アーカイブ9:宮本典明はどうして死なせた?(4)


「なぁ宮本。何も言わずに拒否ってると、罪は重くなるんだぞ? いいか。お前がやったという証拠がな、出てきてるんだ。まずトロフィー。洗面台で血を洗い流しただろ。血液が残ってたぞ。よく洗わないと完全には落ちねぇんだよ。それとタオル。自宅のパソコン前にトロフィーと一緒にタオルも置いていたよな。血液反応が出たぞ。それにだ。お前の靴下の裏だよ。山河の血液を踏んじまってる。つまり目の前で血を流してる山河を、お前は確実に見てる筈なんだ。しかも解剖結果で頭の傷は致命傷。まともに喋れない状況にあったという話なんだよ。つまり、重症を負った山河が大丈夫だと話せる状態でなかったんだ。だから、たとえお前が『知らなかった、何も見てない、分からなかった』と訴えたとしてもな意味ないからな。救急車を呼ばずに帰宅しやがって。一番良くないぞ。な。そうだろ宮本。何か言ったらどうなんだ?」

 

 宮本を真っ直ぐに見据えて、石田達哉いしだたつや巡査部長は極めて冷静に尋ねた。机の反対側で座るボサボサ頭の男は、やはり口を開こうとはしなかった。


 先週より始まった宮本典明の取り調べは、一向に喋らず何人もの捜査員を困らせた。ひょろひょろと細い腕や足に体力のなさそうな男であったが、涼しい顔で表情が変わらず黙ったままだ。そんな宮本に苛立ち、先の取り調べにあたった何人かの捜査員たちが怒鳴る事もあった。状況変わらず、今回は深河警察署のツキノワグマこと、石田の出番であった。


 弱々しい被疑者には効果的面で数十分もすれば皆、次々に喋りだす。石田は向かうところ敵なしで連勝を飾ってきた。だが、今回は初めて敗戦となりそうであった。


 石田の腕がプルプルと震えている。左手は、グーのポーズでギュッと握られていた。よく見れば額には青筋も見えている。爆発寸前だと大地には思えた。


「いやあ。石田君を目の前にして、何も喋らないとはねぇ」


 取調室の中を覗ける窓から眺めていた田畑警部補は、深い溜め息を溢した。


 バンっと机が叩かれた。


 正確には、石田が両手を机に叩くのと同時に椅子から立ち上がり後方を振り返った。俯いた宮本は項垂れるように座っており、驚いた様子もなく反応もない。パソコンに向かっていた木下彰一きのしたしょういち巡査長は、石田に何かを耳打ちされてパソコンを閉じた。


 二人は取調室から出た。


「あらら。終わりかな?」


 取調室の隣室に石田と木下ペアが入ってきた。田畑警部補が直ぐ声を掛けた。


「お疲れさま」


「すんません。田畑警部補。まったく奴が喋らなくて、ちっとも進みません。事件を認識してるのか、してないのか判断できず、分かりやすく説明したつもりなんですが」


 声を落として石田は短く報告した。


「うんうん。全然そんなことないよ。石田君。凄く分かりやすかったよ。言い逃れができないってことは十分伝わったと思うよ。きっと何を話したらいいか迷っているのかもしれない。ただ彼には山河が死んだ、ということを頭の中で否定してる部分もあるかもしれないね」


「あの、ちょっと良いですか?」


 体のデカい石田に、すっぽりと丸々隠れていた木下が、ひょっこりと横から顔を出した。


「なんだい木下君?」


「宮本が供述拒否をしているのは、今から無罪を意識して勝ち取ろうという算段じゃないですかね。山河が目の前で死んだか、死んでないか、良く確かめもせずに怖くなり帰宅したという見方を利用して、頭の混乱を装い精神鑑定に掛けようとしているのではないでしょうか」


 田畑警部補は頷いた。


「それも十分に考えられることだね」


「それと完全犯罪や不起訴になったケースとかを予め調べていたかもしれませんよね?」


 淡々と指摘した木下の意見に、田畑警部補は直ぐ返した。


「木下君。残念ながら宮本のパソコンからは、犯罪関連の履歴がまだ見つかってないんだよね。デューヴは三百件ほどの履歴を残すのみで、最新で閲覧した動画は順次上書きされていってしまう。でも博識のある友人がいたら過去に雑談して知った可能性はあるね」


 警部補に続いて大地も会話に割って入った。


「でも宮本のスマホの電話帳には殆ど連絡先を登録していません。あったのは良く行く近所の居酒屋、駅前の整体、出前のピザ屋くらいです。居酒屋の店主は親しかったけど犯罪関連の雑談はなく、整体師は無言で施術するため挨拶程度。ピザ屋は、客に挨拶ぐらいはしたかもしれないが、実際には記憶もなく覚えてないという話。わく動のボイチャは確認を進めていますが、世話になった配信関係者の諸々は宮本との話はゲームやキャンプの話ばかりだと証言しています。完全犯罪を意識して誰に吹き込まれたのか又は自分で調べたのか、そういった痕跡が、この先で出てくるかどうか。ただ不思議なのは、一切痕跡がないにも関わらずトロフィーの持ち帰りや血痕の付着したタオルや靴下を残しています。注意が甘いのも否めない。どこか抜けているようにも思えますが犯罪に関する知識を本当に知らないか見てない、調べてない、誰からも聞いてないのかも」


 田畑警部補は長めに唸った。

 答えの出ない不毛な推論ばかりで手探り状態なのだ。


「あのう。すみません先輩方。一応、資料作ったんで、何か取っ掛かりになるか分かりませんけど、これを本人に確認してみるのはどうでしょう?」


 部屋の隅にいた井上巡査は、手にしていた動画の履歴資料を石田に渡した。


「奴が部屋で見ていたアレか。どうだろうなぁ。知られたくない履歴を消すために適当に観てただけじゃないか?」


 ペラペラと印字された紙を捲り、石田は眉をひそめた。


「雑談してみるのも良いかもしれないね。気晴らしに何か喋ってくれるかもしれない」と、田畑警部補は石田を見上げて話した。


「あー。俺、これらの動画観てないんすよね。だから話をするなら観てからでないと、まずいじゃないすか。時間取れます?」


「あ。そっか。聞き込みや取り調べを優先して回ってたから、石田君、観てないのか。木下君は?」


「私も見てないです。すみません」


「あー、そっかぁ」


 田畑警部補は悔しそうに顔を歪ませた。


「あの、田畑警部補。自分は見てます。全部というより幾つか、になりますけど。どんな動画なのか雑談するくらいでしたら訊ねることは可能です」


 大地は手を挙げて取調べに名乗り出た。少し遅れて、井上も手を挙げる。


「僕も少しは見てます。チャンネル登録した一覧を資料に起こすとき中身を確認したので」


「良いね。じゃあ徳最君、井上君。宮本典明の取調べ行ってみようか!」


 パンッと両手を合わせるように鳴らして、田畑警部補は微笑んだ。

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