アーカイブ3:正社員になりたい(5)


「こんにちは。お疲れさまです。メディアコンテンツ部の織田です。すみませんが、月刊紙三月号ってまだ届いてませんか?」


 受付の彼女は、織田を見上げるように席から立つと傍に置かれた雑誌に目を落とした。


「えっと、これは二月号ですね」


「あーまだ届いてないんですねぇ。そっかぁ。あ、そうだ。おーい徳最! ちょっと来い!」


 後方に振り返った織田は、手招きして俺を呼んだ。


「あ。こいつ番組編成部の徳最ね。名前は宇宙って書いて、そらって呼ぶんだよ。な!」


 こいつ。むりくり紹介してきやがった。


「お、おう。どうも」


 急な自己紹介となり、俺は彼女にお辞儀をした。


「はぁ。どうも」


 彼女もならってお辞儀をした。


「実は業務で来月号の月刊紙を使うんだけど、届いたら報せて欲しくて。社内便なら直接二十三階に来るけど、雑誌は外部委託の印刷会社に任せてて。ここに届いたら徳最まで速攻内線で知らせて欲しいんだ」


「あ。そうなんですね」


「なぁ徳最。内線番号は何番だっけ?」


 知ってるくせに。ちょくちょく内線を掛けてくるのに、あざとく俺に訊ねるなんて。


「二三一八番」


 でも答える。これは織田から与えられたチャンスだからだ。こいつの芝居に乗っかるのは悪くない気がした。


「二三一八番ですね。分かりました」


 彼女は電話近くのメモ帳に、ペンを走らせた。


「えっと、小森こもりさんですか。ちなみに君の名前は?」


 彼女の胸元には――小森――というネームプレートが飾られている。


 織田が穏やかに訊ねた。メモ帳から顔を上げた彼女は「千鶴ちずるです」と織田を見上げてから俺を見た。視線がぶつかり、一瞬ドキリとした。


「千鶴さんね。じゃあ月刊紙のこと、宜しくお願いします。おし。行くぞ徳最」


 織田が非常用階段のある通用口に向かった。俺は慌てて彼女にもう一度お辞儀した。


「じゃ、じゃあ宜しくお願いします!」


 織田の後を追うように、俺も通用口に走った。


「な。うまく行ったろ?」


 非常口階段の扉を閉めた織田は、満面の笑みを浮かべて振り返った。


「そのドヤ顔やめろよ」


 慌てて追いかけたから、息が切れた。

 確かに織田の流れるような訊ね方なら変には思われなかったかもしれない。


「納品されたら知りたいって言ってたけどさ、メディコンは月刊紙を作る担当部門だろ。印刷業者からの納品日なんて本当は知ってるんじゃないか?」


「ああ。そうだよ。来週の月曜だよ」


 あっけらかんと答えた。


「マジかよ。やっぱ知ってたのか。仕事のことはともかく、名前まで訊ねたのはちょっと行き過ぎじゃないか?」


「大丈夫だって。考えてみろよ。受付の業務ってのはさ、来訪したお客様のご案内だろ? 社内の各部門ごとに誰が何をやっているのかなんて、厳密には細かく把握してないさ。せいぜい分かるのは誰がどこに所属してるのか、上長の名前くらいさ」


「そうかなぁ」


「ま。ともかく、あとは内線来たら取りに行く。な。ロマンスは、ここからよ!」


 背中をバンバンと叩かれた。痛い。


「ロマンスって。俺はまだインターンなんですけど?」


「そうさ。でもこれで、内定を勝ち取るためにやる気出てきただろ?」


 確かに。提案のことを考えたり、引き継ぎでいっぱいっぱいでも、インターン就業を頑張ろうという気持ちが湧いてくる。いずれは彼女と親しくなれたらと、のんびり構えていたが、早く社員になって付き合えたら最高じゃないかとも思う。


 そのために正社員になりたいっていうのも、不純ではあるけど。


「ま、まぁな」

「頑張れよ!」


 織田は、俺の両肩を加減せずに叩くと――だから痛い!――二十三階、通用口の反対側へと向かった。メディアコンテンツ部は北側、俺の所属する番組編成部は南側になる。


 高身長、顔面イケメン野郎、既に内定獲得済。嫉妬と劣等感を感じていたが、俺の恋や正社員になることを応援してくれる実は良い奴なのかもしれない。

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