アーカイブ11:すべては配信外に起きていた(2)


 苅田と内海からの頼み事は、簡単には上手くいかなかった。兄貴は、俺の電話に滅多に出ることはないからだ。


 職業柄、多忙を極めている兄貴と連絡を取る方法は一つしかない。


 直接会う。それが一番早いのだ。だが、できることなら会いたくはない。頭の出来が兄貴とは違うから、会えば小言を言われたり、わざわざ言わなくても良いことを兄貴は平気で口にするから。


 しかし今回は、内海の配信人生が無くなろうとしている。七年もの積み上げてきた配信が出来なくなるのは、あまりにも残酷である。


 俺が配信をかじらなければ、別にコンビニとかフリーター人生でも良いじゃないかと口にしてしまうところだ。だが内海は日々の配信や動画投稿を通して、多くの人を感動させてきた。


 俺も内海の過去のアーカイブを見た。サッカーのシミュレーションゲームを見ている内に再び、やりたくなるような気持ちにさせてくれるのを感じた。


 俺の動画や配信なんて、殆ど誰も見ない。配信者というのは、向き不向きがある。誰にでも出来るようでいて、実は、実力を問われるのだ。


 面白いやつが配信界から一人消えるだけ。それだけのことだが、俺は助けてやりたいと思った。


 深河警察署に訪れて、兄貴を受付ロビーで待った。程なくして階段から降りてきた兄貴は、テレビで見たときと同じような黒っぽいジャンパーに黒いズボン姿だった。


 おいおい。着替えてないのか?

 もしかして全然帰ってないのか?


 ツッコミたくなる気持ちを抑えて、俺は兄貴に声を掛けた。


「あ、よう。兄貴。電話とかメッセも送ったのに全然返信ないから直接来てやったわ」


 手を少し上げた。若干ぎこちない挨拶に、兄貴のぶっちょ面が、より厳しい目付きになった。そんなに睨まなくても良いのに。


「俺は暇じゃない」


「だよね。分かってるさ。でも、どうしても今すぐじゃないとダメなんだよ。人の人生が掛かってることなんだから」


「人の人生?」


「会って欲しいひとがいるんだ」


 兄貴の目が少し見開いた。


「お前、来る場所を間違ってないか?」


「え?」


「俺より先に両親に会わせたらいいだろ?」


「違うわ、そっちじゃない!」


「は?」


 俺は手招きした。苅田と内海は、待合室の椅子から立ち上がり兄貴の前にやってきた。本来、誕生日会の関係者でもないが、苅田は見届けたいと言った。


「右が、苅田。大学の友達」


 苅田は軽く、お辞儀をした。


「知ってる。君のお母さんは確か華道家の人だよな。捜査員が君の家に行ったときのことも聞いている」


「あ。あのときの!」


「あのとき?」


 俺が聞き返すと苅田は「テントさんのことで事情を聞かれたときのこと」と、ボソッと話した。


「マジ!」


 テレビの中で映っていた兄貴は――テントさん――の事故か事件か、を調べている捜査員に見えたが、まさか本当に兄貴が担当しているなんて。確か報道では担当編集者に事情を聞いているという話ではなかったか。


「宇宙。お前も関わっているのか?」


 苅田から俺にジロリと視線が移り、兄貴が俺に訊ねてきた。怖い。


「え。か、関わってるって?」


「テントさんと話したこと、会ったことがあるのか?」


「えええ。ないよ!」


「じゃあテントさんの編集担当者と会ったことや話したことはあるのか?」


 何なんだよ!

 まるで取調べみたいな聞き方じゃないか!


「はぁ? 何言ってんの兄貴。ないよ!」


 兄貴は眉をひそめた。


「じゃあ何しにきたんだ?」


「だから内海のことだよ!」


 俺は内海の腕を取った。俺に引っ張られた内海が一歩前に出た。兄貴もデカいが、内海もデカい。二人が並ぶと俺から見たとき、巨人同士が向かい合うように見え”圧“を感じた。


「あ。どうも。こんにちは。内海です」


「この声、その身長…その唇の特徴的な形…うつーちゃん?」


 少し驚いた顔で、兄貴は内海を見つめた。


「え。知ってるの!」思わず俺は声が出る。


「知ってるも何も。君は、顔の目元を兎の面で隠して赤い口紅と巫女のコスプレをしてるゲーム実況者うつーちゃん、じゃないのか?」


「あ、はい!」と内海。


「確か山――いや、テントさんが二年半くらい前か。六十万人記念を迎えて雑談配信に『おめでとう』と、ライブ配信中のコメント欄に君が書き込んでいた。それをテントさんが目敏く見つけて、ワクワグラムのボイチャに君を呼んだ。配信中、暫く二人で話していたよな。君はチャンネル登録数が百万人になったばかりで、テントさんが登録数の伸び悩みを君に相談してた」


「そう、そうです。その通りです! お詳しいですね。びっくりです!」


「兄貴、リスナーだったの?」


 俺の質問に「アーカイブをたまたま見たからだ」と兄貴は素っ気なく答えた。


 記念日の雑談配信なんて、普通、丸々映画ニ、三本分くらいはあるだろう。そんな生配信のアーカイブ動画を見るなんて、よほどのファンか暇人でもなければ見る奴はいない。


 案外、兄貴は暇人なのだろうか。またツッコミたくなる気持ちが湧いたが、今そんなことを言えば機嫌を損ねるので指摘するのはやめた。


「うつーちゃん。本題」


 苅田が内海の袖を引っ張った。


「あ。そうだ。あの俺、どうしてもあなたに謝らなくちゃいけないことがあって――」


「悪い。ちょっと待ってくれ」


 内海の話を断ち切った兄貴は、ふらりと俺たちから離れた。玄関付近の柱に近寄ると「おい。署内は撮影禁止だ。今すぐそれを直ぐに消せ!」と怒鳴った。怒鳴り声にひるんだのか、男が手にしていたスマホを落とした。


 制服警官に男が引き渡されると、兄貴は戻ってきたが「上で話そう」と二階へ俺たちは連れて行かれた。そこは誰もいない会議室だった。


「悪いな。さっきの男が、君らを無断で撮影していたんだ」


 君ら――というのは苅田と内海のことだろう。兄貴から「署員が削除したか中身は確認するから心配はいらない」と告げた。


「マジかよ。特定班か。ここまで追ってくんのか!」


 苅田は、ご立腹だ。


「そうでしたか。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」悲しそうな表情を浮かべて内海が謝罪する。


「別に謝ることじゃないさ。それより迷惑行為をもし受けてるようなら、立派なストーキング被害だぞ。早急に君らが住んでる地域課、警察署に相談した方が良い」


 苅田は親に相談してからにすると話したが、内海は下を向いて「そうですね」と一言。


 俺は見ていられなかった。


「兄貴。チュイットとか、トレンドは全然見てないの?」


「何の話だ?」


「マジか。全く見てないのかよ!」


 俺の指摘に、兄貴は困惑した表情を見せた。


「さっきから一体何の話をしてる?」


「誕生日会のことです」


 話に割って入ってきた内海が声を上げた。


 ようやく大昔の出来事を、話す時が来たようだ。

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