アーカイブ7:俺には関係ない(4)


 進路相談室を出た。

 正直言って、打ちのめされた。


 川崎は二年で三百案という提案をした。すべてがボツになり、ある日、彼はプツリと糸が切れたという。


 そんな話を聞いて、俺はひるんだ。


 インターンから正社員になるため提案だけで頭が一杯なのに。


 川崎は、こうも言っていた。


 彼は辞めた以降、ハローワークで紹介された事務仕事を始めたが数ヶ月後にまた辞めて、それからニートを半年、このままではダメだと奮起後コンビニでアルバイトを開始した。そして高校時代に親しかった先輩が来店して再会後、その先輩が起業したばかりの小さな事務所で仕事を手伝うようになり正社員になったという。


 インターンを辞退することは簡単だ。かといって五社の面接落ちが続いた俺が安定した大手企業を捨てて、他に勤められる会社を探すというのは、億劫だ。しかも川崎は人材募集に会社がまだ掛けられないそうで、申し訳ないが他を早いうちに探した方が良いかもしれないとアドバイスを受けた。


「徳最くん!」


 呼ばれて振り返る。

 進路相談室から川崎が走って出てきた。


「藤原先生がいる手前、言えなかったことがあるんだけど」


 なんだろう。

 彼は声を落とした。


「三百案を出して鬱になって辞めたっていうの、正確には半分本当のことじゃないからね」


「どういうことですか?」


「僕は不正行為に加担させられたんだ。志門って人にね」


 その名は、昨日織田が話していた。

 志門って言う役員が、提案時に嫌味な物言いをしたと――。


「マジすか」


 川崎は頷いた。


「ラグビーのスター選手だった人が、引退後にアルファケーブルネットワークに引き抜かれて入社した人がいるんだけどね」


 チーフのことだろうか。


「え。それって尾野さん?」


「あ、そうそう。尾野さんって人」


「まさか尾野さんも不正したん、ですか?」


「違う。逆さ。選手がヌルッと入社したことに志門は良い顔をしなかったんだ。あの会社は有名選手やスポーツ大会のスポンサーには喜んで乗るけど、社会経験の低い人材採用は避ける傾向がある。もともと提案で内定制度を始めたのも、それが起因してるんだけどね。尾野さんは二十五歳以下の若年層の加入費用は半額にさせる提案を入社直後にしたんだ。社長が秒で採用したんだよ。それで加入数も大幅に増加して結果を出した尾野さんを目の敵にした。だから志門に言われて僕は妨害工作に強要されたんだ。まぁ、妨害したターゲットは尾野さんだけじゃないけどね。でもずっと心残りで、三百案を出したあたりで嫌になって辞めたんだよ」


 まさかの告白だった。


 川崎は後悔していた。志門の気に入らない社員の提案が役員会議に通らないよう、対抗策としてワザと屑な案を出させていたという。川崎案が先に役員会議で取り上げられて、志門は、もちろん事前に他の役員たちに通達済。しかし川崎案は、役員会議内で適当に志門の采配で話し合わせるが当然通らない。それが三百案の殆ど。


 無意味な会議なのだ。


 そんないざこざが、まさかインターン先の裏で起こっていたとは信じられなかった。


「徳最くん。尾野さんの下で働いているなら志門は、君の採用を見送ることも普通に仕掛けてくると思うから気を付けてね」


 思っていたよりも自分の立場は、かなりフリな気がした。


  *


『それで社内の不正を暴いて、内定勝ち取ろうって話か?』


 鼻で笑われた。なんて不快なVCだろうか。


「全然違うから。入野井!」


 今日はできないと伝えた。だがゲームをやりたいという入野井からの再三の通知に、なぜやれないのか聞かれて俺の行き場のない愚痴を結局聞かせることになった。苅田にはすまないが聞かせられる話じゃない。言えばきっと、仕事なんかやめて配信のトップを本気で目指さないかと言われるのがオチだ。


『じゃあ何か、その志門ってやつに不正行為を強要された話を聞いたって話をして、次に仕掛けてこないよう、むしろ脅しておくって話か?』


「なんで俺が同じことをしなきゃいけないんだよ。脅迫じゃねぇか。俺が言いたいのは、真っ向から提案しても通らないんなら、チャンネル登録数千人にさせる方をどうにかしたいって話だよ!」


『結果を出して内定を貰おうってことか。――――登録数ねぇ。事務所が、デューヴのアカウントを作ったときは一日位で百万人達成したからな。俺の話は参考になんないぜ? てか罠師そっち行ったぞって。おぉい。もうダウンしたのかよ。トロールやめてくれよ?』


「違うわ。け切れなかったんだよ!」


 入野井は俺を救助せず、さっさとフィールド上から抜けた。リザルト画面にはドクロマークの俺と入野井を含むプレイヤーは全員脱出マークが付いた。


『登録数なんてファンが見たいか見たくないか、投稿通知を受け取って貰うためにできる仕組みじゃん。つまり登録数が増えないってのは見たいと思うものが投稿されてないんでしょ。そこ改善しないとダメじゃね?』


 VCの向こう側から、カランッと音がした。コップの内側で氷が弾かれた音だ。


「それが簡単にできたら苦労しないよ。特に古い体質の企業だから、タダで観れるコンテンツページに何でも掲載できないし」


『へぇ。近々お前の会社のコマーシャル撮る予定だけど、それ使えないの?』


 来た。悪魔の声だ。


「コマーシャル動画は掲載すると思うけど、だからって、過去投稿した動画は話題にならないだろ。アイドル出てねぇわってなるだけだし。当然、チャンネル登録数も再生数も伸びない。広告塔使って企画動画も俺は却下したよ。ファンの偏りで登録数が増えたところで、加入者が増える見込みは薄いからな」


