アーカイブ8:山河鉄男はなぜ死んだ?(6)


「裏切り者、ですか?」


「はい。デューヴに移って活動し始めた時期に言われたそうです」


「え、デューヴに?」


「わくわく動画さんで注目され始めた時期に、企業向けだったデューヴのパートナープログラムを、一般の個人にも収益を受け取れるように当時開放したんです。日本では震災のあった年の十一年四月のことだったんですけど。日本支部が出来たとき、日本人ユーザーから収益化の申告がスムーズに行えるように働き掛けた時期です。山河くんは、十一年の冬ごろにデューヴに移行したと話してました。けど、わくわく動画さんから離れたことでファンの一部の方が『わく動を捨てた裏切り者』と罵った方もいたようなんです。チュイットのDMにそういった苦情もあったりして。随分と嫌がらせに振り回されたとも言ってました」


「収益を得られる投稿者や配信者を非難してたファンがいたんですか?」


 夢東は眉を下げて頷いた。


「私、わくわく動画さんの運営スタッフではないので、詳細はよく知りません。ただ課金制度の仕組みが遅かったんですよ。確か震災のあった翌年に、わくわく動画さんで、プラチナ会員制度が始まったんですけど、有料会員だと広告の表示が消えて、且つ遅延なく視聴できるようになるんですけどね。でも、そのころに活躍していた投稿者や配信者の方々は全然収益を受け取れなかったんです。有料会員制度が出来ても、投稿者のチャンネル有料会員になる流れはそれほど大きくないみたいで。皆んな一般会員でも、広告有りで視聴する人が多かったんです。だからファンを沢山作っても、利益にならないから動画制作や配信活動は、副業的な立ち位置としても凄く弱かったんです。皆んなタダで楽しんで、提供者に感謝を述べるだけで、無償提供でした。山河くんは、既にデューヴでの収益化に成功した海外事例を知ってて、だから思い切って移られたみたいなんです。デューヴの配信者だなんて私まったく知らなくて、打ち明けてくれたときなんか本当にびっくりしました」


「お互いに同じコンテンツを毎日見てるからですね。それは、びっくりしますよね。ファンからの言葉に悩んでいた他には何か聞きましたか?」


「そう、ですねぇ。デューヴでの活動は凄く楽しいから他のプラットフォームに移ることは考えてないって話をしてました。あと、今度お父さんと旅行に行く話も少ししてました。私がどこへ行くのと聞いたら、台湾か韓国に行こうかなと言ってました」


「海外旅行ですか」


「ええ。国内の山々にキャンプをするようになって、海外の山はどうなんだろうかって話をしてました。それで、お父さんが結構お茶が好きらしくて。あ。特に台湾には、お茶の山ツアーもあるって話をしてたんですよ。そのツアー良いわねって言ったら、まだパスポートすら作ってないから、行き先を決めたら作らなきゃいけないって話してました」


 旅先に海外旅行を考えていた、という話は初耳だ。どれほど本気で考えていたのか定かではないが、検討事項にツアーまで調べていたのなら本気で考えていたとも取れる。


「あと少しお話をお伺いします。山河さんには、担当編集がいます。宮本という男です。その方について、何か言ってましたか?」


「編集の方ですか。うーん。いえ。特に何も。仕事は順調だという話しか聞いてませんでした。もうすぐ百万人の大台になるから楽しみだということしか聞いてません」


「そうですか。では、もう一つ。メールの内容に『元気そうで』とありました。最近は会ってなかったのでしょうか?」


「はい。会うというか、そもそも山河くんにバッタリ門仲の駅で会ったんです。あまりにも久しぶりすぎて、それで飲みに行こうって話になったんです」


 署の最寄り駅である門前仲町の駅で会ったらしい。山河のマンションも近い。


「それは、どのくらい久々の再会だったんでしょうか?」


「えっと。確か、山河くんが事務所を辞めた日だったから、もう十年ぶりくらいにはなります。声を掛けられたとき、最初は山河くんってちょっと分からなくて。ビックリしたんですよね。何を仕事にしてるのかもビックリしたけど、見た目も随分変わってたから一日で二回ビックリすることになりました」


