アーカイブ5:会員制個室の焼き肉会(3)
仕事は順調に進んでいる。番組編集部の人たちは皆んな良い人たちばかりだ。
宇津根からほぼ任されているαスポーツのチャンネル運用さえ上手く行けば実績として認められる。チャンネル登録数、目標千人。四月末までという期限付きだが、達成すれば間違いなく内定確定だろう。
もちろん、αスポーツの会員を増やす提案が出来れば良いのだが、今のところ俺には何も閃きがない。
織田が内定を貰った提案は、一体何なのだろうか。社内報で織田のインタビューと共に提案内容の詳細が載るらしいが―――まったく羨ましい。
「俺には、まだ正社員の道は遠いなあ」
溜め息が溢れた。
職場の人たちと仲良く仕事ができれば、提案ができなくても最終面接がある。首藤からの引き継ぎは完璧に覚えたし、部内の人間関係も悪くない。このまま仕事をコツコツと続けていけば、ぬるっと採用は決まるだろう。だからそんな不安になることもないのだが――。
「インターン中に採用を見送るってことは、ハハハ、ないよな?」
まだ何も起きていない内から、未来に不安を抱くのは不毛だろう。
そう。そんなこと起きるはずはないのだから――。
「ん?」
スパイラルビルを出る瞬間だった。
ビルの入り口付近にある柱の影に、派手なコートが見えた。真っ赤なコートだ。
渋谷とはいえ、この周辺はオフィスビルが立ち並ぶ。白、黒のあまり目立たない服装で出勤してくる人たちが多い中、そんな派手な色の服を着た従業員が、このビルに働いているのだろうかと、なんとなく視線を上げて顔を見た。
「え」
見覚えのある赤いコートの人物に静かに、俺は近寄ると――更に柱の影で見えなかったが――もう一人いた。赤いコートの男はサングラスをしているが、黒いダッフルコートを着たマスク姿の人物と向き合っている。
ハッキリと見えるわけではない。赤いコートの男は、結構年配な相手と話しているようだ。
俺は、素早く二人から死角となる柱の影に立った。
「何かの間違いかと思って最初は信じてなかったんだが、本人からの連絡とはね」
「急にお呼びしてすみません。事務所だとマネージャーの目があるし、かといって飲食店を指名してもイタズラだと思われて来ない可能性もあるかと思って。何より俺は待ちぼうけとか嫌なんで。隙間的に会えそうな場所で、確実に俺が来る場所なら、来られるかと思ったんで。それに人から経由してネタを提供するのも信じてもらえないかと思ったんです」
「なるほど。それで記事にさせてもらえるネタがあるというのは本当なのかな。入野井くん?」
おいおいおい。記事とかネタの話って、これはまさかと思うが――。
嫌な考えが過ぎる。経緯は不明だが今の会話から察するに、入野井悠介が記者を呼び出した、ということになるのだろうか。
ふと窓の外を見た。
何人かの女性が、ヒソヒソと話している。視線の先はもちろん、入野井悠介だ。仕事終わりの彼を、待ち伏せるファンだろう。
これって、やばいのでは――。
何人かは既にスマホで撮影している。
絶対に不味い気がした。場合によっては間違いなく炎上するのではないか。
「マジかよ」
正直、アイドルの炎上など俺にはどうでもよい。むしろ勝手に芸能界から消えてくれても良いのだが、それは今日の昼までの話だ。インターン先の広告塔となったからには、今ここで食い止めなければ間違いなく飛び火が起きるだろう。
もし何かのスキャンダルでも起こされたら、広告イメージの下がるタレントは起用できない。当然、入野井悠介を広告塔から下ろすことで高い契約料はムダになるだろうし、アルファケーブルネットワークに苦情が来たら最悪の場合、加入者の解約騒動にまで発展するかもしれない。
もしそこまで行ったら、会社のイメージが悪くなるどころか業績にも響くのではないだろうか。最悪、インターン生の受け入れや、内定取り消しにまで発展したら――。
考えただけで気分が悪くなった。
俺は頭を横に素早く振った。
「ダメだ」
そんなことさせてたまるかよ!
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