アーカイブ5:会員制個室の焼き肉会(1)
αスポーツ公式チャンネルページに、作り直したサムネイル画像を差し込んだ。
件数にして、二十件。
大した作業ではなかった。
宇津根に反映完了のメールを送り、席を見た。いない。時計を見たら、十六時を回っていた。ホワイトボードに視線を移すと、宇津根のネームプレートの横には既に〈退勤マーク〉のマグネットが貼り付けられていた。
「もう帰ってたのか」
宇津根は時短勤務だ。確か八十歳を超える父親の介護をみているため、ヘルパーのシフトが終わる前に帰宅している。
俺の将来も、どうなるんだろうな。
お盆や年末年始すら兄貴は帰省しないから、両親は俺が面倒をみることになるのかも。
いや、どうだろうな。
未来のことなんて分からない。
先のことを考えたって不毛か。
もう一度ホワイトボードに視線を向けた。
引き継ぎの終わった首藤は、青葉台と青文字で書かれていた。彼は、一時間ほど前に、俺と宇津根に最後の挨拶をしてから出ていった。
寂しくなるが次に会えるのは、来月半ば。選手への取材は、いつも青葉台スタジオになる。取材する数名の選手は本社の看板と社長との記念撮影が控えており、首藤も立ち合いで出席予定だ。
ブルッと、スマホか震えた。ポケットから出してみると、苅田からメッセージが届いた。
― DDのタイマン申し込まれた 配信外の練習に付き合ってくれ 時間教えて ―
どうやらダーティーダーティーのゲームで、試合の決闘を誰かに申し込まれたようだ。
どこの誰が申し込んだのか知らないが、苅田はDDにおいては最高ランクをいつも保持している。沼プもするが、実は負けなしで高ランクを維持しているから、相手はボコボコになるだろう。
といっても、俺がいつも影で苅田の個人練習に付き合っているから高ランクを維持できるのだが、それはまだ誰も知らないことだ。
そもそも苅田には世話になってる。デューヴでの投稿や動画編集、配信方法を教えてもらい、有難い事にパソコン機材まで貸与を受けている。
― 練習付き合うよ。時間は、また後で連絡する。―
即レスで返事が来た。
―了解 ―
インターン就業は一日、四時間。今日の出社時間が午後十三時だったので、正確には仕事が上がるまで、あと一時間。早めに上がれば苅田の練習試合に付き合えるだろう。
「チーフの尾野さんも、阿瀬さんも帰って来ねぇし。どうすっかな」
ホワイトボードには、『調印式 十七時』と、黒文字で書かれている。番組編成部のチーフこと
このワンフロア上の二十四階に。
行けば覗けるだろう。
きっと一流のカメラマンが、バシバシ撮影しているだろうし、広報部によるインタビューも敢行されている。映像は、明日の公式HPでリリースするから、調印式の模様も動画で発信されるだろう。
俺はポルトガル代表のクリスティアーノ・ロナウドが好きだ。サッカー選手推しなのでラグビーのスター選手も、アイドルも正直興味はない。というより、インターン生がいたら邪魔になるだけ。
ホワイトボードに近づいた。それから黒いペンを持ち上げてキャップを外す。
徳最と書かれたマグネットの横にペンを添えた。黒文字で――帰宅――と書けば、俺は今すぐこの部内を出られる。
「あー。あっという間だったわぁ。夢の時間って本当に短いわね」
阿瀬の声だ。
振り返ると通用口から帰ってきた。
予定より早く終わったのだろうか。
「お疲れさまです」
「お疲れー!」
元気な声で答えた阿瀬まひろは、かなり上機嫌だ。年齢までは知らないが、今年でアラフォーという話を、織田から聞いたことがある。キビキビと業務の指示出しをしている姉御肌。体育会系の多い男性職場だが、阿瀬は首藤と同じ中途入社で提案を一発で決めたというから、かなりのやり手だ。
それにしても今日は明らかに態度が違う。部内に戻ってきてから、ずっとニヤニヤしていて歯茎が出ているのだ。
「入野井、どうでした?」
まったく興味はないが、阿瀬に声を掛けてみた。
「もうね。凄い。凄いのよ。オーラが、キラキラしてた。本当に、すっごく眩しかったわ!」
阿瀬は深くて長い溜め息を吐いた。
「私、全然眠れなくて。ぶっちゃけて言うと、殆ど眠れてないのよね。だって昨日よ。急遽追加で広告塔が決まった話をメールで読んだ瞬間、信じられなくて。パソコン前で固まって。この目で本当に、彼を目にするまで信じられなかったのよね。でも彼は来た。この会社に。私がいるこの会社に。私多分、今日の夜も、きっと寝られない。悠くんが存在したの。はぁ。同じ時代に生まれて良かった。私、今日はもう色々ムリ!」
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