死因不明
次の話し手は、この世に残りたくて残っている訳ではないようだった。
三十代半ばに見える、ふっくらとした容姿の女性だ。紺色のTシャツにジーンズ姿で、座布団に足を崩して座っている。
幽霊による怪談会。
様々な存在が参加し、幽霊たちの状態も十人十色だ。
怪談会のMC青年カイ君に促され、女性は話し出した。
見覚えのない場所で目が覚めて、ちょっとパニックになりました。
でも、病院の小さい個室のベッドだって、すぐにわかったんです。
看護師さんがドアを開けて『気分はどうですか』って。
どうして私はここに居るのかって聞いたら『昨夜、お友だちの家から運ばれてきた』と聞かされて、思い出しました。
友人の家で宅飲みをしていたんです。
疲れていたし貧血でも起こして、ビックリした友人たちが救急車を呼んだのだと思って。
迷惑をかけてしまったろうから、早く友人たちと話したかったです。
でも、それだけじゃないのかも知れないって思ったんですよね。
倒れた時に頭を打った可能性もあるって言われましたけど、個室に来たお医者さんの質問に、違和感があって……。
まだ状況を理解できていなかったので、その時の事はよく思い出せないんですけど。なんて言うか、精神鑑定みたいだったんですよね。
精神的に不安定な状態ではないかを、確かめられているような感じで。
それで、別の事が心配になりました。
缶ビール2本しか飲んだ記憶は無いんですけど、飲み過ぎて暴れたりしたのを、すっかり忘れてるなんて事もあるのかなって。
お医者さんにも宅飲みの時の様子を聞かれたから、缶ビールを2本飲んだけど普段はそれくらいじゃ酔ったりしないって話したんです。
気になるので、お医者さんの質問が済んでから『自分はどうして救急車で運ばれて来たのか覚えてない』って聞きました。
お医者さんが言うには、友人が救急車を呼んだ訳じゃなかったみたいで。
近所の人が警察に通報していて、友人たちは自宅から逃げ出したところを保護されているって聞かされました。
信じられませんでしたけど、そこは普通の病院じゃなくて警察病院だったんです。
そんなに暴れたのかと思って、愕然としました。
友人に怪我はさせて無いって聞いたけど、どんなだったのか話を聞きたくて。
でも、検査が済むまでは会えないって言われました。
警官も話を聞きに来るって言われて……お酒で完全に記憶を無くす事なんて本当にあるんだって、驚くばかりでした。
今までに、むしゃくしゃして暴れたり大声で叫ぶような事はあったかって聞かれて、『無い』って答えるべきなのはわかりましたけど、『そんなだったんですか?』って、聞き返しちゃいました。
それで、もう少し記憶をたどって、友人たちと宅飲みしながら怪談話しをしていたのを思い出したんです。
もしかして、取り憑かれてるような感じだったんですかって聞いたら、通報ではそういう内容だったって……。
そこからは、ハッキリ覚えています。
怪談で寄ってきた何かに取り憑かれて、異常行動をしたのかも知れないって思ってすぐ、気分が悪くなったんです。
急に周りがグルグル回り出したように感じて、意識が遠退きそうと思ったら、気分の悪さがスポッと抜けたような感覚でした。
でも、気分の悪さが抜けたんじゃなくて、私自身が体から抜けてしまっていたんです。
私は天井近くまで浮かび上がってしまって、ベッドの上では私の体が動物みたいに跳ねていました。
取り押さえられる前に、私の体は高くジャンプして頭から床へ……。
そこでまた、私の意識は途切れました。
警察の人が『突発的行動による事故』って、友人たちに伝えてました。
お医者さんも警察の人も、幽霊か何かが原因なんて言えないですよね。
でも結局、何が起こったのかハッキリしないんです。
私の体に入ったのが何だったのか、どうして私が死ななくてはいけなかったのか、わからなくて……。
視線を落とし、女性は首を傾げるようにお辞儀した。
参加霊たちの半透明な手が、ハフハフと拍手する。
「ありがとうございました」
と、カイ君も拍手しながら「うーん」と、唸るように首を傾げて女性を見つめた。
「何かに取り憑かれていたのは確かのようですが、その正体はわかりませんねぇ」
女性は顔を上げ、
「本当ですか?」
と、カイ君に聞き返す。
「今のあなたには、ついて来ていませんから。幽霊か何かの余韻は残っているんですけどね」
「……取り憑かれた訳じゃなくて、私自身がおかしくなっていたのだとしたら、もっと怖いなって思っていたんです」
「あぁ、なるほど。そうではないと思いますよ」
カイ君が答えると、女性は諦めたような笑いを見せ、小さく息をついた。
参加霊たちが、悲し気な優しい視線で見守っている。
――女性は死因となった何かを怨んでしまうだろうか。
カイ君が言葉をかける前に、
「成仏すれば、わかりますか」
と、女性が聞いた。カイ君はしっかりと頷き、
「わかる時がくると思います」
と、答えた。
肩を落として苦笑しながら女性は、
「本当ならヤバいヤバいとか言いながら、周りに言い触らしてそうな友人たちが、口をつぐんでしまっているほどで。私がどんな状態になっていたのか気になるんです」
と、話した。
「なるほど。それは気になるでしょうね」
「成仏するための道が用意されている気がするんです。この怪談会が終わったら、そちら側へ進みます。ありがとうございました」
宙を見上げてから、女性はカイ君や参加霊たちに視線を戻し、ゆっくりとお辞儀した。
「こちらこそ、お聞かせいただきありがとうございます」
カイ君と参加霊たちが、もう一度ハフハフと拍手した。
女性は、友人と警察の会話も聞いている。
何かの拍子に、その姿を目撃される可能性があったかも知れない。
『異常な死に方をした女が今でも彷徨っている』
『乗り移った何者かが、亡くなった女性の姿で友人につきまとう』
そんな怪談になるのかも知れない。
カイ君は、幽霊ですら状況を理解できていない怪談も、世の中には多く存在するのだろうと実感していた。
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