アーカイブ9:宮本典明はどうして死なせた?(3)


「ははぁ。なるほど。詳しいお話をありがとうございます。納得しました。質問があと二、三あります。担当編集の宮本さんについてです。お会いしたことがあるそうですが、具体的には、どのような話をされました?」


「キャンプに関することを全般的にですね。山キャンプの達人ですから。私は大方キャンプ用品を用意して、山キャンプには臨むのですが実際には初心者です。上手く火を起こせなかったり、寝床を設営することもあたふたしましたから、みやちゃんには毎回、世話になりました。彼は大学で山岳部だったそうで、天気図も書けると言っていた。スマホの時代なのに、天気図なんて書けなくても良いじゃないかと指摘したら、車で山に入った途端、スマホの電波が入らなくなって天気予報があっさりと見られなくなりました。そんなときテントさんが小型のラジオを出して聴けるようにして、みやちゃんが天気図を書いた。本当に素晴らしい連携でしたよ。山で天候が悪くなって、配信に向かいないことを直ぐ察知して、近くのロッジに避難するかとか、日を改めて下山するかとか、そういう判断を皆んな、テントさんと、みやちゃんを頼りにしていました」


「皆んなというと山キャンプ参加者全員が、ということですね?」


「ええ。僕とプロゲーマーの瀬尾くん。いつもよく行くメンバーでした。毎回ではないですが、他にも参加してた配信者もいましたよ。でも初心者組は手際が良くないと言いますか。不慣れなので作業は、のんびりしがちでしてね。日が暮れるのも早いと直ぐ寒くなりますから、テントさんはテキパキと進めていた。流石、山キャンプの配信者だなぁと感心して褒めたら、そんな彼も師匠は、みやちゃんに沢山教えてもらったと話していました」


「師弟関係ですか。山河さんが山キャンプの配信をしていたから、宮本さんはキャンプ場で知り合った、という感じですかね?」


「いや、そうじゃないですね。七年前に東日本大震災があったじゃないですか。二人はその震災のあった年の夏だったかな。山梨の日向山ひなたやまで出会ったと言ってました。その時は山キャンプではなく登山と泊まりだったそうですけど。震災で福島の原発から放射能が漏れた事故があったから、放射能から逃れてお互い山に避難した口ですか、みたいな話をしたとか」


「はいはい。ありましたね。福島で起きた原発事故で漏れた放射能が東京都内の住宅街でも線量が高いとか騒ぎになっていましたね。懐かしいな」


「それですよ。それ。だけどテントさんは別に放射能が怖くて避難したのではなく、次の山キャンプに向いてそうなロケーション探しをするために登山していたんです。配信機材は決して安くはありませんから、天候不良で配信に向かない場所は困る。それで偶然出会った、みやちゃんは山岳地帯の知識に長けていて、趣味で動画編集をやってたんです。配信者だったテントさんと話が合わないわけがない。だからテントさんの山へのロケーション相談とか、動画編集をサポートするようにもなって、一緒に活動することになったんです。こんなに運命的な出会いはありませんよ。どうやったら二人に亀裂が起きるのか私にはさっぱり理解できません」


 資産家は熱烈に語った。まるで推しについて語るファンのような口ぶりである。


「いやぁ。そういう出会いがあったとは。お恥ずかしいことですが、初耳です」


 泉は目を見開いて驚いた顔を見せた。


「え。そうなんですか? みやちゃん、そういうこと話してないんですか?」


 田畑警部補は頭を掻いて肩を竦めた。


「ここだけの話ですが、宮本さんは全然そういうことを話してくれないのです。何かを言ったら不利になるとでも恐らく思いこまれているのかもしれません。我々は疑うのが仕事ですから、きっと話しても信じてもらえないとか考えておられるのかもしれません。山河さんとの関係が全然見えてこないものなので、我々も非常に困っているところなんです」


 非常に、というと切羽詰まっている感じがする。状況証拠が出ているので、沈黙したままでも簡単には逃げられないのだが、警部補は滅多に溢すことはない捜査の進展をポロリと溢した。泉から宮本に関して更に引き出せると踏んだようだ。


「はぁぁ。そうなんですか。いや今回の事件というか、事故ですか。私は事故だと確信していますが、絶対殺人事件ではないと思いますので、警察にはしっかり調べていただきたい。そして罪のない彼を一日でも早く解放してほしいです」


「ええ。最もです。私もそうしたい。ですが、ご両親も既に他界しており、彼について良く知る方々を探すだけでも一苦労です。可能であれば泉さんにとって、宮本さんというのはどんな人物なのか、もう少し詳しい話をしていただけると助かります。何か、彼と特別に弾んだ会話などありましたでしょうか?」


