ラストアーカイブ:その言葉の矛先は(4)
「二十代半ばなのに巡査部長とは、お若いですね。でも実際会ってみて、なかなかの貫禄だ。失礼な話ですが二十代には全然見えない。いや褒めてるんですよ。徳最巡査部長」
記者は大地に話しかけた。
「見た目に反して老けてる、というのは自覚してます。お気になさらずに」
「そうですか。良かった。それでは、ここから本題です」
彼は咳払いをした。
「今回の事件って『報酬を上げてくれなかったから口論になって突き飛ばして殺害。けど気が動転して救急車を呼べなかった』という自白をされたそうですね。宮本さん。そして混乱した頭のまま帰宅したと。捜査員が部屋に訪ねて来るまで、ずっと混乱が続いていたとか。そういう報道が出ましたよね。でも可笑しなことを聞いたんですよ」
「可笑しなことですか?」
「はい。検察に引き渡されたあと弁護士を変えられましてね。宮本さん。昔、婚約者のことで依頼した法律事務所に頼んだみたいです。前回は民事。今回は刑事事件専門の弁護士に。お話を、お伺いしたかったけど今は、お忙しそうなので。私の知り合い経由で事務所内の人間に話を聞いたんです。そうしたら『山河さんは勝手に自滅して、勝手に死んだ』という話をしたそうです。これ、どういう意味なんだろうって。でもね。そんなことを聞いたら、こう思うじゃないですか。死体遺棄を認めても、傷害致死にはならないんじゃないかって。つまり、あなた方に話したことは取り調べがキツくて、自白させられたんじゃないか。そう思ったんです。実際に自白を強要したのか田畑警部補に話を伺ったんですよ。そうしたら『そんなまさか。むしろ逆だよ。本人に聞いて』って。で、来たんです。宮本さんから自白を聞き出すとき、どういう話を具体的にあなたはしたのか。教えてくださいよ?」
地面を見つめていた記者は顔を上げた。下から大地を覗き込むように。記者は少し笑みを浮かべていたが、笑っているのではない。作り笑顔だ。真剣な目が、大地を見つめている。
「田畑警部補から話してやれと言われたので話しますが、自分は普通に問いかけただけですよ」
「へぇ。あなたが怒鳴るなりして、宮本さんを追い詰めて、興奮させて言わせちゃったんじゃあ、ありませんか? 『刑事さん。もう勘弁してください。俺が殺りました!』とか」
「いえ。そんな態度はありませんでした。落ち着いだ様子で話してくれましたよ」
「ふうん。あなたや、田畑警部補、取り調べに立ち会った署員がそう思っているだけで本人は取り乱していたかもしれませんよ。だとしたら今後、検察の取り調べ、裁判の行方によっては供述の撤回や黙秘に転じるかもしれません」
「そうですね。後から考えを改め直すかもしれません。そうなったら記者である、あなたの出番ですね」
「ええ。状況証拠から見ても、かなり危うい事件ですからね。死体遺棄は免れないでしょうけど、黙秘した場合、状況証拠だけでは傷害致死に問うのは難しいかもしれません。ですから、この事件、結構早く宮本さん、いや宮本被告は出られそうな気がします。実刑喰らっても二年か三年くらいかな」
タバコに火をつけた記者は、煙を燻らせながら遠くを見た。
「もし傷害致死が不起訴になった場合、遺族は絶対に不満を抱く。そうなったら民事で争うしかない。損害賠償請求ですよ。でもね。民事で勝つのは相当難しい。殺人があったかどうか問うには、捜査資料の開示が必要です。ですが請求は、なんと出来ないんですよ。不起訴事件記録の開示の場合は原則できない。遺族は何があったのか知りたいのに。事件関係者のプライバシー、名誉を傷つける恐れのある場合、開示が認められない。正直言うと、気が動転して救急車を呼べなかったなんて、有り得ないですよ。絶対に何かある。でも遺族には知る術がない。恐らくこの事件は本当に最悪な形で幕を引く。つまり被害者の鉄男さんの父親は、どうして息子が死ななければならなかったのか理由が分からないままになる。泣き寝入りですよ。そういう未来の景色が、なんとなく朧げに見える。私はね。どうして息子が死ななきゃいけなかったのか、それをずっと考えていかなきゃならない苦しみを知ってる。鉄男さんの父親には、どうにも親近感が湧くんです」
