アーカイブ7:俺には関係ない(1)

「二十日午後十六時すぎ、東京、江東区深河市内のマンションで『部屋を確認したら息子が血を流して倒れている。呼吸もない』と男性の父親から百十九番通報がありました。男性は三十代くらいで、部屋の中で心肺停止の状態で倒れているのが見つかり、その後、死亡が確認されました。警察がマンションの防犯カメラを調べたところによりますと、前日の夜に男性宅を訪問する仕事仲間の男がマンションを出入りする姿が映っていたそうです。何らかの事情を知っているとして現在任意で男に話を伺っているそうですが、警察は事件と事故の両面でも詳しい状況を慎重に調べています」


 寮暮らしの部屋にはテレビはないので、チュイットのタイムラインに流れてる動画のニュースを見た。


 一週間前に起きた事件だ。実名報道はされてない。事件と事故の両方で調べていると報じられていたが、苅田は警察から任意の確認を受けたということだった。


『さっき刑事が二人やってきて、聞かされたんだ。テントさん亡くなったことを直接』


「マジか」


『うん。最初、本名で言ってて。誰って感じだったけど。そのあと、みやちゃんの写真見せられて、みやちゃんのことについて伺いたいっていう話をされたんだ』


「みやちゃん?」


『テントさんの担当編集してたひと』


「え。その人に会ったことあるのかよ!』


『うん。何度かね。打ち合わせとか直接したこともある。といっても依頼は一年前のことなんだけど。打ち合わせで会ったのも、その時だけ。動画化の依頼を一時期お願いしたんだ。去年オレの誕生日と終われません企画とかをやったやつ」


 苅田の長時間配信だ。チラッと覗いたことがある。三月の誕生日に二十四時間DD配信を行い、宝箱を開けるプレイヤーを主に狩る殺人鬼のプレイで行う全滅企画だった。それから数週間もしない内に東京ドーム丸々一個分チェイス達成するまで終われませんという、謎企画も行っていた。それは二十時間くらいだったか。


「あのときの企画に、その人が関わっていたのか。へぇ。でも直接会って、やり取りしたとき苅田の素性も特に聞かれなかったのか?」


 これは興味本位だ。


『それはない。家の事情とか全然聞かれなかったし。個人情報、根掘り葉掘り聞くような人じゃないから!』


 怒られた。


「悪い」


『あの人は、ほんとに凄く良い人なの! もともとはさDD配信を単純に考えていたのに、ゲーム内容の特性を説明したら、みやちゃんから〈こういう企画はどうかな?〉って提案されたんだ。面白いなって思って、有難く提案採用して、企画を実行したの。それに、それだけじゃなくて。他にも色んな企画も提案してくれて。オレね。あんとき十万人に届いてなかったの。届きそうで届かない。みやちゃんが考えてくれた企画で、凄い登録数伸びたんだよ。ほんとに神みたいな人なんだよ!』


 神、とまで評するのは言い過ぎではないか。

 実際に何があったのかまではわからない。


「ていうか、テントさんにコラボする前に、よく頼めたな?」


『偶然なんだよ。編集依頼を委託できる会社に最初は打診したんだけど、編集者の空きがないとかでフリーで活動してる人を別途紹介されたんだ。どんな動画を編集したのか教えてもらったとき、テントさんの動画を担当してたから即決めて』


「でも過去の事情を警察が尋ねに来たとなると、みやちゃんだっけ。テントさんが亡くなったことについて、何か関与してるってことなのかな?」


 苅田は一呼吸を置いてから、応答に出た。


『絶対違うよ』


「え?」


『みやちゃんは、そんな人じゃない』


「苅田」


『だってオレが、テントさんと将来はコラボしたいなって話を、みやちゃんにしたとき、百万人に到達したらテントさんは、どんな相手でもコラボを積極的にしていく予定だよって教えてくれたんだよ。だから今後も応援してあげてねって言ってたし!』


 苅田は相当にショックを受けているようだった。みやちゃんの人となり、トラブル、悩み、その他気になる諸々があれば話してほしいということを聞かれたそうだ。


 きっと苅田の話は、みやちゃんという人の良い面に触れた話ばかりをしたのだろう。関わりのある関係者に警察は調べ回っているようだが、多分、聞きたいのはそんな話ではない、気がする。


 恐らくマンションを訪問したという男は、みやちゃんという担当編集者――苅田の話から勝手な想像となるが、警察は殺人の線で睨んでいるのかもしれない。


 苅田との通話を終えて、ニュース動画をもう一度再生してみた。よく見たらマンションに入っていく見知った顔があった。


「あ。兄貴じゃん」


 そういえば、江東区深河といえば兄貴が勤務する深河警察署がある。遺体が見つかったマンションの土地は、兄貴のいる警察署での管轄になるのだろう。


「初めて見た。てか制服じゃないのか」


 黒っぽいジャンパーに黒いズボンの全体的に暗めな私服の兄貴に続いて、制服警官が一人マンションの中に入っていく映像だ。


 いや服装なんて、今まったくどうでも良いことである。だが、いつもダサい服ばかり着ていたから、いっそのこと制服で仕事でもしないと絶対職場の人に笑われるだろうなって思ったことがある。それかピヨピヨのヒヨコのシャツでも着て、取り調べで笑われたか。だめだ。想像したらシュールすぎて不謹慎ながら笑いが出た。


 服装に是正が入ったかどうか知らないが少しは、まともになったか。


 まぁ、いい。


 なんとなく、亡くなった配信者のことが、ふと気になり最後の呟きを覗いてみた。


『あと四万だ。皆んなありがとう!』


 チャンネル登録数のカウントダウンにあたり、フォロワーやリスナーのファンに向けてお礼を述べた言葉だろうか。


 一週間前の最後の呟きをクリックすると、呟きの返信には多くのファンから〈もうすぐですね!〉〈百万人記念配信楽しみにしてます!〉〈まだ早いけど、おめでとうです!超楽しみ!百万人記念での顔出し動画待ってます!〉という、お祝いコメントが沢山打たれていた。


 しかし昨日、返信をしたファンからのコメントには〈達成おめでとうございます!〉〈百万人達成おめでとう!〉とする呟きがみられたが〈達成記念の配信ありますか?〉〈今日は配信ないの?〉と心配し始めたファンのコメントが目に入る。


 プロフィールに記載されたデューヴのチャンネルページを覗くと、登録数は既に百万人。そういえば、昨日のトレンドには〈百万人〉と〈テント〉のワードがあった気がする。よく見ていなかったが、きっと百万人に到達したのが昨日だったに違いない。


 最後の呟きには、直近書き込んだらしいコメントもあった。〈違いますよね〉〈テントさん生きてる?〉〈嘘ですよね〉〈なんでも良いから呟いて!〉〈なぁ百万人記念配信やるだろ?〉〈動画でも良い。何でも良い。とにかく何か呟いて!〉〈死んだ噂出てますけど違うよね?〉実名報道がまだないにも関わらず、チラホラと生存確認している内容が見られた。


 一週間前に亡くなったのであれば、百万人の達成を目にすることなく亡くなったということだ。何故、亡くなったのか。それは、わからないけれど。


「まぁ。俺には関係ない事件だけどな」


 スマホの画面に親指を添えてチュイットを弾くようにアプリを消した。


 苅田には気の毒だが、今の俺は大事な時期にある。

 安定した大手企業に内定されるか人生が掛かっているのだ。


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