた。

 とりあえず用事を先に終わらせよう。


 俺はスマホから顔を上げて、兄貴と話している記者を見た。

 

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