アーカイブ8:山河鉄男はなぜ死んだ?(4)
大地は、山河のハードディスクに残されている、さまざまなフォルダを開いてはチェックしていた。だが目ぼしいものはなかった。
「動画類はパソコンの中に残さないタイプのようだな。言い合いになるような話が交わされているメールも無ければ、トラブルになりそうな経費精算もない。細かくメールの文面をチェックしてみたが、妙な言葉や暗号とか匂わせるものもないな。単純に、何月何日の動画データを編集したとか、今度はどこへロケに行くとか、過去の動画データはクラウドにいつアップロードしてるとか、そういう類いの話だけで、個人的な頼み事とか、お金関係の話も一切ない。警部補の期待してた結果は得られそうにないな」
「これは、どうすか?」
大地の背後から腕が伸びてきて、井上がモニター画面の隅に指を差した。
〔
「これ
ダブルクリックをすると〈解凍しますか?〉とポップアップ画面が表示された。構わず〈はい〉と大地は選択した。
「業務委託関連の書類のようだ。委託契約書、契約解除合意書、通知書が諸々セットで入っている。未記入だ。テンプレートファイルか」
「本当だ。てことは、宮本が編集から降りた場合を想定して別の人で立てるときに、山河は用意してたんですね」
田畑警部補が話していた。夜十九時十七分に、山河は宮本に電話を入れている。呼び出して契約云々の話をしたのかもしれない。契約解除の話が口論となり山河は命を落とすことになったか。
大地は椅子から立ち上がり、壁際に置かれたホワイトボードに視線を走らせた。
山河の交友関係を今は中心に捜査は動いているが、宮本に関する情報も幾つか既に判明している。
宮本は江東区
ゲーム実況の界隈では、ゲームパッドによる操作と呼ばれる。山河はゲーミング用のキーボードを複数持つ。キーボードとマウスを使う、キーマウ操作が可能なのだ。
宮本は、それが恐らく出来ない。パソコン操作は人並みだが、ゲームはもっぱらパッドでの操作だったと思われる。この違いがあるからと言って、だから何だという話でもある。恐らくだが、山河が
ゲームの腕前はともかくとして、キャンプに関しては知識は高そうであった。山登りに使う機材や器具類、使い古したリュックのストック、登山用の靴は数十箱。それに天気図を作成するトレーニング用の教材があった。気象学に関する教本も棚に並んでいた。別件で捜査員が確認を急いでいるが、恐らく山岳部に所属していたとみられる。
更に宮本は、枝河のマンション近くにある川沿いの小料理店の常連客だった。店長と親しく、山河のことで愚痴ってる話や、お金や女性関係で揉めたなどの話はなかったが、両親のことを宮本は話していた。両親は既に他界。父親は宮本が学生時代に過労死、母親は十五年以上前に乳がんで亡くなっている。
また山河とは三つ年が離れている。三十九歳の宮本は、山河と出会う前は一般的なサラリーマンをしていたようで『会社員時代が懐かしいよ』と酒に酔って溢していたという。
「パソコンの中身のチェックは、もうこの辺で切り上げますか?」
他の捜査員もチェックした上での再検証なのだ。振り返ると井上はデスク仕事にうんざりしているようで、少し顔に覇気がなかった。
「いや。あとは山河と宮本がやり取りをしていたワクワグラムの中身を精査する必要がある」
井上は眉を下げて困惑した表情をみせた。
「え。ワクワグラム?」
「パソコン画面の中に『W』マークのアイコンがあるだろう?」
席に戻った井上は、モニター画面を見つめた。
「ありますけど。ワクワグラムって、なんすか?」
井上巡査は、宮本のハードディスクに残されている画面左端に配置されたWマークのアイコンを見つけた。マウスを動かして、カーソルをアイコンの上でダブルクリックする。途端に、暗いウェブブラウザのような画面が直ぐに立ち上がり映し出された。
「これはゲーマー界隈で、よく使われている人と交流を取るためのアプリケーションだよ。掲示板のような画面の中に、画像や動画のファイルデータを送り合ったり、テキストメッセージや通話機能が使えるんだ」
「へぇ。こんなのがあるんですね。普通にメールや電話とか、スマホのSMSとかで、やり取りできるじゃないですか。何で、コレを使ってるんですかね?」
「ガイシャの山河は配信者だったろ?」
「ええ」
「山河は初期の活動で、わく動での投稿や生配信をしていたんだ。アカウントが残ってた。そもそもワクワグラムは投稿者や生配信をするユーザー向けに、わく動が開発したボイスチャット・アプリなんだよ。ワクワグラムの通話機能を使いながら、ゲームをするのに向いてて、わく動のアカウントを持ってる奴なら誰でも使える」
「へぇ。てか、わく動って懐かしいですね。学生時代よく見てましたよ。単に動画見てるだけでしたけど。そのワクワ…なんとかって、徳最先輩も使ってるんですか?」
「持ってるが殆ど使ってない」
「持ってるのに使ってないんすか?」
「弟が連絡のやり取りは今後わく動のボイチャにしてくれと強制的にダウンロードの招待を受けたんだ」
「強制っすか!」
