アーカイブ8:山河鉄男はなぜ死んだ?(3)


「徳最先輩。疲れましたー」


 井上巡査は溜め息を吐いた。


 マウスを動かして、カチカチとクリックを繰り返し三時間は経とうとしていた。首を左右に動かすと、ポキポキと鳴らして大欠伸おおあくびをかました。


「泣き言を言う前に、何か見つかったか?」


 井上巡査の真向かいに座る大地は、少し首を伸ばした。


「何かあるかと言いましても、宮本の受信メールの中身を遡って見ても、特に山河と言い争うような文面は見つかりません。ないですね。殆どは仕事のやり取りです。企業案件、他の配信者からのコラボ案件とか問い合わせ関係ばかりです。ただまぁ、ちょっと直近の送信を見ると、山河にかなりの数の転送メールばかりしています。転送メールをした最後の日は、事件当日の正午ですね。けど転送メールより、未読メールも結構多い。もう殆どメールを読んでなかったんじゃないかなぁとは思います」


「宮本はメールを全然さばいてなかったってことか。スケジュール管理をやっていたのにか?」


「だからアレじゃないすか。いわゆるボイコット的な態度があったって事じゃないすかね?」


 井上は、どうしても宮本の殺害動機にあるのは正式メンバーをとがめられて衝動的に殺したという説をまだ拭えないようだ。


 山河のパソコン上を見ていた大地は、ブラウザを立ち上げてフリーメールの個人アカウントページを表示させた。オンライン上から簡単にアクセスできるのだが、宮本と共同で閲覧できるようにスケジュールは共有されているページだ。


「山河の三月のスケジュールを見ると、半分くらいしか予定が全然埋まってないな。転送メールは、どれくらい前から送られていたんだ?」


「ざっと見たところ二月上旬あたりからですね。ポツポツ転送し始めて中旬になると毎日数件の転送を繰り返していて、事件当日まで続いてます」


「スケジュールの七ヶ月先を見ると九月のシルバーウィークに一週間、丸々『旅行』とあるな」


「父親が息子と旅行計画を予定してたって話ですよね。というか、百万人祝いをしながら旅行計画をどうするか詰める予定だったのに、本当に残念な事件です」


 いや違和感があるだろうと大地は思った。


 直近、来月の配信の予定に多くの空白を残したまま、父親と祝杯を上げる約束や旅行計画だけを先に予定しておいて、担当編集のボイコットを受けながらスケジュール管理が出来てないのだ。


 それとも配信者という生活は、ぎちぎちには決めないのかもしれないが、山河の受信メールをざっと見たところ、未読は少なく既読メールは多かった。しかし送信メールから仕事関係でスケジュールを決めるやり取りは二月上旬以降ない。


 三月の予定は、いずれも一月中に決めたスケジュールのようで、宮本からの予定確定メールが受信メールに入っていた。


「井上。他に何か気になる点は?」


「そうですね。強いて言えば一時期、宮本は山河の仕事から離脱してたみたいで、他の企業とか個人とのやり取りがそこそこあります。動画編集の仕事の依頼を受けて納品した連絡とかですね」


「確か一年前だったか。他の配信者に依頼を受けて仕事をしてたやつだな?」


「ええ。そうです。元は動画編集を請け負う会社が依頼を受けてたようなんですが、依頼が手一杯でフリーの編集者を紹介することになって。宮本は、登録していた会社からの連絡で仕事の依頼を受けてます。あ、そうだ。複数依頼を受けた内の一人、その相手って、華道家の御子息なんですよね!」


 思い出したかのように井上が椅子から立ち上がった。地取り班からの報告でも既に聞いている話だ。


「一年前に宮本と直接接触があった依頼者だろ。依頼期間は一ヶ月半だったか。特に際立った話はなかったと聞いたが」


「まぁ。そうですけど。相手はあの華道家ですからね。息子さんから生花のアレコレを聞いて、なんか良からぬ話でも世間話で聞いたかもしれませんよね」


 大地は小さく息を付いた。


 井上巡査の斜め上な着眼点というやつが何か閃いたらしい。


「つまり何だ?」


「いやだから。室内で山河がどうやって死んだのか謎なわけじゃないすか。しかも部屋に宮本が滞在した時間は約二時間ですよ。例えば口論が三十分くらい続いたとして、二人が言い争っているうちに、山河が苦しみ出して転倒。頭部に深い傷を負って絶命。宮本は呆気に取られたけど、本当に死んだのか慎重に近づいて確かめた。息をしてない山河を見て、宮本は証拠隠滅を図るために、実は事前に花とかを送ってて部屋に飾ってた花を切り刻んでトイレに処分した。ところが、部屋に戻ると息をしてるように見えた山河が目に入って再度近づいて確かめた。そのとき靴下に血痕が付着。死んだことをもう一度確認して部屋から出た。どうです?」


 妙な仮説に大地は深い溜め息が出た。


「零点」


「えー何でですか!」


「それが成立したら、世の中、今ごろ死人だらけになるな。というか、宮本は仕事をボイコットし始めたんだろ。花を贈る意味はないし、地取り班からの聞き込みでも山河の部屋を出入りした人間や業者は、ここ数日いなかったと報告受けたろ?」


 まだトロフィーが凶器であったかもと未確定であったとき、マンションを出入りしていた宮本をマークした捜査員が直ぐ調べた。任意で引っ張って来たあと、宮本のクレジットカードで最近の購入詳細は既にリストアップ済み。主に保存食を調達していたが花の購入等は、リストになかったと大地は記憶している。


「花はアレっすよ。実際にリアルな花じゃなくても、例えば壁紙とかスクリーンセイバーとか、スマホのロック画面があるじゃないすか。そういう電子機器に忍ばせることだって有りだと思うんですよ」


 華道家の生花を壁紙にすると不幸になる。巷でそんな噂もSNSで流れているを、なんとなく知ってはいる。だが現実では起こりえない迷信や噂に、井上は本気で信じているのだろうか。


 大地には、そんな風に思えた。


「本気か。真面目にやらないと評価によってはどこかへ飛ばされるか減給になるぞ」


「マジすか」


「ふざけるのも良い加減にしろよ?」


 穏やかに言ったつもりだ。


「サーセン」


 井上は肩を竦めた。


「それじゃ、もう他にはないんだな?」


「仕事関係で特に目立ったものは他にはなさそうっすね。あとは、半年前に心療内科の医者宛にメールを送ってる形跡くらいです。診察してないんですかっていう、まぁこれは別途、医療関係のメールチェックをした捜査員が既に確認に回っているので、これ以外で気になるメールはないですね」


「そうか」


「ところで先輩の方は何か見つかりましたか?」


 井上は大地の方に回り込んで、モニター画面を覗いた。

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