ラストアーカイブ:その言葉の矛先は(5)【終】


 記者が去った。

 話が終わったようだ。


 俺は兄貴の側まで駆け寄った。


「兄貴!」


 振り返った兄貴は、変な顔で俺を見た。


「ここで何してる?」


 いや、何してるも何も。


「メッセージ送ったのに返信ないし電話もないし、連絡の取りようがないから、また直接来てやったの。良い加減返事くらいしろよな!」


「わざわざ文句を言いに来たのか」


 腕を組んだ兄貴は溜め息を溢した。

 しまった。つい文句が先になった。


「違う。俺は内海から相談を、つか伝言を伝えに来たんだ」


 名前を言った瞬間、兄貴は遠くを見つめた。先ほどまで話していた記者が去った方向をだ。


「兄貴?」


「いや。お前が言う内海って、うつーちゃんのことか。小学校のときの同級生の」


「そうだよ。内海が気にしてんだよ。青いコントローラーを兄貴があげたじゃん。あのときの青いコントローラー。もうないんだけど弁償するって」


 もう一度兄貴は溜め息をついた。今度は短く。


「必要ない。俺が必要そうに見えるか?」


 もうゲームをしない兄貴に、新品のコントローラーが返ってきても困るのは分かってる。分かってるけれど、俺が嫌なのだ。


 本来参加しなくても良かった誕生日会に兄貴を誘ったのは俺だから。


「けどさ。仕事ばっかしてても気が滅入るじゃん。本当は気晴らしにオフの日とか、ゲームしてんのかなって―――てか、やっぱ要らない…よな。悪い。内海には断っとくよ」


「必要だったら言うさ」


「え」


「お前の部屋にはゲームがある。俺の部屋になくても必要な時があれば借りれば良い」


 そりゃそうだが。

 初めて聞いた。ゲームをしたいときがあれば言うとか!


「でも俺。兄貴からゲームしたいって言われたことないよ。そもそも誕生日会以降、ゲームしなくなったよな?」


「ああ。受験があったからな」


「え。じゅ、受験って、そのためにやめたの?」


 そういえば兄貴は中学からは国立の中高一貫教育の学校に通っていたっけ。


「受験日まで半年を切るところだったからな」


「いやいや。でもだったら何で入学したあともゲームしなかったんだよ?」


 兄貴を何度か誘ったが断られたことがある。山ほど。部活動に忙しい感じだったから、ゲームをする暇はないのだろうとも思ったのだが。


「あの頃は入学した後も学内のテストが、しょっちゅうあったからな。部活の大会もあったし、そもそも家にいる時間はなかった。今もだが」


「なんか、そう聞くとゲームするときは、するみたいに聞こえるんだけど?」


「したいときはするさ」


「え。でも今さっき必要そうに見えるかって言ったじゃん!」


「それはコントローラーのことだ。テレビゲームはもう時代遅れだ」


「じゃなに。スマホとかパソコンとかでゲームするの?」


 そんなばかな話が兄貴に限って!


「しないこともない」


 言葉が一瞬、出てこなかった。

 俺の人生で今一番絶句してると思う。


「兄貴ソシャゲすんの?」


「たまにはな」


「パソコンゲームもするの?」


「やれるときはな」


「はぁぁあ? マジ?」


 いや嘘だろ!

 誕生日会の一件で、兄貴がゲーマーとしての引退を余儀なくされたというのは俺の思い込み?

 思い違いだったのかよ!


「言ったろ前に。今もお前は俺に勝てないって」


「あのときのは兄貴のハッタリなのかと!」


「ハッタリなわけないだろ」


 兄貴が小さく息を吐く。


「じゃあ今度兄貴のオフの時に合わせるから、一度手合わせしてよ。ソシャゲか、パソコンゲームで!」


 兄貴を見上げた。身長差には完全に負けるが、どんなゲームでも今の俺なら兄貴くらい負ける気がしない。なんせこっちは、ゲーム実況を専業にしてる苅田と、赤プリの国民的アイドルとプレイしてるのだ。


「別に構わないが」


「よおし。それじゃゲームについては、あとで送るよ。ちゃんと練習期間設けてやるから」


 やるのはDDだ。

 俺の罠師で即効ボコしてやる!


