アーカイブ6:苅田の叫び(5)
『だだだって! この人!
「え。どういうこと?」
『どういうことじゃねぇよ! オレの方が! どういうことだって聞きたいよ!』
「え。もしかして、何か有名な人?」
物凄く怪しまれると思うが、俺は、すっとぼけた。
『えええ。ちょっと徳最くんマジ知らんの?』
バンッと、VCの向こう側でデスクを叩く音が聞こえた。
おいおい。台パンするほどなのかよ!
「なにが?」
『炸羅は赤帯のプリファランス! 赤プリだよ赤プリ! 滅多にお目にかかれないレジェンド枠!』
苅田の指摘に急いで入野井のキャラクターをクリックした。DDのプロフィールをよく見ると、確かに――黄金色のダイヤモンドが炸羅の名前の横で光り輝いている――赤帯のプリファランスマークが付いていた。
「ウソだろ。マジかよ!」
プリファランスとは、赤帯上位の中でも頂点に君臨することを意味する。
一パーセントもいないプレイヤーになる。赤プリは簡単にたどり着けるレベルではないのだ。少なくともリリース当初から一万時間以上はゲームをやらないと辿り着けない。
『DDの世界ランク変動の激しい一位常連で、プリファランスの人が何でここにいるんだよ。ヤバすぎでしょ。どうやって知り合ったんだよ!』
確かに。凄まじいレベルだ。
まさかトップランカーとは。
「いやあの。実はワクワグラムのDMで手伝ってくんね? みたいな感じで、突然メッセージが飛んできてさ」
『マジ! 相手、日本人なのかよ!』
しまった。慌てて適当に作り話をしたつもりが、日本人プレイヤーであることを逆に、印象付けてしまった!
クソッ!
俺の頭よ。冷静になれ!
「あ、ああ、うん。た、たぶんね。ば、バイリンガルなのかもしれないけど」
嘘くさい言い訳だが、苅田は追及してこなかった。
『やばすぎぃぃぃ。オレもDM欲しい!』
「欲しいって言ってみれば?」
『つうかVCしたい!』
ヤバい。先ほど、入野井にゲームはVCを付けるかと聞かれて、不要の旨を伝えたばかりだ。
「苅田。VCをしながらゲームをすると、殺人鬼の場所が分かりやすくなって楽な試合にはなるけどさ、そういうのって楽しめなくなるからVCなしでゲームした方が良いじゃないか?」
『じゃあ試合中だけVCを切りゃいいじゃん。オレはちょっと話をしてみたいだけだからさ。試合前に』
「そ、そうか。それもそうだな」
俺はスマホに目を落とした。ワクワグラムには入野井から教えてもらった個人IDがある。このまま二人がフレンドになれば、恐らく二人は今後やり取りを交わしていくのかもしれない。そうなったら、苅田が炎上のために手を貸すのも時間の問題となるだろう。
『ヤバい。急に緊張してきた!』
VCから聞こえる苅田の鼻息が荒い。しかも興奮気味に、キーボードを打ちこんでいる。カチャカチャとキーボードの音が、ワクワグラムを通して聞こえた。DDのチャット機能を利用して、苅田は入野井に話しかけた。
― “こんばんは、はじめまして!“ ―
暫く間があったが、入野井は苅田からの挨拶に応答した。
― “はじめまして “ ―
― “炸羅本人ですか? “ ―
― “本人ではありません“ ―
苅田の吹き出す笑い声が聞こえた。
『おもろ!』
― “プロフ見ました本人じゃん!” ―
― “バレましたか” ―
『ヤバい。この人面白い!』
苅田は楽しそうに会話を弾ませる。俺は内心ハラハラしながらチャット欄の流れを黙って見守るしかなかった。
複雑だった。相手の素性を苅田に伝えられないまま心苦しい気持ちなのに、会話を妨害する手立てもない。
ヤバい。本当にヤバい。
今すぐにでも、このオンラインゲームが落ちてくれたら良いのに!
― “もし宜しければVCしたいのですが、どうでしょうか?” ―
とうとう一番緊張の瞬間がきた。だが苅田の要望に、入野井からは直ぐに応答がなかった。
『あれ。返事がないな』
苅田が心配そうな声を上げたときだ。
― “すみませんがVCはやってないので難しいですゴメンネ” ―
え。おい、どういうことだ入野井?
DDのフレンド招待前にVCするかと入野井から訊ねてきたのに、急に態度が変わった。
チャット欄には、直ぐに文字が打たれた。
― “それじゃあDDのフレンドになってくれませんか?” ―
― “フレ募もしてないんだゴメン。いつも変な時間にDDしてるから一緒にする人もいないけど、フレ枠一杯で整理するのも面倒で” ―
DDのフレンド枠は百人までという登録制がある。フレンドがいればランクアップやミッションは簡単にクリアしやすくなるのだが、呼び出せないのに枠を整理して、再び空けて登録を加えるのは合理的ではない、と判断されたか――ただし本当に入野井がそう気にして応答しているのかは不明だが。
― “そっか それなら仕方ない” ―
― “本当にごめん” ―
― “全然大丈夫です!” ―
ワクワグラムの連絡先交換も、DDのフレンド登録も回避された。とりあえず安心すべきだろうか?
