アーカイブ4:就業型インターンのお仕事(3)


「お疲れさまでした。首藤さん。新天地でも頑張ってください!」


「おいおい徳最っち。そりゃないよ。俺は青葉台のスタジオに異動になるだけだからな?」


 首藤は苦笑いをして、机の上に花束を置いた。かなりの数だ。


「まったく皆んな花束を渡してきて参っちまうな。まるで退職者扱いだ。皆んな好き勝手に言ってさあ『お疲れ首藤くん!』なんて言うんだもんな」


 社員に異動は付き物だ。だが首藤は入社以来ずっと本社勤務だそうで、初の異動となった。だからこそ、俺がここにインターン生として、入れるキッカケになったから、有難いことではある。


「そうだ、首藤さん。今日が最終日じゃないですか。中途で正社員になったとき、どんな提案で通ったのか教えてくださいよ?」


 そうなのだ。この会社は結構厳しい。中途入社でも、皆、契約社員からスタートとなる。加入者増加の提案ができない者は翌年も契約社員のまま。首藤と最初に挨拶を交わした際、『俺は中途だよ』と聞いて何を提案したのか尋ねたら引継ぎを覚えたら教えてやると言われたのだ。


「ああ、GALガルホールディングスだよ。GALにリアルタイム視聴を提案したんだよ」


「GALって、あの航空会社ですか!」


 日本を代表する大手航空会社だ。国内でも一番古い歴史を持つ。


「二〇一四年ブラジルでのワールドカップ開催に向けて提案したけど設備投資にどうしても予算が盛れないとかで、結局、機内プログラムの提供のみで留まったんだよな。過去の試合とか、加入者向け番組とか」


「GALの案件は営業部っすよね?」


「契約社員のときは営業部だったからな。でもさ、来年は日本がラグビーの開催国じゃん。だから、もう機内で試合のリアルタイム視聴くらいはできますよねって、さっき営業に聞いたら来年も難しいらしい」


 首藤が乾いた笑い声を上げた。

 営業部の係長と話していたのは、そのことだったのか。

 思った以上にスケールがデカい話だ。


「それはそうと徳最っち。盗塁王のインタビュー取れたって聞いたけど、マジすげぇじゃん。一体、どうやってアポ取れたんだ?」


 首藤は机の上からメモを取り上げた。

 一昨日の帰宅前、首藤宛で机上に置いた付箋だ。

 電話交渉で勝ち取った取材日の日付を書いたものである。


 交渉獲得した相手は、白幡亜喜文しらはたあきふみという野球選手だ。新人王、首位打者、盗塁王、最多安打、最高出塁率、更にはゴールデングラブ賞と野球界のスター選手なのだが、取材時間のアポを取ることが極めて難しい。大概、試合で活躍した超スーパースターともなると、テレビやラジオ出演、新聞や雑誌の取材だけでスケジュールが埋まってしまう。


 隙のない選手なのだ。


「最初は何度も断られましたよ。白幡という名前を出しただけで『白幡君はダメダメ。他の選手にして』って言われましたし」


「そうだよね。そうなるよね」


「でも白幡選手も人ですから休みの日くらいは、あるじゃないですか」


「おいおい。まさかオフ日狙って交渉したの?」


「いえ。お休みの日に取材は受けて貰えませんから、白幡選手がオフの日にする『あること』を交渉材料にしたんです」


「オフの日にする、あること?」


 俺は机に備え付けの引き出しを開けた。


「それ、ウチで出してるチャンネル紹介の月刊誌か?」


「そうです。このページを見てください」


 俺は捲ったページの中段に記載された記事を指さした。

 一昨年くらいの学生時代を振り返るインタビュー記事だ。


「なになに。『俺は学生時代、夢中になって野球をやった。大原おおはら外野手の勝ちまくるプレイスタイルに憧れていた』ってコレさぁ。白幡選手の鉄板ネタだよね。それで憧れの球団にドラフト一位で選ばれて、晴れて大原監督に辿り着くっていう」


「だから俺『取材時間は五分だけで良いので白幡選手に、あなたが学生時代のときに夢中になった大原外野手による素晴らしいプレーについて、お伺いしたく是非取材したいです』って、お願いを出したんです」


「は?」


 首藤の眉が吊り上がり、変な顔になった。理解出来ないという分かりやすい表情だ。


「広報部からは『そんなピンポイントで変な内容の取材、彼、受けないよ』って言われたんですが、OK出たんです。しかも五分じゃなくて一時間ほど貰えました」


 首藤の表情は固まったままだ。

 分かりやすい説明が必要だろう。


「だからプロ野球ゲームですよ。大原外野手という本人をキャラクター操作してプレイできるプロ野球のシミュレーションゲーム。テレビゲームのことです。白幡選手が学生時代にハマりこんだゲームを交渉材料にしたってわけです」


「いやいや、待てよ。徳最っち」

「なんですか」


「白幡選手が学生時代ゲームにハマッてたって話、初耳なんだけど。一体それ、どこ情報よ?」


 俺は、もう一度雑誌を持ち上げた。

 首藤は雑誌を受け取った。頭が斜めに傾いている。


「ウチの月刊誌に、そんなこと書いてあったっけ?」


 彼はパラパラとページを捲るが、動作は止まらなかった。



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