「ゲームは何でもいいが。就職活動があるだろ?」


「それは大丈夫。既にインターンで就業中だから。割と時間も取れるし」


「へぇ。随分と余裕だな。もし就職出来なかったら登録数一桁の配信者としてやってくのか?」


「言っとくけど結構インターンの仕事を頑張ってるんでね。内定は確実に取れると思うよ。余裕余裕。でも配信は仕事を円滑するためにやってるだけだから。別に人気配信者とかになるつもりもねぇし!」


「ほう。そりゃ良かった。母さんも父さんも心配しなくて済む。今日お前のチャンネルぺーしを見たら登録者数が四人に戻ってたな。この間、五人だったのに一人減ってた。現実を知って登録を外したんだろう。お前、配信者に向いてないよな」


 まったく嫌味な兄貴だ。上から目線で言うところが、ほんとムカつく!


「いっとくけど、デューヴのアカウントは凍結や削除だって有り得るんだ。意思を持って削除したなんて決めつけんなよ!」


 一呼吸の間のあと、兄貴が小さく笑った。


「そうだな、それも有り得るな」


 ふと思う。どうして兄貴は俺のチャンネルページの登録数を気にするのだろうか。粗探しに余念がないのか、それとも本当は気にかけてくれる良い兄貴――なわけないよな。


「あ。そうだ。ゲームの話だけど。友達入れて良い? この間、警察署に連れてきた二人と最近仕事関係で知り合った知人が一人」


 苅田も内海も、きっと時間は取れるだろう。内海にとっては、あの日の誕生日会のやり直しになる。またとない機会だ。それに入野井も加えたら、ボコボコにやられる兄貴が見られるかもしれない。


「別に構わない」


「それじゃ。連絡しておくよ」


 話が終わり、兄貴は腕時計を見た。


「時間だ。もう行くぞ」


 立ち去ろうとした兄貴を見て「あ」思わず声が出た。兄貴が振り返り「まだ何か用か?」加減な顔をされた。


 用事というほどのことでもない。


「あの送検された人。もし早く出てこれるならサポートしたいって苅田が言ってたんだ」


「あの華道家の息子か」


「うん。やっぱ今回の事件、苅田は納得できないみたいでさ。サポートできることがあればしたいって。何とかしてあげたいって」


 兄貴は分かりやすく溜め息を吐いた。


「俺はさ。その。なんて苅田に言ったらいいか分かんなくて。なんか社会復帰に手を貸すとか、そういうの俺、全然想像付かなくて。俺も手伝った方が良いのかなって。どうしたら良いか分かんなくてさ。まぁ。こんな話、兄貴に言っても仕方ないことなんだけど。悪い。引き止めて」


 相談するつもりではなかったが、俺には兄貴を通して境界線の向こう側が、ぼんやり見えるような気がした。


 決して遠くない距離感で、罪を犯した人が直ぐ近くにいるような。


 妙な気持ち悪さを感じるのだ。


「宮本に近寄るな」


 ドスの効いた声だ。


「え」


 大股で兄貴が歩み寄ってきた。


 俺の手首を掴み近距離で身を乗り出して、「ロクな奴じゃない。屑だ」聞いたことのない恐ろしく低い声だった。


「ロクなって…え、クズ?」


 掴まれた手首が解放された。

 姿勢を正して兄貴は背を向ける。


「言っておけ、友達に」


「兄貴?」


 後ろ姿が遠く見えなくなるまで、俺は動けなかった。


 その言葉の矛先は――苅田にか?



 一瞬、俺に言われたのかと思った。








 

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