アーカイブ6:苅田の叫び(6)


 日曜。起きたら昼だった。土曜は丸一日が終わってた。疲れたからだ。


 まず前夜、苅田と入野井の奇妙なDD体験は、朝五時過ぎまで続いた。


 そもそもだ。公開マッチで殺人鬼とマッチングしても、直ぐに殺人鬼のプレイヤーはマッチキャンセルする事態が何度も起きたのだ。


 苅田が三千時間以上、入野井は一万時間以上。二人ともプレイ時間が、ずば抜けているから、オンラインでプレイヤーのマッチング直後、野良の殺人鬼は直ぐ逃げていく。二人のプロフィールを覗いてプレイ時間を見たのだろう。


 その間だ。マッチしない時間、苅田と入野井は、ずっとチャット欄で喋っていた。よくもまあ色々と。


 気になる発言は、入野井にはデューヴで動画を見る趣味があることだった。ただ赤プリのレベル維持もあるだろうから、仕事の合間にゲームをしょっちゅうやって、デューヴを見る時間は多くなさそうに思えた。


 もしかしたら既にカーリィの動画を見たことはあるかもしれないが、少なくとも苅田との話で、カーリィの動画を見たという話は一度も出なかった。


 ミッションを完了させた入野井は、ゲームから落ちるとき〈またいつかやろう〉と言葉を残した。苅田は炸羅を信じているようで〈絶対やりましょ!〉と言葉を返していた。


 直後だ。

 ゲームから落ちた入野井から、直ぐメッセージが飛んできた。


― 悦史君面白かったな。次いつできるか分からないが。お前は付き合ってくれるよな?―


 アイドルは一般的な勤務形態とは異なるのだろう。ゲームをやれるのは不定期だ。だから時間に融通の利く相手が必要なのだ。


 俺は次回も強制的に参加らしい。

 許せ。苅田よ。できることなら変わって欲しいくらいなんだ。


― 仕方ないな。やるよ ―


――『それにしても不思議だな』


――「何が?」


――『炸羅は徳最くんに、わくちゃんでコンタクトを取ってきたんでしょ? なのに、ゲームではVCが出来ないっていうの何でだろ?』


 まずい。俺が咄嗟に付いた嘘がまだ尾を引いていた。


――「それはさ。色々あるだろ。実際には声がダミ声とか風邪気味だったとか、あと赤プリじゃん。赤プリのクラスとかになると意識してVCパーティはしない派だったりするんじゃね?」


――『うーん。まぁ。VCやると男か女か絶対分かるからね。やんわり避けたのかもしれないなぁ。オレは、どっちでも全然大丈夫なのに!』


 思わずツッコミをしようと思ったが止めておいた。

 代わりに、別途、気になることが一つ。


――「そういや今まで炸羅とやってたゲームの試合、本当のところ録画、回してたんじゃないか?」


 苅田は直ぐ白状した。


――『勉強用にと思ってさ!』


――「何が勉強用にだよ。あいつのチェイスは、チート級だろ。ていうか、炸羅との一戦を切り抜いて動画化してデューヴにアップしたら配信者だってことバレるぞ。炸羅は『またいつかやろう』って言ってただろ。ゲーム実況を見てる話、全然なかったから、そういう趣味はない人かもだし。気を付けろよ」


 穏やかに指摘したら『あ。そっか。やべ』と苅田の心の言葉が漏れていた。


――『眺めるだけにしておくよ。次回一緒にやってくれなくなったら困るしね』


 苅田も落ちて、俺もゲームを終えたあとは、眠すぎて直ぐベッドにダイブした。だから次に目が覚めたときには、日曜の昼。もう窓の外は陽が登っていたのだ。


 コンビニに出かけようと寮の部屋を出たら、部屋のドアには紙切れが一枚貼ってあった。


【深夜にうるさいので静かにお願いします】


 隣人からの苦情だ。


 大体は昼間にやるのだが、今回は深夜帯での付き合いで仕方なかった。


 大変申し訳ない。俺は向かった先のコンビニで、詫び用の菓子を大量購入して、隣人のドアノブに掛けておいた。それから、部屋で温かいコーヒーを淹れてから、スマホを起動してチュイットのトレンドを眺めた。


〈百万人〉〈おめでとう〉〈白幡亜喜文〉〈オープン戦〉〈テント〉〈GAL〉〈寒過ぎ〉〈寒波〉〈W杯特別塗装機披露〉〈達成〉


 どれも気にするようなワードは特になかった。また眠くなってぼんやり過ごしていたら、あっという間に夕方。


 俺は苅田の対戦相手が誰になるのか、カーリィの呟きを覗いた

 苅田が呟く最新のタイムラインには【DD対決配信】案内先ページへのURLがあった。


 まず対戦相手となるのは〈うつーちゃん〉という。

 主にデューヴの生配信で活動するゲーム実況者だった。

 配信対決は、各自のチャンネルページでライブ配信を行うようだった。

 苅田は、デューヴで。対戦相手は、わく動だ。


 俺は久しぶりに、わく動にアクセスして、対戦前に〈うつーちゃん〉とやらのアーカイブ動画を幾つか見た。画面を再生すると、モニター画面の右下に奇妙な恰好をした〈うつーちゃん〉の姿が映っていた。兎のお面を顔に被り、巫女のようなコスプレをしていて、口元だけを晒した半顔出しの配信だ。


