アーカイブ3:正社員になりたい(4)


「なんか、ガッカリだな。スポーツ専門チャンネルを運営してるのにアイドルで会員釣るってマジ?」


「お。徳最もそう思うのか。まぁ俺もさ、気持ち分かるよ。俺も同感。というか反対意見は役員会議でもあったんだって。社長曰く今年からプロモーションは絶対強化したいからアスリートだけが盛り上がるんじゃなくて、普段スポーツの試合をあまり観ない人、つまり初心者さえも引き込むような求心力の強い広告塔を立てたいって言う方針らしいぜ」


「へぇ。社長自らのゴリ押しなのか」


「そういうこと」


 それにしても織田の情報収集は凄いな、と、ふと感じたときだ。


「ん。ちょっと待てよ。そういや、ビルの外にいる彼女たちは、どこから情報を得て集まったんだ?」


 急遽決まった話である上に追加リリースも出してないのだ。


 自然に疑問が湧いた。


「それが不思議なんだよな。チュイットには入野井がここに来るとか全然呟きがない。でもファンってさ、上手く嗅ぎつけるっていうか。これ見てみろよ」


 織田がスマホを取り出して、画面に指をスライドさせた。写真を主に投稿するフォトグラムというアプリだった。


「ジムの写真?」


 そこにはベンチプレスやバランスボールが写る体を鍛えるためのトレーニングルームのようだった。


「今から二週間前。田野家選手が広告塔に決まった話をリリースした日。その日に合わせて、このジムの写真が入野井悠介の公式フォトグラムに投稿されたんだ。ほらここ。何が写ってると思う?」


 織田が人差し指を差した先を見た。


「これ。ラグビーボールか?」


「そう。ジムに必ずあるとはいえないものだよな。けど入野井悠介のファンは、これを見て、ラグビー関係のニュース関連を調べた。そして田野家選手の広告塔リリースがあるのを知り、入野井がイベントに出席するかもって思ったんじゃないかな」


「すげぇ想像力!」


 写真一枚で特定できてしまうものなのか些か疑問だが、ファンのリサーチ力を舐めてはいけないのかもしれない。


「好きなものができると、そればっかり考えたりするだろ。何に尊敬して何に崇拝して何にハマるのか人それぞれあるだろうけど。ガチファンとか、ガチ恋勢ってのは結構厄介だよな。現実に見境なく凸したりするから。関わらないに越したことはないけど。そういう人たちが裏で情報を流していたりするんだ」


 やばい特定班だ。

 エレベーターが止まり左右に割れて扉が開いた。織田が降りたので、俺も続いて降りた。


「あ。おい織田。ここ降りるフロアじゃないぞ!」


 織田が降りたのは、スパイラルビル二十階だ。俺たちの降りる階は、本来、三フロア上。ずんずん進んでいくから、織田の腕を強く引いた。


「おい。痛いって」


 腕を引っ張られて、織田が姿勢を崩し掛けて後ろにニ、三歩、ヨロめいた。


「おいおい。どこに行こうとしてんだよ!」


「何って。あの受付嬢のところに」


 織田が顎をクイッと指した方向を見た。ここにはアルファケーブルネットワークの受付がある。一人の女性が座っていた。


 肩まで伸びたセミロングの髪。二重で瞳が大きく、ふっくらとした赤い唇。白いブラウスの首元には、ふんわりとした白いリボンで結ばれている大人美人という言葉がよく似合う。


「徳最くんさぁ」


 織田がニヤニヤしている。


「なんだよ。いきなりクン付けで。やめろよ」


「この階の商談スペースで打ち合わせするとき、いつもあの受付嬢を遠くから、じっと見てるだろ?」


「え!」


「バレバレだよ。あの受付に彼女がいないときなんか、この階の給湯室や、休憩室の自販機をチラッと覗いたりしてさ。一階のカフェブースで彼女が飲み物を買ったあと同じものを頼んでたことあるよな?」


 まさか俺の行動を見られていたなんて。きっと取り繕ってもムダだろう。


「見てたのかよ。別に俺の勝手だろ!」


「そういうの見てるとモヤモヤすんだよなぁ。どうせまだ彼女と話したことないんだろ?」


 ない。どう話しかけたら良いのか思い付かないのだ。当然、先日のバレンタインデーには何も貰わなかったし、そもそも何も起こらなかった。


「ほっとけ!」


 バンバンと肩を叩かれた。痛い。


「じゃあ俺が聞いてきてやるよ」


 織田が一歩を踏み出して行こうとするので、再度腕を引いた。思い切り。


「痛っ!」

「お前馬鹿かよ!」


 織田は自身の腕を掌で、さすった。思い切り引いたから、顔が少し歪んでいる。


「おぉい徳最。痛ぇな。なんだよ?」


「急にアレコレ初対面で聞いたら普通に引くだろ!」


 こいつはド直球にあれこれ訊ねそうだ。


「大丈夫。まず名前と今後コンタクトが取れるように上手く促すからさ。任せとけって!」


「はぁ?」


 織田はスタスタと受付に真っ直ぐ向かった。

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