アーカイブ10:問題だらけの日常(5)


「で。その話題の人が、何で俺に?」


「例のアレ、聞いた?」


 背を丸くして内海は下から覗き込むような目線で俺を見る。


「例のあれ?」


「徳最くん。音声データのこと」


 苅田が口を挟んだ。


「ああ、アレか。いや聞いてない」


「なんで?」


 苅田に問われて言葉に詰まる。


 知ってはいけない。パンドラの箱を開けるような感覚に近いからだ。知りたくないことを知ってしまったら、俺は、あの日皆んなと一緒になって楽しんだことを後悔する。そんな嫌な感じがしたから、音声データを聞くのは避けたのだ。


「忙しくて、まだ見てないっていうか」


 けれど目の前に内海がいる時点で、これはもう確定なのかもしれない。


 もし確定なら最悪だ。

 あの誕生日会で、皆んながゲームに負けた兄貴を嘲笑あざわらっていた。その中で一緒になって嘲笑っていたのは、俺もなのだ。


「そっか。聞いてないのか」


 内海は、視線を下げてウロウロと宙を彷徨わせた。明らかに言うか言うまいか葛藤しているように見えた。


「あの音声データはさ――」


 苅田が言いかけたときだ。


「あ。俺から言うよ」


 内海が止めた。


「あのさ。徳最君。その、かなり昔のことなんだけどね。俺の誕生日会、覚えてる?」


 覚えてるさ。


「えっと、たん、誕生日会?」


 俺は、すっとぼけたフリをした。


「うん。小学一年生のときに家で開いた誕生日会パーティーに招待したこと覚えてるかな?」


「あー。そういえば、うっすら。うーん、うっすらだけど。確か、に、お前の誕生日会に参加した覚えがあるような…ほんと超昔の話だな?」


「あのときさ。確か十人くらいの仲の良いクラスメートを呼んで、ゲーム大会したじゃん?」


「ああ。そういえば、そんなことも、あったっけ?」


 乾いた笑いが出た。思い出したくない昔の出来事を内海が少しずつポツポツ語るから、また心苦しくなるのを俺は感じた。


「あの頃の徳最君のお兄さん。凄く強かったよね。ゴーカートのゲームで無双してたじゃん?」


「え、あ、そうだったっけ?」


「うん。ゲーム大会した翌日に、無双連敗記録止めてくれて有り難うって教室で君に言われて。めちゃくちゃ喜んでたじゃん?」


 なんでそんなことまで覚えてんだよ内海!


 そうだよ。あのあと、兄貴をゲームに誘うたびに断られるから、よっぽど無双連敗記録を止められて悔しいんだなと俺は度々詰(なじ)ったこともある。


「いやぁ。正直俺は、あんまし、よく覚えてないっていうか。兄貴と対戦したときの頃って、もう十年以上前じゃね?」


「十四年前」ぼそりと内海が呟く。


「もうそんな前か! いやぁ、俺は覚えてないなぁ。ははは。つか。今日は用事あるから、そろそろ帰りたいんだけど」


 俺が腰を浮かせた瞬間だ。


「ごめん。時間は取らせないから。実は、あのときのゲーム大会で勝ったのは八百長なんだ!」


 焦ったのか内海は声を張り上げた。

 何事かと周囲に座っていた年配客が振り返る。腰を上げかけた俺は座り直した。


「お、おい。内海。何を言ってるんだよ?」


「俺の兄貴と徳最君のお兄さん、同級生じゃん。だから俺と、俺の兄貴で、八百長してくれるよう君のお兄さんに頼んだんだ。前の日に」


「いや、ちょっと待てって。お願いしたからと言ってさ、兄貴がそんなこと聞くわけないじゃん?」


 俺は手を横に振った。


「違うんだ。八百長だけじゃないんだ。もし八百長を聞いてくれなかったら、君を苛めの対象にするって脅したんだよ。軽く、軽くだよ?」


 ネットニュースに書いてあることは、すべて事実のようだ。

 どう言い返して良いものか、俺は暫し言葉に詰まった。


「マジ…ほんとに、内海、そんなことを兄貴に言ったの?」


「そのときの会話を俺の兄貴は残してたんだ。でも録音はあとで削除したんだと俺はてっきり思ってたんだけど」


 なんで残してんだよ!


