アーカイブ10:問題だらけの日常(1)


 苅田がネット記事になってしまった!


 しかも炎上系記事にだ。だがよく読めば、正確には炎上したのは苅田ではない。


 人気配信者炎上まとめスレというアングラ系ウェブページによれば、DDのタイマンで圧勝したうつーちゃんが炎上した。対決終了後、チュイットのSNSに不穏な呟きが流れ始めたという。


―『うつーちゃん。大昔ゲーム大会で対戦相手にズルして負けるよう脅迫したらしい。今回もズルしてゲームに勝ったんか?』


―『それまじ?そもそも対戦相手は元々うつーちゃん大好きだからな。八百長に乗ったんかもしれないというのは否めない』


―『いやいや皆んな落ち着いてよ。うつーちゃん圧勝だったの見てただろ。誰だよ。お前。脅迫したって噂流してる奴!!』


―『つか。強すぎるのは確かに引いた。話になんなかった。まぁ。たまたま選んだリスナーが強すぎて引きが強かったとか、相手チームが弱すぎたんじゃというのもあるけどな』


 不穏な呟きは瞬く間に拡散されると「なにそれ。そんなの名誉毀損だよ!」と、うつーちゃんは反論した。もちろん対戦相手だった苅田も擁護した。


「オレが良く知ってる。そんなことをやる人じゃないよ。勝手なことを言うな!」


 苅田が尊敬する配信者うつーちゃんを盛り上げるためにワザと負けたのではと、リスナーと思われる心ない言葉に対する反論であったが、苅田の擁護発言も虚しく大昔に脅迫したとされる八百長の音声データが、デューヴにアップされたのだ。


 それは五分くらいの短い音声ファイルだ。


 当時六歳と思われるうつーちゃんの声が入っているため、本人なのか比較動画まで直ぐさま作られた。うつーちゃんは、小学生のとき授業中に歌った音声データを録音しており、わく動にアップしていたのだ。幼少時の声と八百長を仕掛けたとされる音声データに入っていた声質が同じであると比較動画で証明された。


 その結果、数時間後には、うつーちゃんは謝罪と共に本当であることを認めるに至った。


 そんなときだ。

 一枚の写真が拡散された。


 苅田が母親と一緒にいるところを撮られた写真だ。普段、マスクをしているのに飲み物を飲むためにマスクを外した瞬間を撮られた写真だった。


― 苅田友麻の御子息、苅田悦史さん。嗅覚過敏症に悩み華道界の家元襲名は絶望的か。人気配信者カーリィで活躍中! : ウェンズデー今週の注目記事 ―


 おいおい。何やってんだよ苅田!

 ウェンズデーって芸能人のスキャンダル記事を、いつも掲載してるダブロイド誌じゃねぇか!


 まだ苅田は覆面配信者だ。今年、顔出しを解禁しようと目論んでいたが、まさか先を雑誌記者に掴まれてしまうとは。


 チュイットのトレンドは、ゲームのカテゴリーだけでなく、日本で今話題になっている注目カテゴリーとして、苅田の身バレと、人気配信者の炎上で熱く盛り上がっていた。


〈華道界家元〉〈対戦炎上〉〈苅田家〉〈うつーちゃん〉〈ゲームの八百長〉〈配信者の脅迫〉〈裏の顔〉


 俺が仕事のことで右往左往して悩んでいる間に、何でこんな事になるのだろうか。


 ワクワグラムの向こうか側から返答を待つ入野井に、どう返信するべきか迷いに迷った。


 散々迷って出した結論は、こうだ――。


「嘘は何も付いてない。俺の友達が、どういう職業なのか聞かれなかったから何も言わなかっただけさ」


『なるほど。確かにそうだな。俺は、ただの一般人だと思い込み、お前にどんなことをしてる相手なのか尋ねてなかったな。大炎上してるみたいだし、今は連絡も取りづらいよな。じゃあ、俺は落ちるよ。また遊ぼうぜ?』


 最後の言葉を強めに言い残して、入野井はボイチャを切った。


 DDのゲーム画面から入野井のキャラクターも直ぐ消えた。


  *


 俺の頭の中は酷く混乱していた。


 入野井に苅田のことがバレたこと。この状況を伝えたくても、入野井の指摘通り苅田に全く連絡が取れないもどかしい状況なこと。そもそも苅田に連絡が取れたとして、どう釈明すべきか考えが纏まっていないこと。


 更にだ。苅田の対戦相手うつーちゃんだ。大昔、ゲーム大会で相手を脅迫していたという例の音声ファイル。


 俺はまだ聞いてない。聞きたくないからだ。頭の中では分かってる。ネット記事を読んでしまったし、SNSで流れているネガティブな呟きから問題となる脅迫して勝ち取った幼少時のゲーム大会は、俺も参加した誕生日会なのではないか。


 恐ろしくて事実を知りたくない。

 知るべきじゃないのかもしれない。


 もし知ってしまったら、俺は本当にそんなことがあったのか確認せざるを得ないだろう。


 あの頃に参加した誕生日会というのは、俺も楽しんでた。

 兄貴が負ける瞬間を爽快に感じて拍手喝采と、賛辞を送った。


「うつーちゃんって人。音声認めたってことは、あの誕生日会の主賓かもしれないんだよな。なんて名前だっけ」


 和香市の実家に帰って、部屋のどこかに眠るアルバムを見たら思い出せるだろうか。


 いや思い出して、どうする?


 音声ファイルをまともに見れないのだから、うつーちゃんが当時の主賓だったなんて決めつけるのは早いだろう。


 それにだ。俺には悩ましいことが他にもある。


 志門のことだ。かつてラグビーのスター選手であった尾野を目の敵にする志門は、当然チーフの下についている俺が加入者増加の提案を許さないだろうという問題だ。元社員だった川崎だって「志門には気を付けろ」と指摘していた。


 アルファケーブルネットワークにインターンから正社員になるには、提案で一度でも採用されるか最終面接に臨み勝ち取らないといけない。でも運良く正社員になれたとしても、その後だ。提案が通りづらいのなら査定に響く。


 安い給与のまま雇用され続けるわけで、最悪使えない社員として減給もありえる。


 インターン面接に五度も落ちた俺は、他を探せるだろうか。自信がない。いっそのこと、入野井から無理くり預かったシャノンボーイズのスキャンダルネタを売った方が、当分の生き延びる生活資金になるのでは。


 おい。俺!

 何を考えている!


「あーマジどうしよう」


 不安な気持ちを抱えたまま、今の俺にできることは、ともかく目の前の仕事だろう。


 インターンを頑張るしかない。


 重い足取りで、番組編成部の部内に足を踏み入れたときだ。


「徳最くん!」


 声を掛けられた。

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