アーカイブ6:苅田の叫び(1)


 女の悲鳴だ。


「キャー!」


 目を見開いた女は開いた口から血反吐ちへどを噴き出すと、胸に貫かれた刃を引き抜かれた。女は、まるで紙屑のように放られると地面に落ちた。


「ダメだー!」


 俺は握っていたマウスを離した。DDのリザルト画面には俺だけドクロマークが付いていた。


 最悪だ。


 全然、ゲーム画面に集中できない。

 それもこれも、入野井の所為だ。


 アイドルなんて芸能界から消えても別に俺には関係がない。


 自分が生きている世界とは無縁の住人。

 どうでも良いことだと。

 そう当たり前に思っていた。


 入野井悠介は苦しんでいた。美味しそうな熟成肉を焼く一番楽しい時間なのに、無表情で淡々と肉を焼いていた。食べている時も、美味しいの一つも結局言わなかった。


 代わりに語っていたのは悲惨な事務所での出来事ばかり。現実と違いすぎる華やかな世界の虚像に離れたがっていた。


 息苦しく今にも溺れかけている。


 炎上を目論む暴走にはストレス発散をさせるしかない。


 それがまさか――。


 携帯が震えた。


 ポケットからスマホを取り出すと、苅田からのメッセージだった。


― 今日は時間ない感じ?―


「そうだ。DDの約束」


 対戦を申し込まれたと苅田は言っていた。


 昼間の返事に承諾してしまったが、今はDDで遊んでる場合じゃないと、俺の頭の中は警告している。


「あー。なんで入野井に、あのとき面倒な約束しちゃったんだろ」



――『ストレス発散が、ゲーム?』


――『そう。撮影の待ち時間とか、車の移動中とかによくゲームをしてるんだ。もちろんツアー中もホテル先でやるし、家に帰ってからもやってる。それでストレス発散に付き合ってやると言ったけど、お前ゲームできるの?』


 どんなゲームだよ?

 そう訊ねたのが良くなかった。


 今一番プレイしているゲームというのが、よりにもよって『DD』だと。


 DDこと、ダーティーダーティーは、殺人鬼に追われながら、危険なフィールド上にある壊れた施設や配電盤を五人のプレイヤーが手分けして十箇所を修理し脱出を目指すゲームだ。


 色別にランク制度もある。


 初心者から始めると、画面右上の端っこに円状のマークが表示される。その円状の色には、最下層から、白、黄、黄緑、緑、青、紫ときて、最高ランクは赤となる。


 また一つの色には三段階から五段階のポイント制が設けられている。一戦する試合で高得点となるポイントを獲得することでランクを上げていくシステムだが、脱出ができなかったり、フィールド内で活躍がまったく見られない場合には逆にポイントが引かれてランクが落ちるのだ。


 とにかくランクを上げるためには、殺人鬼に捕まったプレイヤーを救出したり、フィールド内に散らばる壊れた施設や配電盤を最速修理したり、脱出ゲートの出口を開けるスイッチのレバーを上げるなど、プレイヤーがゲーム内で活躍する必要がある。


 中でも、殺人鬼に追われて完全に撒いた場合が一番高得点になる。プレイヤーの走るスピードよりも、殺人鬼の走るスピードの方が元々高いゲーム設定になっているため、振り切ることで高得点を得られるのだ。


「何で入野井は、よりにもよって赤帯あかたいなんだ。俺はまだ紫なのに」


 付き合ってやると言ってしまった手前、引っ込めるわけにもいかない。仕方なく渋々連絡先を交わしたが、それはメールや電話番号ではなかった。


「それにしても、なんで、あいつコレ使ってんだよ」


 スマホに映したままの苅田のメッセージを指で弾いて消したあと、ワクワグラムの連絡先一覧を表示させた。


 桜マークのアイコンだ。ピンク色ではなく、真っ赤な色の桜模様が苅田の豆電球アイコンの直ぐ真下に配置されている。しかし入野井のユーザーネームは――炸羅――と書く。恐らく、桜マークから察するに、さくら、と読む当て字になるのだろうか。


― よろしく。今日は時間空いてるから、PCかモバイルどっちでも良い。準備出来たら連絡くれ ―


 約一時間前、入野井からのメッセージだ。


 わくわく動画の会員でもあったとは。でなければワクワグラムは使えないのだから。わく動にアップされた動画も暇つぶしに見たりするんだろうか?


 いや。そんなの俺にとって、どうでもいい話である。


 それより、どうしよう。

 苅田との約束もあるのに。

 苅田にどう言えばよいだろうか。


 約束をしたからには苅田とのゲームは延期にはできない。とはいえ入野井のこともスルーするわけにもいかない。


 苅田とのゲームを終えてから、入野井とのゲームはできるだろうか――ハッキリ言って世界一どうでも良いことに、かなり俺は悩んでいる。


「はぁ。面倒くせぇ」


 悩んでいても仕方ない。


 今の俺のゲームセンスのコンディションは最低だが、ひとまず苅田にメッセージを送った。


― ごめん遅くなった。準備できた。―


 応答はなかった。

 大体いつも即レスでくるのに。


 もしやと思い配信先のデューヴのチャンネルページをパソコン画面に映した。


 苅田は配信中だった。

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