アーカイブ6:苅田の叫び(4)


 俺は苅田との対戦を先に始めた。

 マップ選びは何でも良いらしい。


 砂漠、廃墟、山林、海辺という四つのマップから廃墟を選んだ。廃墟は壊れかけた神殿や草花など、壁となるチェイスルートを適度に取れるバランスの良いマップだ。


 足の速い殺人鬼に、上手くフィールド上のオブジェクトを利用して逃げる練習をするには丁度良いだろう。


「それじゃ、始めるよ!」


 一瞬だけVCを入れて苅田に合図した。


 苅田はキャラクターを屈伸させた。

「OK」という合図だ。


 パソコン上でタイマーを、オンにした。


 苅田は真っ赤な髪の女性のキャラクターを選んでいた。白いテニスウェアの赤帯限定スキンで、崩壊した神殿内を走りだした。


 俺は右手にマウスと左手にキーボードのWASDキーを弾きながら殺人鬼を操作した。罠を仕掛けないで、ただ追い掛けて鉄パイプで殴るという単純な動作だが、苅田との距離が、なかなか縮まらなかった。


「今のうまっ!」


 イケると思って振り下ろした腕を苅田は済んでのところで、すり抜けていく。身を翻して、上手くキャラクターコントロールを操作していた。流石というべきか、これまでDDを何度も何度も積み重ねてきたからこそ、慣れた動きができるのだろう。


「次は建物に向かうのか」


 壊れた建物に入り込んだ苅田を見送って、俺はチェイスルートを予測した。そのまま苅田を追いかけるのではなく、建物の外周に素早く移動する。案の定、苅田は部屋から出るように窓から出てきた。


「今だ!」


 その瞬間、三百六十度の旋回を苅田はグルグルと三回転した。


「逃げるな苅田!」


 旋回が終わる動きを更に予測して腕を振り上げ振り向いた。しかし俺の視界から苅田は一瞬見切れた。


「なに!」


 赤い髪が岩場の裏に回り込んだのが見えた。陰になるオブジェクトを利用して、走るのではなくワザと歩いて回り込んだようだ。


 上級者テクニックだ。


 読み合いに勝つには、チェイスルートの先を、とにかく予測し続けなければいけない。


「オラオラオラー!」


 大股で走って赤い髪の女キャラに迫った。距離をギリギリのところで詰めて、鉄パイプを振り下ろす。


 苅田は地面に倒れた。


『やられたわ。三分くらいは行けたんじゃない?』


 VCをオンにした苅田からの音声には、ボトルキャップをガチャガチャと開ける音がした。喉が渇いたのだろう。


「今のタイムは、二分半!」


『あと少しだったか!』


 三十秒は少しではない。だが二分半逃げ切れたのは凄い。

 俺だって結構やり込んでキャラコンを極めているのに。


「やっぱ毎日やり込んでるだけあるな。俺の罠師、殺人鬼ランク赤帯なんだが?」


『いやいや。今のはさ、徳最くんの方が読み合い強かったわ。窓の外にもうスタンバイしてたの判断早すぎてビビったよ。普通はさ、建物入ったらチェイスルート的には一番通るドア付近に向かうでしょ。なのに裏の窓の外に、もう回り込んでんの凄いわ。その発想どこから来るんよ?』


「それはさ、皆んなが通りがちなルートじゃん。苅田の場合、むしろ建物の裏に回ってチェイスの取りづらい場所に行くと思って。裏をかいて出し抜こうとする魂胆見え見えだったし」


 悔しそうに呻く苅田の声がVCを通して聞こえた。


「あ」


『え、何。徳最くん、どうした?』


 ふと再度届いた通知に目が入る。


― 悪い。仕事の電話だった。別にフレンドいても俺は気にしない。今やれるか?―


 入野井からだ。


― やれる。―


― PCとモバイルどっち?―


― PCでやってる。DDのIDを教えてくれ。フレンド招待する。あと、なんて紹介すれば良い?―


― 普通に、ゲームをやりたい奴がいると伝えれば良いよ。公開マッチで、アーカイブの協力ミッションあるだろ。宝箱四箱とロッカーに十回、ランプに火をつけるやつとか ―


― なるほど。了解―


『徳最くん?』


 俺は、軽く咳払いをした。


「苅田。急なんだけど、フレンドを一人呼んで良いか?」


『フレンド?』


「そう。DDの公開マッチをやりたいって言う要望貰って。四箇所の宝箱を開錠と、ロッカーに十回隠れるのと、ランプに火を灯す協力ミッション。面倒なやつを一緒にできたらって。ミッション終わったら、また練習しよう」


『そういうことなら。了解』


「サンキュー。ちなみに言っておくけど配信者じゃないから。一般人」


 もちろん相手はアイドルなんて言えるわけがない。苅田からの応答は、ほんの一瞬だけ間があった。


『それじゃあ、オレが配信者だとは言わない方がいいかな。プレッシャー掛けると不味いと思うし』


 その配慮も有り難いが、苅田は普段カーリィというユーザーネームを使わない。素性が良く分からなければフレンド登録なんてしない。その点においても安心できるだろう。


「おう。そうだな。気い使わせて悪いな」


『いや。DDプレイヤーがミッションクリア出来なくて萎え落ちして辞められる方が辛いからな。どんなレベルの奴でも、オレは大歓迎だぜ?』


「じゃあ今からフレンド呼ぶわ」


 俺は、入野井にフレンド招待を送った。


 直ぐにパソコン画面上に映るDDのロビー画面に、入野井のキャラクターは現れた。


 俺はワクワグラムの入野井宛にメッセージを送った。


― 赤い髪でテニスウェアの女の子が、俺の友達。緑の長髪にサングラスしてて猫のイラストにタンクトップの女の子が俺な ―


― 了解。VCはいるか?―


― いや。なしで。マッチ中はVC無い方が楽しいし、殺人鬼の居場所が簡単に分かっちゃうのも、つまんないでしょ?―


― ふーん。あ、そう ―


 これが秘策だ。


 フレンド招待は許しても、音声通話だけは何としても避けたい。


 苅田は割と特徴的な声なのだ。デューヴでゲーム実況を観るのが趣味にあれば、簡単にバレてしまうだろう。


 ただ危惧すべきことは、むしろ苅田に入野井のことを知られるよりも、入野井に苅田を知られることの方が、まずい。入野井は事務所に不満を持ってるわけで、炎上を自ら望んでいる。十五万人いる配信者と仲良くしてもらっては俺が困る。


「苅田。今招待した俺の横にいる女キャラ、青い髪に青いパレオの水着姿が――」


『えええええええええええ!』


 いきなりVCから苅田の絶叫が聞こえた。


 思わず俺は驚いて、反射的にイヤフォンを引っ張った。耳からイヤフォンが外れて、再び付け直した。


 まだ苅田は騒いでいた。


『うううううう嘘だろ! マァァァジかよ!』


「なんだよ苅田、どうしたんだ?」


 苅田の慌て方が尋常じゃない。

 まさかと思うが―――おい、もうバレたのか?

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