アーカイブ8:山河鉄男はなぜ死んだ?(2)


「さあ。分かりませんけど。どこか大きな事務所に入って活動するでもなく、配信での報酬を独り占めにして一人で活動する山河が憎らしくて殺った、とかじゃないすか?」


 机の上の折りたたみ式のマイクを引き伸ばして、井上は喋りかけるポーズを取った。パソコン類は中身を調べるために回収したが、モニターやマイクは机上に置かれたままだ。倒れないように固定してあり、鑑識が念入りに調べて、捜査員は取り外さなかったのだ。


「配信専門の大手事務所から打診を多数受けて断っていたからといって、報酬を独り占めにしたかったというのは安易だけどな。事務所は与える仕事を選別することもあるだろ。山河は山キャンプとゲーム配信を軸に活動してたんだ。――――別に山河とムリにやらなくたって良いと思うが、宮本は二人で活動したくて、山河に迫り、交渉失敗したから殺したと?」


「だって先輩。奴は長いことガイシャの担当だったんすよ。スケジュール管理や、企業、他の配信者諸々の人たちとの調整、やり取りは全て奴が担当。去年の秋に配信者らの人たちと山キャンプに出掛けてたときも、奴は同行してたみたいですが、配信映像には一切映らないよう配慮してました。あの壁の写真、撮影したのは宮本ですからね。配信者らの聞き込みを総括すれば、陰での活動に奴は徹してた。けど登録者数が、もう百万人という大台。『正式メンバーにしてくれても良いじゃないか』そういう交渉もあったんじゃないすか?」


 配信活動の仕事は、近年出来た新しい働き方だ。デューヴ、わくわく動画等での再生回数に応じて支払われる報酬、再生回数が高ければ企業からの案件報酬、著名な配信者であればエンターテイメント系のイベントに招聘しょうへいされて出演料などが得られる。


 テレビの中のタレント業にも似た活動だが、配信活動で近年目立つのは一般人だ。会社に入って給与を毎月一定額を得られるのとは違い、配信での報酬にはムラができる。


 山河は人気配信者になった。それを押し上げたのが宮本ならば、井上のようにステイタスを望むことも難しくはないと言えるが。


 ジャケットの内ポケットが震えた。大地は直ぐにスマホを取り出した。


 田端警部補からだった。


『お疲れさま。徳最君』


「お疲れさまです。あの、失礼な言い方になりますが、俺が直接ここに来て見る必要ってあるんですか?」


 現場にわざわざ来なくても捜査資料を見れば済むのではないかと大地は思った。


『一応さぁ、非番だった君にもそっちに行ってもらって確認してもらいたくてね。見落としがないかどうかを知りたいんだ。どうだい。おかしなものは何か見つかったかい?』


「いえ。特にないですね。この部屋を囲んでる棚には、アウトドア関連、カメラや撮影に関する書籍類、野菜・果物・きのこ類などのレシピ本、あとは色違いの携帯用ゲーム機が三台と、ゲームソフトが何十本か、色とりどりなキーキャップの付いたキーボード、それとヘッドフォンなどが飾られているだけですね。ただゲームソフトに関しては、キチンとガラスケースの中に綺麗に並んでいます。携帯用のゲーム機は数年前に発売されたシリーズ機器。棚に飾られているゲームソフトは近年発売されたものになりますね」


『それで、どう思う?』


「どうとは?」


『君が現場写真だけをみて、携帯用ゲーム機を見たとき、直ぐ五年前に発売された機器だと指摘したでしょ。現場を実際みて他に何か思いつく指摘とかもあるんじゃない?』


 現場百篇という昔ながらのやり方を好む田端警部補は、どこかで期待をしているのだろう。


 大地は、溜め息をついた。


 弟の誕生日プレゼントである。ゲーム機を父親が買って与えていた。最も何を買ったら良いか分からないと父親に聞かれて、大地は助言したからで、そのことを覚えていたに過ぎない。


『私はねぇ、知らなかったんだけどさぁ。あの潰れた箱のゲームソフトって、なんかプレミアが付いてるらしいね。ってことはさぁ、ガイシャの足元に潰れた箱があったわけでしょ。プレミアが付いてる箱を不注意で踏んづけて、物凄く動揺して倒れた。それが致命傷となった、という線はないかなってことなんだよね』