― “それじゃゲーム始める? えっと君のユーザーネーム、バーガー食べたい君で良いのかな?” ―
やべえ。入野井が名前を改めて尋ねるパターンがあったか!
先ほどの配信で、苅田は夕飯用のバーガーのデリバリー前に、ユーザーネームを朝活DD野郎から変えていたのだ。
まずい。非常にまずい。
憧れのトップランカーに、苅田が改めて配信名で告白されたら終わりじゃないか!
― “ふざけた名前ですみません! オレは悦史です えつし、と読みます ヨロシク!” ―
は?
おい、本名の方を名乗るのかよ!
― “よろしく悦史” ―
『うおおおおおおオレの名前で呼んで貰えたあああ! やっばぁぁぁぁああああ!』
めちゃくちゃ嬉しそうなバカ高い声が聞こえた。
「苅田、良いのかよ本名、言っちゃって! つうか配信名の方を言うのかと思ったけど」
『当たり前だろ! 配信の名前はさ、ネット上に広めるためにプロデュースした言わばオレの分身名。分身の方を知って貰うより、オレ自身の方を知って貰いたいし!』
「そうなんだ。それじゃユーザーネームも、一時的に悦史に変えるか?」
『流石にそれはちょっと無理かな。フレンドには配信仲間も、まぁまぁいるからね。家の事情は全然話してなくて。もしこの瞬間に誰かの配信でフレンドを呼び出してる際、オレの本名がフレンドリストで映り込むのも恥ずいし。悦史って本名なのか配信仲間に、あとで突っ込まれたら身バレにも繋がるし』
なるほど。そういうことか。
苅田は再びカタカタとキーボードへの打ち込みを再開した。
― “あと幾つか気になることがあるので質問しても良いですか?” ―
― “いいよ” ―
俺はパソコンモニター画面から、スマホに目を落とした。
スレスレのところで互いの正体が上手く回避されてはいるが、ずっと気になることが頭の中でモヤモヤしているのだ。
ワクワグラムの入野井宛に、俺はメッセージを送った。
― なぁVCやフレンド、何で拒否ったの?―
聞かずにはいられなかった。
入野井からは程なくして返事が来た。
― 悪いな。炸羅を知ってたから。ちょっと気が変わって。―
― どういうことだ?―
― 俺のことを知ってワクワグラムやDDのIDが君の友人から漏れて世間に知られた場合、事務所からゲームやるなと絶対言われる。楽屋に監視員でも立たれたら死にたくなる。それに新規でID作って、一から育成し直すのも絶対有り得ない。仮に俺の正体を知って君の友人が炎上に万一手を貸してくれたとしても、ただの個人一人の力では程度が知れてる。事務所解体には繋がらない。ネタをばら撒こうにもマイクロSDカードは君が結局持ち帰ったままだしな ―
そうだ。あの恐ろしいデータが入ったマイクロSDカードは、俺が持ち帰った。机の中の引き出しの奥に仕舞っているが、正直廃棄したい。だが広告塔は、ずっと続く契約ではない。契約が終わったときに入野井に返せば良いので、強制的に預かることにしたのだ。
DDのチャット欄には、苅田と楽しく会話が弾んでいる。その裏でシリアスな事情を淡々と語る入野井が、なんだが少し可哀想に思えた。
― そもそもDDのフレンド百人にネタを撒いて炎上させるとかはしないの?―
― しない。その方法でやろうとした奴も実際にいたけど、パソコンとかスマホをチェックされて消されてた。不定期に家族とかマネージャーが急にやってきて、見せろって言われたら断ることは許されない。笑えるだろ?―
全然笑えない。そこまで厳しいとは思わなかった。
― ワクワグラムもチェックされるのか?―
― するよ。ヤバい会話とかは表面上、全部消してる。でも相手側のログは残るけどな。俺の端末に、まずいログが見つからなきゃ罰則を受けることもない ―
おいおい、罰則って。
― 残酷だな。そんなにガチガチな中で、よく見つからないで、SDカードにネタを詰め込めたな?―
― 正直言うと、あのSDカードは先輩から貰った。年に一度、海外旅行でハメ外す条件と、多額の金の受け取りを引き換えに告発をやめたから―
もはや先輩が誰なのかは触れないでおこう。
どう返して良いものか迷っていると、VCから申し訳なさそうな声で謝罪を受けた。
『ごめんね。徳最くん』
「え。何で謝るんだ?」
『炸羅と雑談が長引いてて』
謝るのは、俺の方だ。苅田には申し訳ないが、入野井のことを言えぬままなのだ。
「全然良いさ。俺は最後まで見守ってやる」
『ありがとう徳最くん。オレさあ。ぶっちゃけて言うと、これってもう何か運命感じてんだよね!』
なんだって?
「え、運命?」
何だか嫌な予感しかない。
『たぶんだけど。炸羅は、女だと思う!』
「え」
『だから、この出会いワンチャンあるかなあって!』
いやいや、ないないない。
苅田よ。そのワンチャンは起こり得ない。
「男だったら、どうすんだよ?」
俺は乾いた笑いが出た。
『うーん。そうだね。でも運命が異性であるとは限らないかもしれない、よね?』
苅田は意味ありげに言葉を切った。
「おい。マジかよ!」
余程、楽しいのだろう。
苅田が懸命に弾くキーボードの音が、暫く止みそうにない。
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