「わく動にアップしてた俺の声の比較音声まで作られてさ。それが出る前から、最初に音声データを聞いたとき間違いなく俺だったし、どうして世に出たのかも分かんねぇんだけど」


 内海の言っていることが、直ぐには飲み込めなかった。


 言葉通りを受け取るなら、内海兄弟が俺の兄貴を誕生日会の前日に呼び出して、八百長をするよう話を持ち掛けた。そして音声データを内海の兄貴が残して持っていたらしい、というのだ。


「脅迫してた音声データ。マジで本当なのかよ…」


「本当にごめん。誕生日会を盛り上げるために、やったことなんだ。教室で、徳最君が、よくお兄さんのゲーム自慢に辟易してるっていうのを聞いていたし、それを兄貴に話したら、むしろ八百長してもらったら面白くなるんじゃねって話になって。だから俺は謝らなくちゃいけないんだ!」


「内海」


「本当にごめんね徳最君。君のことを持ち出して脅迫に加担した事も悪かった。善悪の分からない子供だった。お兄さんにも直接きちんと謝りたい。会って謝罪したい。だからどうか、お兄さんに会わせてくれないか?」


 内海は頭を下げた。


「いやいやいや。そんな必要ないって。大昔のことなんだぜ? 実際やってたとしても時効だし、まぁ。そんな今、謝罪するとか。あ、そうだ。俺から伝えとくからさ!」


「徳最くん!」


 苅田が間に割って入った。


「昔のことだから許すとかいう話じゃないんだよ。うつーちゃんは、今とても酷い誹謗中傷に遭ってるんだ!」


「誹謗、中傷?」


「そう。オレに来る数よりも何千件も毎日、うつーちゃんのアカウントに秒で来てるんだ。動画のコメント欄にも。DMにも。非公開にしてるメールにだって来てるんだよ。この先に予定してた、うつーちゃんのスケジュールは全部白紙。配信活動が出来ない事態になってるんだ。だから行動を起こして謝罪した話をしなくちゃいけない。ケジメを付けなきゃいけないんだ」


「苅田。ちょっと待てって。活動出来ないって何日か経ったら、配信できるだろ。そんな大袈裟な」


 俺の反論に苅田は黙ってスマホを取り出した。


 内海こと、うつーちゃんに届く誹謗中傷を、俺に見せた。予想もしていなかった。想像以上に世間の評価や見方はとんでもなく深刻だったのだ。



― うつーちゃんがそんな人だなんて思いもしませんでした。もう見ません。


― 最低ですね。苛める人ってよく覚えてないって言うじゃないですか。面白半分にやったんでしょーけど、受けた人間は覚えてるものですよ?


― 苛める人間はクズ。脅す奴もクズ。つまりお前はクズ!


― ゴミじゃん


― 配信に戻ってくんなよ?目障りだから


― バイバイ。うつーちゃん。早くチャンネルも消せよ。


― 終わったな。うつーちゃん。お疲れさまでしたwwwwww


― 最悪。ずっと応援してたのに。


― なんでやったん。謝罪したの?


― 八百長あかんよ。脅迫もやばいよ。苛めの対象にするってさ、それ本当に最低行為よ。


― 私の推しと二度とコラボしないでください


― とにかく他の配信者と絡まないでね。


― DDの大会とか、レジェンズの大会とか、ストリーマーの大会には参加やめてください。皆んな楽しみにしてるんで、ほかのストリーマーに迷惑ですから


― 二度と配信やんなよ


― フォロー外しました。グッズも捨てました。どうせ売れないし。


― 前に岐阜県どこにあるのか分からんって言ってたよな。岐阜県民も見てんだぞ。お前の配信はもう見ないからな。


― まじかよ。お前がそんな奴だとは思わなかった。ほんとにショックでしかない。


― お前のアーカイブぜんぶ低評価押しとくわ


― 結局いじめる奴は自分さえ楽しければそれで良いと思って生きてんだよな。そうだよな。図太く生きれば良いよ。俺はお前を絶対許さないから。


― 否定して欲しかった。ずっと好きで見てたのに。本当に残念でならない。


― あんた最低だよ


― 二度と活動すんな。二度と戻ってくるな。


― なんで認めたん。どうしてだよ。清廉潔白で、あって欲しかった!


― 良い人の印象しかなかったのに残念です。がんばって欲しいけど、暫く見たくないです。私も昔苛められたことがあるので、そっち側の人間だったとか思いたくなかったです。


― 悲しい。ただただ悲しい。あんた最低。


― まさかのクズ人間でしたね!おめでとう!これからも何かの大会とか誰かとの対戦とか、そういうのがあるたびに八百長と脅迫を裏でするんだよね?そうだよね?


― さよなら。うつーちゃん。配信お疲れさまでした!!!!!!二度と戻って来んな!!!!!!!!!

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