アーカイブ9:宮本典明はどうして死なせた?(1)


「どうして夢東さんの法律事務所の時代に遡ってまで、山河のことを尋ねたんすか?」


 ぼそりと呟いた井上は疑問を口にした。


 先ほどの会議室で、夢東響子に山河に関する話を聞いたばかりだったが、納得がいかないようだった。


「念のためだよ。もし夢東さんが山河と付き合っていた男女の仲であれば、山河が法律事務所を辞めた後も付き合いは続くだろ? そうなると、どこかの時点で宮本と接触した可能性もあると思ったんだ。夢東さんと宮本が恋仲になっていたら、山河が邪魔になったという動機ができるからな」


「なるほど。でも彼女は法律事務所を山河が辞めた半年後ですか退職して実家に戻ったわけですよね。それで宮古島に四年。そして東京に戻り、六本木のデューヴで彼氏と運命的に出会った。作り話には聞こえなかったし、山河と偶然会って飲み会した話も本当のことのように聞こえました。嘘ではなさそうですよね」


「そもそも先週の月曜日、夢東さんは実家に帰ってたからな。婚約したばかりで、両親にフィアンセを会わせて紹介していた。東京への戻りは二日後。山河に会うのは物理的にムリということになる。でも一応、連絡先で教えてもらった夢東さんの両親に念のため確認を取っておいてくれ。飲み会をした店もな」


「了解っす。それにしても裏取りで関係者や施設に確認する業務が一番しっくりくるというか、ほっとしますね!」


 大地は振り返って眉を釣り上げた。


「何で、ほっとするんだ?」


「いやだって。配信者って皆んな生配信してるから過去のアーカイブをチェックするというのが、最悪で。眠くなるんすよね」


「まぁ。興味ないと見続けるのは苦痛にはなるよな。でも何週間分の防犯カメラだって時にはチェックしなくちゃいけないときもあるだろ。どちらも似たようなもんじゃないか」


「そうっすけど。防カメは音声まで入ってないじゃないすか。今回、配信関係者の雑談配信すらチェック業務に入っているのが、もう苦痛でしかないんですけど!」


 井上の一番苦手な作業なのだろう。愚痴が止まらないのは、配信者の動画類が常に確認事項として含まれているのだ。


「仕方ないさ。山河の部屋には、宮本の指紋、父親の指紋、それと複数の不明な指紋があった。結局、不明な指紋は配信界隈の関係者。だから事件当夜にアリバイのあったと言われる配信されたアーカイブをチェックしておくのは必須。それに山河自身が雑談をしながらゲームや山キャンプをしていた過去のアーカイブも、愚痴だって中にはあったかもしれない。宮本を怒らせる引き金が潜んでるかもしれないんだ」


「というか配信って、移動中に飲食中、ゲームや料理とか、掃除や部屋の模様替えでさえも、ありとあらゆる配信があるんですよ。ドキュメンタリーやプラネタリウムを見たりすると眠くなるんですよね。ありふれた他人の日常を見ても面白いって思えないし。好きな人にとっちゃ興味深いのかもしれませんけど。正直長いだけの動画をチェックしなくちゃいけないのは本当に疲れます!」


「現地へ確認に行く方が楽だもんな」


「そうっすよ。捜査員は足っすからね。防カメだって、宮本だと確信するまでは、他にも候補がいましたからね」


「一番最初の捜査線上で挙げられたのはプロゲーマーだったか。割と頻繁に、わく動のボイチャで連絡のやり取りをしてたからな。何かの拍子で実は仲良さそうに見えてもトラブルを抱えていたのではと他の捜査員が指摘してた。あと身長も宮本と同じくらいで、細身。髪型も長髪で黒髪。目元は宮本に見えなくもない。配信では髪を縛っているが、山河のマンションには髪を縛らずに訪問と仮定して、宮本に成り済まし犯行日の夜に出入りすることも可能ではという仮説もあったしな」


「あー。瀬尾っていうプロゲーマーの人っすね。先月、山河の自宅に出入りしていて、三月半ばに山キャンプ配信を予定してたっていう。だから部屋にあった指紋は、主に打ち合わせと昼ご飯してたタイミングで指紋が付いたんではと瀬尾自身が言ってましたね。けれど事件当夜は配信していて、配信後にはゲーミングデバイスの撮影。配信前に、事務所のマネージャーも瀬尾の自宅に丁度いて、ゲーミングデバイスの撮影をするために、マウスやキーボードを提供したスポンサー企業の担当者もいた。配信中はマネージャーとスポンサー企業の担当者が、別室で最終打ち合わせ。配信後の撮影には一緒に立ち会っていたというのが、アリバイ証明になりましたからね」


 刑事課に入ったタイミングだった。

 田畑警部補が足早に、井上と大地を通り過ぎた。


「あ、お疲れさまで――」


 井上が挨拶を言い終わらない内に、大きな破裂音が部屋中に響いた。びっくりした顔で他の署員も全員振り返る。


「あ、すまない。皆んな。あ、井上君、徳最君、お疲れさま」


 田畑警部補が申し訳なさそうな顔で鼻をかんだ、ティッシュをゴミ箱に捨てた。


「お疲れさまです。大丈夫ですか?」


 大地は声を掛けた。

 まだ鼻がムズムズするのか田畑警部補はティッシュボックスに手を伸ばした。


「いやーまいったね。取調室が寒くてさぁ。早く夏が来てくれないかな」


 今日の気温は気にしたことはなかったが、まもなく三月に入ろうとする二月の終わり。肌寒さを感じるくらいには、低気圧でも来ているのかもしれない。


「そういえば石田と木下は取調べ中ですか?」


 大地の問いに、田畑警部補は首を振る。


「ちょっと早めの昼休憩に行かせたよ。宮本が頭が痛いと言い出してね。取調室で頭を抱えてうずくまった。初めて口を開いたんだ。石田君が宮本を立たせようとしたとき、宮本の手元が赤く腫れてるのに気付いてね。どうやら保護室で壁や床を何度か叩いていたみたいで。手当てするために一旦取調べは中止。石田君、木下君ペアがいれば気の弱そうな被疑者も喋ってくれることを期待したんだけどねぇ」


 大地は二人の役割分担が、自然と浮かんだ。ツキノワグマのようなゴツゴツとした強面の石田巡査部長が直接質問を投げ掛けて、静かに猟銃を構えて遠くから獲物を狩りそうな眼光鋭い細身の木下巡査長は恐らく調書を記録する担当だろう。正直、風貌よろしくない威圧的な狩人ペアである。睨まれたら長時間同じ部屋には居たくない怖さを感じる二人だ。


 宮本に効果を確かめるまでもなく、不発に終わってしまったのは残念だろう。


「あ、田畑警部補!」


 刑事課に若い制服警官が入ってきた。

 言付ことづけを受けて田畑警部補は大地に向き直る。


「山河と親しくしていた資産家がやってきたよ。しかも山河の部屋にあった不明指紋の一人と一致。再度話を聞くから、徳最君、私と一緒に来てくれ」


「了解しました」


「あ、井上君は調べ物や確認等々を、よろしくね!」


 軽く手を振って田畑警部補は刑事課から出て行く。「はーい。お留守番してまーす」と面白くなさそうに井上は返事をしてから電話の受話器を取り上げた。先ほど夢東から提供されたメモを手にしている。彼女の両親と店に確認を取るためだ。


 大地はノートパソコンを持ち上げて、充電していたケーブルを引き抜き、急いで田畑警部補を追いかけた。


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