「特別に弾んだ会話ですか」


 泉は唸った。暫し長いこと、腕を組んで視線を上向きに彷徨わせた。


「弾みはしませんでしたけど、君も配信を始めて皆んなと一緒にゲームをやらないかと訊ねたことがあります。自分はキーマウで出来ないしパッドしか出来ないからムリと言われて、断られてしまいましたが」


「え。きーまう、ぱっど?」


 田畑警部補が呟くように言葉を漏らす。


「キーマウはキーボードとマウスを使ったパソコン操作で、パッドはゲームのコントローラーで遊ぶことです警部補」


 大地は警部補に小声で伝えた。だが泉にも聞こえたらしい「あ。申し訳ない。説明が分かり辛かったですね」と苦笑いされた。


「へぇ。そういう言い方をするんですね。なるほど。いやあ勉強になります。ところで山河さんに配信を勧めたのは何か理由でもあるんでしょうか?」


「動画編集だけで終わらすには勿体ないと感じたからです。彼の編集力は、いつも神掛かっている。同じシーンを配信者が編集しても、再生回数は、みやちゃんの方が高い。もし配信者として活動開始したらきっと化けます。ゲームが出来なくたって、今の世の中いろんな動画や配信がありますから、なんだって出来る筈なんです。陰でサポートに徹するのも良いですけど、良い腕を持っているのだから、配信者にだって向いている筈なんです!」


 興奮した様子で泉は力説した。


 並々ならぬ熱意だ。顔出しがなくても仮想上で活躍するキャラクターを立てた配信でも、やってみないかと勧めたらしいが断られたと悔しそうに語った。しかも複数のプロゲーミングチームの関係者には、宮本のような編集のできるスタッフが欲しいと話も持ち上がっていたらしい。


 泉との追加聴取が終わり、田畑警部補と大地は刑事課に戻った。ファイリングした資料を手に持つ井上が、部屋から出ようとするところであった。田畑警部補は井上に声を掛けた。


「お疲れ井上君。あれ、その資料は」


「あ。お疲れさまです! これはデューヴの履歴をまとめた資料です」


 井上はファイルを田畑警部補に渡した。田端は分厚いファイルを開いて、ざっと目を通した。


 宮本典明は任意同行された日、部屋の中でデューヴを観ていた。どこかへ雲隠れすることなく、のんびりパソコンを観ていたのだが、事件から逃れるために何かヒントとなる動画でも観ていたのではないかと田畑警部補が捜査会議で指摘したのだ。


 資料には最新順に観ていた動画とチャンネル名が一覧形式に並んでおり、また宮本がチャンネル登録していた動画には二重丸が付けられている。


「よく纏められているね」


「ありがとうございます。でも犯罪がらみの動画は一切観ていなかったじゃないすか。既に分かっているのに、わざわざ資料にまで起こす必要があるんすかね?」


「まぁ。どういう気持ちで何を観ていたのか分かれば、少しは感情が読み取れるかもしれないからね。デューヴのコンテンツは履歴を削除できない仕組みだし、宮本が観てた動画履歴をさかのぼって、改めて資料に起こして見ると、やっぱり山河の動画は一切観られてないんだなぁということが分かる。他の動画も確認を進めれば、とりあえず調べてみる価値はあるかもしれない」


「はぁ。そうなんですか。けど俺にはイマイチ良く分からないというか。山河の動画を宮本が万一観てた、というのがあったとしても、重大な事だとも思えないんすけど」


 井上の疑問に大地は口を挟んだ。


「田畑警部補が言ってるのは、宮本が山河に対して『死なせた』ということを認識しているのかどうかをハッキリさせたいんだ。山河が死んだことを認識しているなら観る必要はなくなったと読み取れる事ができる。憎悪ぞうおの感情があれば、山河の動画視聴はけるだろ。逆に殺害に関与し後悔していたら、過去の動画を観てたかもしれない。思い出に少しはふけっていた、とも取れるからだ」


「それか本当に頭が混乱していて、死んでることを認識していなかった。だから山河の過去の動画を、たまたま観ていなかっただけかもしれないけどね。犯罪現場であったことを、なかったことに頭がすり替えたかったなら、現実逃避で逃げた動画視聴から、宮本は助けをうために色々観てたとも言える」


 田畑警部補の指摘に、頭が混乱していたなんて絶対にないと大地は強く感じた。山河が死んだあと悠長にトロフィーを洗い持ち帰ったのだ。しかもマンションから出て行く宮本は走る様子もなく歩いて帰宅した。冷静な判断がない者の行動なら少しは慌てる様子があっても良いではないか。


「これ今から取調室に持っていくところ?」


 田畑警部補が井上に尋ねた。


「はい。石田先輩と木下先輩が、宮本の取調べを再開したので」

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