「内海さん」
記者は振り返った。
「はい?」
「何か不都合な事実があれば記事にしたら良いと思います。それが被害者の苦しみを少しでも和らげるなら」
「ええ。そうします。ともかく、あなたが自白を強要するような人なのか、この目で確かめたかったんでね。お会いできて良かったです。急な声掛けをしてすみません。では」
記者は歩き出した。しかし数歩、先を進んだところで振り返る。
「そうだ。うっかり忘れるところでした」
「まだ何か」
コツコツと歩いてきた記者は、下から見上げて苦笑いをした。
「息子の件」
「息子?」
「ええ。実は私には二人の息子がいます。長男と次男。その長男がね。昔、交通事故に遭いまして。もういないんですけど。あなたに、迷惑を掛けたこと私が代わりにお詫びします」
大地は僅かに目を見開いた。
「なぜ、あなたが」
「私が長男の羽矢人にプレゼントしたICレコーダー。誕生日会でゲームに負けるよう八百長との引き換えで宿題をするという話を録音した。それが発端で、誕生日の当事者だった次男が配信者として活動が今炎上中でしてね。そもそも私が仕事の道具を与えなければ、諸々起きていなかったことです。本当に巻き込んで申し訳ない」
記者は頭を下げた。
「頭を上げてください。大昔のことです。もう怒るとか、そんなことは忘れましたので」
顔を上げた内海は、頭を掻いた。
「まさか兄弟揃って脅迫してたとは思いもしなかったんです。最近になって知ったんですよ。離婚しても次男の配信は時々見てるんですがね。炎上なんか起こりようがないほど素直な子なのに」
「炎上ネタを探して他人の粗を突く奴もいますから。狙われたんじゃないですかね」
「そう。そうなんですよ。多分そうじゃないかなって思うんです。かなり不思議だなって」
「不思議?」
「ええ。まず羽矢人にあげたICレコーダーですが、アレは交通事故に遭ったとき、トラックの下敷きになってペシャンコになったんです。警察署で何もかも潰れた遺品を受け取るとき、かなりショックでね。あんなに硬いものが潰れるのかって思いましたけど。それで羽矢人が、それまで保管していたSDカードを一つ一つ中身を聞いたんです。殆どは勉強のために授業とか塾とか録音されたものでしたが、一部は学校で苛めてる人間の声を録音してたんです。気になって当時苛められていた生徒を探した。葬儀に参列してたことが分かって、聞きに行ったんですよ。そうしたら羽矢人が中学時代に助けてくれたんだって。だから息子として誇らしいなって当時は思ってたんですが、今思えば多分あなたを脅したことが発端だった。反省して何に使うか考え直したからこそ苛められてた生徒を助けようとしたんだって。親バカですから都合の良い考えなのは分かってます。でも、だからこそ不思議なんですよ。ネット上に出回っていた録音データは、どこにもなかった。羽矢人の持ち物をすべて確認したけど、データはなかった。もしかしたら最初から本当にあったのか疑わしいのかも。羽矢人は君を脅すとき録音は、していなかったんじゃないかと思ってます」
内海はもう一度頭を下げた。
去りゆく記者の後ろ姿を眺めながら、大地は当時のことを思い出していた。
校舎裏に呼び出された場所には、確かに内海兄弟しかいなかった筈だ。けれど、その場所に第三者の人間がいたかもしれない。
誰なのかも分からない。心当たりなど思い付かないが内海兄弟を恨んでいた奴が復讐を仕掛けたのなら大成功だろう。内海の弟は、兄が受けるべきだった贖罪を代わりに受けているのだから。
それにしても八年前の葬儀で、田畑警部補が挨拶をしていた内海の父、
今後も何かと会う――気がする。
なんとなく大地には、そう思えた。
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