アーカイブ7:俺には関係ない(2)
「お疲れさまです!」
インターン先の番組編成部に入ると、ご飯中の阿瀬まひろが頬をモグモグとさせて振り返った。滴の妖精が、あしらわれた弁当箱を
なんだかホッとする。
インターン先に着いて、いつもと変わりない穏やかな仕事場に、先ほどまで感じていた妙な緊張感が溶けたような気がする。
というのも午前中に受けたスポーツ史の授業中、俺が座っていた席から斜め左前に座る生徒がイヤフォンを着け、スマホでこっそりデューヴを見ていたのだ。苅田の幻のコラボ相手となった配信者が、DD動画をプレイする映像だった。殺人鬼にやられて地面に倒れた瞬間、大きく画面にテロップが表示されていた。
“テント一生の不覚!”
おい、なんで観てるんだよ!
挨拶をする程度で、ほぼ面識のない生徒に注意するまではなかったが、ずっと動画を観ているので、終始俺はソワソワした気持ちが落ち着かず講義中の話が殆ど頭に入ってこなかった。
事件とか事故とか、気が重くなるような出来事に振り回されそうになるのは、ごめんだ。だから授業を終えて早々に真っすぐ仕事場に来た。
「お疲れさま。徳最くん。社内報が届いたから机の上に置いたわよ」
「あ。ありがとうございます」
おお。ついに来たか!
気持ちを切り替えて、首藤先輩のお下がりを受けた机に回り込んだ。
ペラペラの白い記事が置かれている。
さっそく手に取り
― 織田「僕は中学生のときから、チュイットのアカウントを持っていました。アカウントを作ったキッカケって、東日本大震災があったじゃないですか。当時、僕の家は茨城でしたが凄い揺れて、大震災の日は学校も直ぐ臨時休校になったんですよ。蛍光灯が落ちたり、窓ガラスが割れたりしたから。それであの頃、友達との生存確認にチュイットを始める人も多かったんです。新学期が始まっても地震が何度かあったり、原発事故の影響で同級生が何人か登校しなかったりもあったんですけど。そういうとき、皆んな暗い話ばかりをするから僕も友達もゲンナリしてた。それで、ある体育の授業で、僕が教室で、ふざけたダンスを披露したんです。それを当時カメラ付携帯電話で友達が撮ってて。面白いと思って自分のチュイットに動画投稿したら凄いバズったんですね。なんか色んな人に元気貰えたってコメントも来たし、フォロワーが超増えて。だから、メントスコーラとか、激辛カップメン完食とか、そういうバカな企画でデューヴに動画投稿を始めたんです。大学生になる頃には登録者数が三万人になりました。でも僕は、ずっとパフォーマーでいるより仕事に打ち込みたいと考えて、じゃあ最後の企画として『αスポーツ』のことを熱烈に紹介する動画にしようと思ったんです」
今思い返してみれば、凄ぇダンスバトルをやってる奴がいると、昔チュイットで何度か動画を見かけた記憶がある。誰かが拡散するたびに、よくタイムラインに動画が回ってきたっけ。あのときの男子生徒が、まさか織田とは。
おーい。まじかよ。あいつデューヴで活動してた動画投稿者だったのかよ!
「チャンネル加入者が三万人といっても、タダで宣伝して効果が出たんなら、役員もほっとかないわよね。でもデューヴは無料宣伝で引退って。ちょっと寂しいわね」
阿瀬が感心しながらも、溜め息を吐いた。
「すみません。ちょっと俺、飲み物買ってきます」
一つ年上の同期は、言わばデューヴでの活動者という点でみれば、同士。なんだか複雑。数人程度しかいない登録者数の俺と、三万人もいた織田の登録者数に正直ショックを受けた。
コンビニのレジ前、並んでいるときだ。織田と会った。
「よう。徳最。お・つ・か・れ!」
「織田センパイじゃないすか」
「おおい。センパイは、よせって言ってんだろ!」
首に長い腕が巻き付いてくるから、マジでやめて欲しい。
俺は振り払うように、織田と距離を取りながら咳払いをした。
「社内報見たよ。デューヴで活動してた投稿者だったんすね」
「ああ。あれな」
「阿瀬さん言ってましたよ。無料宣伝で引退なんて寂しいって」
織田は吹き出すように苦笑いをした。
「いやいや。むしろ良いタイミングでの引退なんだよ。良い潮時っていうやつさ。言っておくけどな。デューヴってのは、俺以外にも、すっげぇやつがゴロゴロいるの。ぶっちゃけていうと自分の投稿はキレがないというか、センスがなくてな」
「でも三万人にαスポーツのことを紹介して加入者増加させたんでしょ。凄いじゃないですか」
織田は、大きな声で笑った。いちいちリアクションが大袈裟である。
「いやあ。そう言われると照れるなあ。あ、でもここだけの話。正直、デューヴでの提案は俺以降、同じことを提案しても却下になるから注意な!」
「え。マジ?」
彼は激しくコクコクと頷いた。
「ここって古い考え方の役員が多くてさ。エンタメ系の提案はほぼ全滅。例えば、名物社員を立てて選手取材のコンテンツを作るっていう提案をしたことあるんだけど、選手よりも社員の活躍が目立つやり方はNGになったからな」
「そんな提案もしてたのか!」
「あと入野井を広告塔にする案は社長のゴリ押しだから通ったけど、一昔前にも誰かがアイドル起用案をしたとき却下したんだって。選手が主役。役員は、ずっとそのことに
それは普通に凄い。
織田に言えば、図に乗るので口にはしないが。
「ちなみに何件くらい加入したの?」
一番気になるところだ。
生憎、社内報には具体的な数字の記載がなかった。
「聞いて驚け。約二千件だ」
織田がウインクした。きしょい。
「内訳は?」
「ほぼ未成年。ま。チャンネル加入者の殆どが十代から二十代と多かったからな」
なるほど。
「年末の納会、今から楽しみだな。毎年の加入者獲得成績の部門別発表会で、多分最年少で表彰されるの俺になるだろうし」
悔しいが織田の実力で勝ち取った内定は、本当に羨ましいと同時に凄いと感じた。
果たして俺は内定を貰えるのだろうか。
何も提案が出来ぬまま時間だけが過ぎていくのではないだろうか。
不安に感じながら、番組編成部に戻ったときだ。
宇津根衛が、椅子をくるりと回転させた。
「あ、ちょっと徳最くん!」
「はい!」
「さっき受付から月刊紙が届いてるって、ウチに連絡が来てたんだけど」
胸がドキリと高鳴った。
瞬時、小森千鶴の名が脳裏に浮かぶ。
「ありがとうございます。取りに行ってきます!」
俺は急いで向かった。
「あー。ちょっと徳最くん! あー、行っちゃったかぁ。月刊紙は、メディコン担当だから行かなくて良いよって話なんだけどねぇ」
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