アーカイブ4:就業型インターンのお仕事(1)


 通用口から出た。インターン先の番組編成部に入ると、老眼用のメガネを掛けた宇津根衛うづねまもると目があった。御年おんとし、五十八歳。柔和な顔で微笑んで「お疲れ!」と声を掛けられた。


「お疲れさまです!」


 近づくと、宇津根の机上には相変わらず社内資料が歪んで積まれている。少しでも触れたら雪崩が起きそうだ。


「凄い数ですね。これ全部チェックされたんですか?」


「ウチは色んなスポーツチャンネルがあるからね。あ、徳最くん。これ次回の番組候補の選手リスト。残り三十人はちょっと待っててね」


 宇津根からA4サイズの紙を受け取った。プリントアウトされた選手リストだ。ここから取材に応じてくれそうな選手の事務所に出演交渉をしなくてはならない。未加入者が見るCSデジタル有料放送0000CH――通称ゼロ番は、毎月シーズンごとに開催される注目スポーツや注目選手を紹介している。加入者が見れる0001CHは、選手からのメッセージ、練習・本番の選手控室の様子が独占的に見れるのだ。


 俺の主な仕事は、選手取材の獲得とスケジュール調整だ。


「任せてください。首藤さんの引き継ぎは完璧なんで!」


「頼もしいねぇ」


 本音を言えば、ギャラは出ないから殆どの場合は断られてしまう。だが三十人のリストなら一人か二人くらいは出てもらえる。


「そういや首藤さん今日いないんですか?」


 俺に引き継ぎを教えてくれた先輩社員こと、首藤勇司すどうゆうじは記憶が正しければ今日が最終日だったはず。


「ああ。彼なら、あそこだよ」


 目を細めてフロアの遠くを眺めた。


 相変わらず、バスケコートで選手に指示するコーチのようなジャージ姿だ。首藤の手には花束が握られている。各部門でお世話になった人たちに挨拶をしているようだ。今話している相手は営業部の係長か。


「そうだ。宇津根さん。デューヴのチャンネル登録の対策案。読んでくれました?」


 ふと思い出す。一昨日に宇津根の机の上に、プリントアウトしておいたのだ。


「見たよ。加入者向け番組で過去放送した番組情報を再編集して、デューヴのαスポーツ公式チャンネルページ用に投稿するって案だよね?」


「そうです。少しでも登録数を伸ばすためには、やっぱり中身がもう少し観れる動画だと良いと思うんです。去年の年末年始なんかはオフシーズンに現役の野球選手がグランピングした企画が好評だったんですよね? でも観れるのは有料放送の番組または会員専用のウェブ配信だけ。デューヴでチャンネルのアカウントを取得しても、五分以下くらいの予告的動画しか載せてないじゃないすか。これじゃあデューヴでの運用が壊滅的なんすよね」


 宇津根はコクコクと首を縦に動かして頷いた。


「まぁそうだよね。徳最くんの指摘は重々分かるよ。ただねぇ。役員会議でも加入者向けに制作されたコンテンツを、デューヴに掲載させるというのは許可が下りなくてねぇ」


 宇津根は溜め息を付いた。


 デューヴでのαスポーツ公式チャンネルは登録数が僅か二百人だ。アカウントを取得したのが去年の十二月。その半数以上が社員によるチャンネル登録によるもの。あまりにも少ないと言わざるを得ない。しかも、この春、四月末までには登録数千人という目標を立てている。


 あと二か月しかない。

 正直言って、ムリゲーなのである。


「そういえば徳最くんは、ウチと契約する今後の広告塔が誰になったか、もう聞いた?」


 モニター画面上にリリースページを映して、宇津根が振り返った。


「はい。田野家選手と入野井悠介というアイドルですよね」


「そうなんだよ。出来たらワンチャン広告塔の二人に、デューヴ上でチャンネル紹介を頼むってことも出来ると思うんだけど、徳最くんは、どう思う?」


 やっぱ、そうくるか。登録者数を爆発的に増やすには、いわゆる著名人を起用するのが一番手っ取り早い。


「宇津根さん。正直に言っていいすか?」


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