「ボイチャの方が使いやすいと言ってたが本当は、わく動で提供されたオンラインミニゲームのポイント稼ぎのためだったけどな。招待者が増えると課金相当の限定キャラクタースキンが貰えるやつ」
「ああ、なるほど。それで先輩も、そのミニゲームに付き合ってあげたんですか?」
大地は、咳払いをした。
「井上巡査。お喋りしてる時間はないぞ?」
「はいはい。分かりましたよ。それで先輩。どこを見て調べたら良いすか?」
井上巡査は、ワクワグラムの画面を見ているのだろう。
「今見ている画面の左上の端に、吹き出しマークのあるアイコンがあるだろ。個人IDを指定することで、直接やり取りができる。山河と宮本が話し合うダイレクトメッセージを見つけて、どんなやり取りをしていたか今一度調べてくれ。ちなみに宮本は『みやちゃん』山河は『テント』という名前で登録している。直ぐ見つかる筈だ。それと、他の個人と話してるダイレクトメッセージにも隈なく目を通しておいてくれ。山河に関する何か愚痴ってる話を宮本はしてるかもしれない」
「了解っす」
扉が開く音がした。
会議室に田端警部補が入ってきた。
大地は座っていた椅子から立ち上がり「お疲れさまです」と声を掛けた。
「お疲れさま。何か出た?」
田端警部補は、井上巡査のパソコンを覗いた。
警部補に大地は報告を述べた。
「いえ。今のところは何も。トラブルになるような何かは出てきてないですね。わく動のボイチャから何も出なければ、このあと消去されたゴミ箱などのファイルを復旧してもらう手配になっているので、消されたファイルがあれば何か出てくるかもしれません。えっと、そちらはどうでした?」
田端警部補は、紙を持参していた。恐らく電話会社から提供された山河鉄男と宮本典明、両名の通信記録なのだろう。
「うん。それがね。履歴によれば最新の電話は宮本、その前が山河の親父さん。亡くなる当日の昼頃に親父さんと山河は電話していた」
死亡当日の正午といえば、宮本が山河に最後の転送メールを送っていた。そんなタイミングで、山河は父親との最期となる電話をしていたようだ。その後、宮本が転送したメールは山河は既読済み。しかし既読しただけで、企業案件のメールに対して返信をしていない。
山河にとって興味のないメールであったのだろうが、やはり二月だけでも相当に既読済みメールばかりが溜まっている。それが大地には少し気がかりに思えた。
気にしすぎなのかもしれないが。
「それと山河のスマホから履歴が削除された形跡はなかった。逆に宮本のスマホからも履歴が削除された形跡もなくてね。—―――それにしても、親父さんとのSMSの履歴からは旅行に関する話が進行中だっただけに、やっぱり切ないねぇ」
「シルバーウィークに予定してた旅行ですか」
田端警部補は頷いた。
「そうそう。チャンネル登録数百万人のお祝いで親孝行をしようとしていたみたいでね。旅費は全部息子が支払う約束だったらしい」
「そうだったんですか。親父さんにとっては、辛い報せになってしまいましたね」
田端警部補は、鼻で笑った。柔和な顔をしているが、少し馬鹿にしたような笑い方だった。
「どうだろうね。息子が亡くなったと聞いて最初は悲しむかもしれないけど、悲しみは続かないかもしれない」
「どうしてですか?」
「さっき別室で報告を受けたばかりでね。また後で捜査員が会議で報告するけどさ。山河鉄男の口座。残高いくらあったと思う?」
「え」
「五千万。五千万を軽く超えていた」
「そんなに!」
井上が驚く声を上げた。
金の話が聞こえて、モニター画面から振り返り目をパチパチとさせている。
「配信者って、そんなに儲かるんですか!」
井上巡査の声に、田端警部補は振り返る。
「いや。全部配信だけで、築いたものじゃないよ。もともと二十代前半は法律事務所に勤めてたんだ。高学歴で大学を主席で卒業。頭も、相当に良かった。でも社会に出て有名な法律事務所に勤めたが、凄いブラックだったみたいで四年で辞めてる。当時、大学も勤務先も、ずっと実家から通っていたらしくてね。退職後は引きこもり。けど部屋に、ただ引きこもっていたわけじゃない。キャンプを部屋で始めて、二十八の誕生日に、わく動でソロキャンプの動画を上げた。これが当たったわけだ。部屋でソロキャンして、人気になって注目されて、引きこもりが実際に山に行くという企画を生配信でやって更に人気になったらしい。配信はデューヴに移り、通算で八年の配信生活。ようやく自信がついたのか、今から数ヶ月前に実家を出て、一人暮らしへ切り替えた。だから、それまでに生活費は全く掛かってない。貯金が膨大に増えて、稼いだ金を少しずつ親父さんには渡していたみたいだけどね。お母さんは息子を生んだ時に出血が酷くて他界。ずっと男手一つで、育ててきたから、今回の事件が片付いたら多額の遺産が入るってわけだ」
会議室の扉が開いた。婦警だ。
「あ。どうやら来たみたいだね」
田端警部補は、婦警からの伝言を聞くなり、振り返って大地を見た。
「徳最君。当時、法律事務所に勤めていた
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