 ゲーム画面の右下の隅っこに実写で上半身が映りこむ。よく見ると、赤い唇が目立っていた。口紅が少し塗られているようだった。


 過去のライブ配信を再生すれば序盤で〈今日はどこのメーカーを塗ってるの?〉と数多くの流れるコメントが見られた。


 美容に、こだわりのある配信者でもあるらしい。


 声は完全に低くて男だけど。

 まぁ、そんな配信者もいるよな。


 何となく、ふと登録数が目に入った。インターン先での仕事柄、数字には目が行くのだ。


 〈うつーちゃん〉のわく動での会員数は、百五十万人。デューヴにもチャンネルページはあった。〈うつーちゃんネルTV〉は、十五万人だった。ついでにチュイットのアカウントも覗いたらフォロワーは、九十万人。


 わく動のアカウントをフォローして通知を受けて見に来る人が多いのだろう。デューヴでの開設は三年前とある。メインの活動が、わく動なのだろう。


「めちゃくちゃ人気の配信者じゃねぇか」


 プロフィールには、一行。


《配信歴七年、十二歳からゲーム実況やってます。》


 彼は俺と同い年だった。デューヴの過去動画を少し遡ったとき、春頃に誕生日配信をした際の切り抜き動画があった。


 配信で食べていけるとは、なんとも羨ましい。


 わく動のページに戻り、過去の生配信を行ったアーカイブを更に追ってみた。俺が小学生のときに、やり込んでいたRPGゲームの名作『遥かなる天空の旅路』やSFゲームの名作『フューチャードライブ』をプレイしていた。九十年代に流行っていたゲームであり、苅田も入野井も好きなゲームだと言っていたっけ。


 ゲーマーなら、やったことないやつは、いないだろうけど。


 他にも俺が中学時代にハマってたサッカーのシミュレーションゲームや、首藤に、プレゼントしたプロ野球ゲームも、うつーちゃんは配信していた。


 俺の好きなゲームばかり配信しているのは興味深い。

 もっと見ていたかったが、二人の対決時間は直ぐに来た。


【DD対決配信カーリィvsうつーちゃん】


 結果から言うと、苅田は惨敗だった。


 まず一戦目の対決で、苅田のチェイスは二分、うつーちゃんは三分。二戦目での、視聴者参加型によるチーム戦は、殺人鬼を操作したうつーちゃんは、苅田のチーム全員を捕らえた。逆に苅田が殺人鬼で、うつーちゃんのチームを追いかけたが全員脱出した。


 つまりDD対決は、チェイスもチーム戦も、配信者うつーちゃんの圧勝。


 DD対決を終えると、二人の配信者は二次会と称して、オンラインで遊べるトランプカードを始めた。俺はメイン対決の観戦後、パソコンの電源を落とした。


 寝て起きたら月曜だ。


 午前中は一コマ受けるために大学の授業を予定していたし、午後はインターンだ。


 そんな先週と変わらない月曜日を迎える筈だった。


 早朝、月曜六時だ。

 モーニングコールで俺は起こされた。


 電話なんて普段してこないのに、一体何事かと苅田からの通話に出てみれば何やら叫んでいた。


「落ち着けって。ゆっくり言ってくれ」


 まだ眠い。顔を撫でて、目をこする。


『だからテントさん、テントさんだよ!』


 “ テントさん。”

 それは誰なのか。


 思考が二日前の朝に遡るには、少し時間が掛かった。苅田が尊敬している、という配信者だったような。


 ガビガビの寝起き声で「あー。コラボする人だっけ?」と返す。


『オレ。テントさんとゲームで遊ぶ約束してたのに!』バカ高い声で悲鳴を上げるものだから、耳からスマホを離してスピーカーフォンに切り変えてから机上に置いた。


 苅田は、どうやらコラボが出来なくなった、と騒いでいるようだった。


 俺にとっては、どうでも良いことである。テントさんとの約束なんて。


「とりあえず、チュイットにでも呟いたら良いじゃね?」


『もうとっくに呟いたよお!』


 あ、そう。


 段々と思考がハッキリとしてくる中、通話の向こう側で苅田は呻いた。


 いや、嗚咽を漏らしていた。


「ちょっと待て。苅田。今何て言った?」


 聞き取りずらかったのだ。

 ずっと。


『死んでた。信じられない。こんなのありえない!』


 目が覚めた。


 

 


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