『あっそう。へぇ。手厳しいな。だったら、尚更お前が盛り上げなきゃいけないじゃん。チャンネル開設して自分自身でαスポーツを紹介する配信でも始めてみたらどうだ?』


 適当なアドバイスである。しかも織田と似たような戦略になるから、同様提案は通らない。更に悲しいことだが入野井の提案は、たとえ織田のことがなかったとしても確実に確定廃案だ。


「言ってなかったけど俺チャンネル持ってるんだよね」


 ワクワグラムに自分のチャンネルページのURLを張り付けた。


 直ぐにVCから大爆笑する声が響いた。


 ギャラクシーマジックゲームズチャンネル。登録数四人。


 直近、二週間前にライブ配信した二時間のDD配信は、再生数三回だ。

 

『宇宙のアイコンかぁ。名前もクソだせぇな!』


「俺に配信力を求めてもムダだからな」


『登録してやるよ。売れないゲーム実況者の役が来たら参考にしとく』


 そんな役、一生来るな。


『つうか誰が四人も登録してるんだろ。一人は悦史君だよな?』


「苅田はアカウントを二つ持ってるんだ。一つ目を作ったとき使えなくなった時期があって、もう一つを作ったんだけど運営が戻してくれて二つ持つようになったんだ。あとは兄貴と、もう一人はまぁ知らない人。たまたま間違えて登録したんだと思うけどな」


 苅田が使えなくなったアカウントは、登録数五万を記録した頃である。カーリィの屋根裏部屋チャンネルが開設一年のことで、エロい投稿をしていると良俗公序に反したチャンネルとして報告された為だ。誰かが嫌がらせで運営に違反報告をしたのだろうが――――こんな話、もちろん入野井には言わない。


『へぇ。兄貴がいるのか。俺、一人っ子なんだよね。兄貴がいるってどんな感じ?』


 苅田と似た質問を受けた。どうして億劫な話ばかりしなければならないのか。


「個人情報に関することは発言を控えさせていただきます」


『はぁ? それじゃ、お前のチュイットのアカウントもフォローしとくよ。今後の発言に注意して見とくぜ』


 なんだって!

 急いでチュイットのページをPCに映した。入野井と思われるヒヨコのアイコンが付いたアカウントから、フォロー通知が入っていた。


「チュイットもやってたのか」


『頻繁に見てるわけじゃないけどな。チュイットは特に事務所がしょっちゅう監視してるから、むしろ持たない方が楽。持ってた奴は発見次第、潰されるし』


「じゃあ自分の歌とか出演を呟くファンを覗くため?」


『昔はそうだったけど今は違う。俺が赤プリになったくらいに、チュイットで呟く人が増えたんだ。特に瀬尾さんが俺の事を呟いてくれて凄い嬉しかった。炸羅みたいな人が加入してくれたらいいのになって』


 プロゲーマーの瀬尾選手のことか。いや待て。苅田と同じゲーミングPCを持ってるとは言っていたが、配信を見てる話は一切なかったぞ。


「隠れファンかよ。そりゃ良かったな。事務所を抜けたら、一緒にやればいいじゃん。好きなことをやるんだもんな?」


『そういうミーハー的な軽い話じゃないんだ。瀬尾さんはFPSゲームのレジェンズ部門所属選手。DDは気晴らしにやってるゲーム。でもDDは殺人鬼に追われる十八歳未満プレイ禁止ゲームでもある。eスポーツ大会シーンでDD部門はない。残虐なゲームに保護者から苦情の出るゲームは採用されないんだ。だから赤プリの上位層でDD部門を作れたらって話は瀬尾さんの夢。絶対実現することはない。嬉しかったけど、申し訳なくて俺は瀬尾さんも他の配信界隈も気が重くて見れないし』


 こいつ、こじらせてる。


 きっと本当はやりたいのだろう。アイドルではなく、自分の居場所が見えている場所に行きたくても現実が許さないのだ。しかし炎上で事務所を抜けられたところで、元アイドルを起用しようと目論むゲーミング系の事務所は果たして、どれくらいあるだろうか。

 

「そうか。大変だな。ま。めげるなよ。それより入野井。レディしてよ」


 次の試合に向かうのに、入野井からの準備完了ボタンが届かないのだ。


「おーい。入野井?」


 VCからは何も聞こえない。オンになっている筈だが、何か音声トラブルだろうか。


『なあ。お前さぁ。苅田って、呼ぶよな。てことは、苅田悦史くんがフルネームだよな?』


 急に声色が変わった。何故、今更フルネームを問うのだろうか。


『これ。どういうこと?』


 メッセージが飛んできた。

 ワクワグラムのテキストチャットだ。

 URLが記載されている。

 アドレスにマウスカーソルを合わせてクリックした。


 ネット記事だ。


リアルタイムNEWS!カテゴリー:ゲーム実況界ニュース。

―― 【人気配信者うつーちゃん。八百長疑惑か。DD対決は全部やらせ?】

―― 【苅田友麻の御子息、苅田悦史さん。発覚:人気ゲーム配信者だった!写真有】

―― 【うつーちゃん八百長を十三年前からやってた。音声ファイル有】

―― 【カーリィこと苅田悦史さん。うつーちゃんを擁護発言】


 入野井にバレた。

 苅田のことが知られた。

 だが、そんなことは頭に入ってこなかった。


 いくら俺には関係ないと思い込んでも、もう関係ない話では、ないらしい。


―― 【十四年前の誕生日会。勝たないと相手の身内を苛め標的の脅迫か。うつーちゃん当時六歳でも許すべき?】NEW!


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