トイレと鏡


 幽霊によっては暑さ寒さを感じる者も居れば、死後の体感温度に変化がない者も居るらしい。

 隙間風も冷たい秋の夜の怪談会。

 次の話し手は、ノースリーブのワンピースを身に着けていた。

 その女性に寒そうな様子はない。

「その場に誰も居ないのに、鏡には映ってるっていう怪談がありますよね。私は、その逆なんです」

 そう言って、ワンピースの女性は話し始めた。



 どういう訳か、幽霊になっても時々トイレに行きたくなるんです。

 そして、トイレの鏡には私の姿が映らないのに、生きている人に直接見えてしまうことがあるんです。

 なぜかトイレの中でだけ、私の姿が生きている人に見えてしまうんです。鏡には映らないのに。

 私の姿が見えるだけなら、普通にトイレを利用していると思ってもらえるのですけど。

 鏡に映っていないのを同時に目撃されてしまうと、ビックリさせてしまうじゃないですか。

 気付いてからは、人に見られないように気を付けています。

 大抵のトイレには鏡があるし、誰も使わないような汚れた公衆トイレは気が滅入るんですけどね。

 でも、幽霊なのにトイレへ行きたくなるのも、鏡に映らないのにトイレの中では人に姿が見えてしまうのも不思議です。



「死後の状態は様々です。個人差が大きいんですよね」

 MCの青年カイ君が、しみじみと言った。

「そうですね。ちょっと不便もあります」

 頷いたり首を傾げたりしながら、ワンピースの女性は答えた。

「この香梨寺の駐車場にもトイレがありますから。あまり掃除が行き届いている訳でもないんですが、良かったらお使いになってください。水道に鏡は付いていないので」

「あっ、本当ですか? 助かります」

 そう言って笑顔を見せると、ワンピースの女性はぺこりと頭を下げた。

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