 酒が回って全部はよく覚えていないと言っていたが、夢東にとっては忘れられない一日だったようだ。


「なるほど。では山河さんが二十六歳で法律事務所を退職した以来の再会だったのですね。かなり大昔のことで大変恐縮なのですが当時の仕事に就かれていたときの話を伺いたいですが、覚えてますか?」


「はい。私は事務職でした。山河くんは新人の弁護士の業務だったんですけど」


 彼女は下を向いた。


「夢東さん?」


「あ、すみません。えっと彼は四年勤められたあと辞めてしまったんです」


「山河鉄男さんのお父さんに伺ったのですが、法律事務所はかなりブラックだったと伺っています」


「あー。ご存知なのですね」


「ええ。形式上、色々とお伺いしているので、事実関係などを確認しています。差し支えなければ、今言い淀んだことをお伺いしたいのですが?」


 夢東響子は、短く溜め息を付いた。


「亡くなったあとで、あまり言いたくはないのですが山河くんは勤務当時、かなりミスが多くて叱責が頻繁にあったんです。法律事務所の仕事は文書作成を一つすることもミスは許されませんから、かなり確認業務というのは注意を払わなければいけないんです」


「仕事が上手くいってなかったんですね」


 彼女は首を縦に振って頷いた。


「先生たちも教えるほど時間が取れないので、山河くんに任せる仕事は弁護資格のない事務員でも出来る仕事を与えられるようになって、それが辞める日まで続きました」


「それはキツいですね。少し、突っ込んだ話になりますが、山河鉄男さんとは勤務当時どのような話を他にされましたか?」


「仕事終わりに飲みに行って、お互い愚痴を言い合ったりしました。捌き切れない仕事の多さに最悪だよねとか、そういう愚痴です」


「なるほど。あと差し出がましいのですが関係者には必ず確認しないといけなくて。大変恐縮なのですが、当時、山河鉄男さんと交際されてたりしましたか?」


 夢東の両手がギュッと握られた。彼女が若干強張る仕草を大地は見逃さなかった。


「はい。見ていられなくて。彼には頑張って欲しかったので、私から付き合いたいと彼に言いました。でも付き合うことなくフラれました。私が、もう少し早く告白していたら違っていたのかもしれませんけど、彼が事務所を辞めてしまった日に勢いで告白したので」


 彼女は下を向いた。悲しそうに沈んだ目が床を見つめている。


「というと山河鉄男さんに直接言われて?」


「直接というか、考えさせてと言われて結局メールで『君は幸せになってくれ。もう俺は諦めた』と。それきりです。電話も繋がらなくなって、返信をしても返事はなくて」


「疎遠になってしまったんですね」


「私、山河くんが事務所でずっと頑張ってるのに全然仕事のミスが減らなくて、本当に心配でした。先生にも向いてないと指摘されて、ああムリな人もいるんだなと思ってました。けど山河くんが辞めたあと、知ったんです。事務所内で、ミスしたやり取りは殆ど山河くんの所為にされてた。それを聞いてしまった。本当に酷くて。私も数年後に辞めて実家に戻りました」


 思っていたよりも過酷な環境だったようだ。山河は社会に出たばかりの新人。人に良いように利用されたようだ。


「でも十年ぶりに彼に会って、本当に凄く元気そうで良かったなって思ってたんです。あんなに様変わりして」


「先程も二回ビックリしたと仰ってましたが、そんなに驚かれるほどの変貌ぶりだったのですか?」


 床を見つめていた彼女は顔を上げた。少し笑みを溢して。


「そうなんです。彼に道で会ったとき、私、声を掛けられて。最初、誰この人って思って。本名をフルネームで名乗られるまで本当に分からなかったんです。付き合ってた当時はスラッとしてて物凄く痩せてましたから。十年ぶりに会った彼は、体重が五十キロ以上も増えてたんですよ!」


 夢東響子は、巨漢となった山河の風貌を思い出したらしく吹き出すように笑った。

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