アーカイブ9:宮本典明はどうして死なせた?(5)


 大地と井上は取調室に入り、それぞれ椅子に着席した。井上は閉じられたノートパソコンの画面を開いた。先ほど木下が入力しようとした供述調書が真っ白な状態であった。何も話しを引き出せなかったから、一文字も打たれていないのだ。


「悪いな。ちょっと確認したいことがあって、メンバーチェンジになった。よろしくな」


 大地は声を掛けたが、目の前の男は無言だった。先ほど隣室で見た光景と変わらず真正面に宮本は座っているが、俯いたまま顔を上げようとしなかった。


 入れ替わりに刑事がやってきても、挨拶して名前を覚えたりなどしないから、ムダな会話と踏んで顔を上げる必要もないのだろう。


「君が部屋でデューヴを見ていた動画の履歴を資料に起こしたんだ。いろいろと見ているんだな。旅行、食べ物、スポーツ、音楽、ドキュメンタリーに、他にもいろいろ。君のお勧めはどれだ?」


 反応なし。微動だにせず、宮本は沈黙を保っている。


「卵料理は難しいよな。レシピ通りに作ろうとしても焦げてしまったりしてさ『プレーンオムレツの作り方』この綺麗にオムレツを作るレシピ動画、君は上手く作れたか?」


 反応なし。微動だにしない。宮本は床を見つめているのか、それとも自分の手を眺めているのか。頭が垂れ下がっているので表情がよく見えない。


 大地は構わず話を続けた。


「そういや保護室で壁や床を叩いていたそうだが、痣の方は大丈夫なのか?」


 返事なし。大地の言葉にも宮本は反応することはなかった。


「何の動画だったかな。デューヴにはときどき夢見の悪くなる動画もアップされているから、君はそういう動画とか観てたんなら保護室で良く眠れないんじゃないか? まぁ、何かを話すことで不利にり何も話せないというのなら、余計にストレスは掛かるかもしれないな。今日は天候悪くて明日も良くないらしいから体調を崩しやすい季節なのかもしれない。気分が悪いなら言ってくれ」


 大地の気遣いだった。本音で話しているつもりだが、宮本に伝わっているのか不明だ。一メートルもない近い距離だが、読み取れない態度に無反応、無表情だから大地には判断しにくかった。


「続き確認させてもらうぞ」


 ページを捲り、再び似たような質問をした。


 旅行系動画を見て、遠くに行きたくなったのかと話しかけたが無反応。テーブル一杯に並べられた食べ物の動画を見て、大食いしたくなったのかと訊ねてみても反応得られず。更に自然あふれる新緑の山々を映し静かな音楽と共に流れる瞑想動画は、普段から良く観ていたのかと訊ねてみても反応なし。


 俯いたままの宮本から語られることなく時間だけが過ぎていった。


「そういえば、さっきここで石田が言ったことだけど、何も弁明がなければ重傷を負った山河を放置したまま君は部屋を離れたことになる。つまり死体遺棄の罪に問われることになるんだぞ。罪を認めて反省の言葉を供述することは大事なことで、裁判での量刑を左右する。本当に何も話さなくていいのか宮本?」


 少し体が反応したように見えた。宮本の些細ささいな体の揺れだが、大地は見逃さなかった。


 これは根気がいる。根気強く向き合えば話すかもしれない。そのためにも、何か、取っ掛かりになるような会話があれば良いのだが。


 何かないかと、大地は資料を捲った。


 そして目を見開いた。


 印字された文字を見つめて、唯一、履歴が一件だけというカテゴリーに属するチャンネル名を見つけた。


「なぁ。君はどうして、これをチャンネル登録してるんだ? ギャラクシーマジックゲームズチャンネルのリスナーなのか? 普段から観てるのか?」


 思わず矢継ぎ早に質問を投げてしまった。大地は資料から視線を上げて宮本を見た。僅かに顔が少しだけ上がっている。宮本が瞬きをした刹那だ。


 唇が僅かに動いた。


「あ、分かった!」


 急に部屋の中で素っ頓狂な声が響いた。

 大地は直ぐ振り向き険しい顔つきで睨んだ。「おい!」とれた声が出た。


「先輩。俺、分かりましたよ」


 井上は構わず主張すると、苛立つ大地の耳元にヒソヒソと伝えた。思わず「はぁ?」と声を漏らした大地は、机に向き直り資料を数ページ前に捲りなおした。


「旅行はどれも失恋から立ち直るために旅をする動画で、食い物は酷い別れを忘れるための大食い動画、瞑想は諦められず執着した気持ちを手放すための動画だっていうのか。失恋なわけが――」


 小さくブツブツと大地が何気なく口にした言葉だった。


「…………じ…らんねぇ………」

「宮本?」


 資料から大地は顔を上げた。


 宮本は大きく両腕を上げて、激しく机を叩いた。ありったけの声を上げて、体が上下に揺れた。あまりにも激しい宮本の笑い方だった。大地と井上、そしてガラス越しに見つめる隣室の捜査員一同、唖然とした表情で宮本を見つめた。


「俺が、俺があいつにフラれて逆上して殺したって…のかよ!」


 宮本は、大地を見据えた。


「いろんな人の話を聞いてきたけど、あんたの話がいっちゃんおもろいな。ここで聞いたことを配信で皆んなに聞かせたら一体どれくらい再生数が取れるんだろ。ねぇ、刑事さん。想像してみたことある?」


 早口で話した宮本は、笑い過ぎたのか激しく咳き込み、尚も笑い続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る