「事故の線ですよね。どうでしょうね。そもそもプレミアの付いた二つのゲームソフトを誤って踏むという状況が果たして本当にあったのかどうか判断が難しいところですね。もしかしたら、プレミアのゲームソフトは最初からなくて、転倒したあとから偽装工作しようと、潰したゲームソフトを置いたとも考えられます」


『あー。なるほどねぇ。そうなると、頭に裂傷を負わせたトロフィーというのは、当時部屋にいた人間がゲームソフトの偽装工作をしたあと、持ち去ったってことになるけど。目の前で人が死んだわけだし、動揺してて?』


 チグハグである。そもそもトロフィーが現場にあれば、山河が転倒して事故の可能性が高くなるという見方ができる。持ち去る意味がない。


「正直、中途半端な偽装工作は、理解し難いところではあります。ただ当時、部屋にいた人間が相当に動揺していたからこそ、判断を失ってプレミアの付いたゲームソフトを潰した、と考えることもできます。冷静な思考があれば、安い方のゲームソフトの箱を潰して、置いておくことも出来たはずです。またゲームに関して全くの、ど素人による関与であれば、プレミアの付いた箱だと知らなかったとも考えられます。山河鉄男の部屋に訪れたのは二名ですよね。一人は第一発見者の父親。ゲーム知識に関しては素人な人間。そして、もう一人は仕事仲間。山河がゲームをすることを良く知っていた人間になる。プレミアの価値は知っていた筈。田端警部補の方こそ、そちらの取り調べはどうですか。奴は何か喋りましたか?」


『徳最君。それがね』


 田端警部補は振り返った。透明な窓ガラスの向こう側で、下を向いて座る男を眺めた。


『まったく何も喋らない』


「何も話をしないんですか?」


 沈黙を続ける編集担当――宮本典明みやもとのりあきは事情聴取に応じる気がないのだろうか。


『ただね。当時のマンションの防犯カメラに、宮本の出入りはバッチリ映ってる。訪問前のやり取りはスマホの履歴から、山河が夜十九時十七分に宮本へ電話を入れて、その応答に奴が出る。その後、山河の住むマンションロビーに夜九時五分、宮本の訪問が防犯カメラに映った。エレベーター内に乗り込み五階へ上がる様子も防犯カメラが捉えている。このとき訪問直前、夜九時ちょうどに山河はSNSのチュイットで自分のアカウントに、パソコンから入力していた。内容は『あと四万だ。皆んなありがとう!』そして宮本が訪問。山河の部屋を出た宮本がエレベーターに乗り込んだのは夜十一時一分だ。一階ロビーに二分後、マンションから出て行った。父親が訪れるまで、山河に訪問した人はいない。死亡推定時刻にいたのは、間違いなく宮本が濃厚。その上、山河の部屋から自分の部屋に持ち帰っていたトロフィーと宮本の靴下からも、ルミノール反応が出ちゃってるからね。状況証拠から見れば、ほぼ被疑者確定』


 言い逃れが出来ないほど、揃っている。


「奴は認めたくないんですかね。だから話したがらない?」


『うーん。そうかもしれない。状況的に完全に不利だからね。ともかく、ずっとダンマリで。話してくれない。何かキッカケが必要だね。犯行動機に繋がる何かが分かれば話してもらえると思うんだけど。なかなかに長期戦となりそうだよ。そうだ徳最君。悪いけど、こっちに戻ってきて、押収したパソコンや端末のチェックを手伝ってくれ。よろしく!』


 大地は、通話を切った。

 溜め息が一つ溢れた。


 黙秘を続けていても死体遺棄で起訴はできる。しかし傷害致死や殺人での起訴はまだできない。


「ここはもう切り上げよう。署に戻るぞ。次はパソコンの中身をチェックする仕事だ。どんな動機にせよ、宮本は救急車を呼ばずに立ち去った。だが、まだ色々確かめる必要がある」


 時間の掛かる面倒な仕事になるだろう。


 井上巡査の眉がピクッと動いた。続けて眉間に深いシワを作ると嫌そうに、彼は呻いた。

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