未確認調査員


 夜毎に行われる、幽霊による怪談会。

 静かな香梨寺こうりんじの本堂で、参加霊たちは円形に並べた座布団に座って、怪談や身の上話を披露する。


 その夜は、ペタンコ座布団の一枚に白猫が丸まっていた。

 尻尾だけがシマシマ模様の白猫だ。

 幽霊と言っても、参加霊たちにおどろおどろしい雰囲気はない。気持ち良さそうに眠る白猫に、にこやかな表情を向けている。

 怪談会のMC青年、カイ君は、

「気持ち良さそうに寝ていますね。起こすのも忍びないですが……えーっと。ネコさん、ネコさん?」

 と、声をかけた。

 ――猫も話すの?

 と、言いたげな表情で、参加霊たちはカイ君を見た。

 すぐに白猫は目を覚まし、座布団の上にお座りをする。

 カイ君を含めて参加霊たちは、白猫の頭にキョトンとした目を向けた。

 白猫の頭の上には、黒い毛の塊がモヒカンのように乗っているのだ。

 毛の塊はムクリと立ち上がり、体を曲げてお辞儀をした。

 カイ君も軽く会釈しつつ、

「お話をうかがえますか?」

 と、黒い毛の塊に聞いてみる。

「ええ、もちろんです」

 と、毛の塊が答えたので、参加霊たちは目を丸くした。

 全体が黒い毛に覆われた長細い物体は、機械やスピーカーを通したような声をしている。

「我々は調査員です。いやぁ、どこから来て何の調査をしているとも、詳しくお伝えする訳にいかないもので。ただ、調査員と名乗らせていただきますね」

 白猫の頭の上で、もにょもにょと踊るように動きながら、毛の塊は話し出した。



 まあ、皆さんも我々と似て非なる状態と認識しておりますので。

 お伝えできる範囲で自己紹介させてもらいます。

 我々の姿が見える生きた人間が、どの程度存在するのか。それがどんな人間に多いのか。

 この黒いモサモサした体は、それを調べるための調査媒体です。

 『学校』という場所を調査対象にしていましてね。

 『授業』では教師に、大勢の生徒たちが目を向けるでしょう。そこで我々は教師の眉毛の片方に貼り付き、姿を見せる。

 生徒たちの『なんだアレ』という表情を数えます。

 我々の姿が見える生徒の割合や、傾向を調べているんです。

 子どもばかりが調査対象で良いのかと思うでしょう?

 もちろん、大人たちの集会や演説などに姿を見せる事もありますよ。ただ、それは様々な分野に分かれているんです。

 講習会の内容に興味がある類の人間、選挙演説に足を止めて聞く類の人間など、ある程度の偏りが出る。

 学校という場所では、まだ分化が少ないですから。

 未分化な集団を対象に、数年おきに調査をしているんです。

 学校で興味深い対象者が居れば、また数年後に進んだ先での変化などを別の調査員が調べる事もありますね。

 ……いやいや。

 つい色々と、お話ししてしまいました。

 『なんだアレ』と思ったところで、それを他人に話そうと言う気が起こらない程度の意識介入はしています。

 ですが、それ以上の影響はありません。

 人間が我々に対して、畏怖の念を抱く必要はないのですよ。



 白猫が大あくびをしても、気にせず黒い塊は話し続けている。

「また、幽霊という状態の人間の多くが、我々の姿を見る事が出来るという仮説がありまして。本日は、こちらに参加させてもらったわけです。この猫殿の頭に、黒い物体が見えない幽霊殿はいらっしゃるかな?」

「……」

「……」

 参加霊たちは、ポカンとした表情を向けるばかりだ。

 同じく口を半開きにしたまま聞き入っていたカイ君は、軽く咳払いすると、

「なるほど……えーっと皆さん、どうでしょう。白猫さんの頭の上に、楕円形の黒い毛の塊がモヒカンのように乗っているのですが。見えない方はいらっしゃいますか?」

 と、片手を上げながら聞いてみた。

 すると、目をパチパチさせながら手を上げる参加霊がふたり。

 他の霊たちは「へー、そうなんだ」と言うように、顔を見合わせている。

 白猫も参加霊たちを見回し、黒い毛の塊が、

「なるほど、興味深い。ありがとうございます」

 と、答えた。

 お座りして居た白猫が腰を浮かせ、グーッと伸びをする。

 その頭に乗っている毛の塊は、

「そろそろ猫会議の時間だそうです。人間だけではなく、猫などの動物も調査対象としていますのでね」

 と、言って、ハハハと笑った。

「完全に猫さんの意識を、操っている訳ではないんですか」

 と、カイ君は聞いてみた。

「ええ、それでは調査になりません。多少、思考を促す程度ですよ。こちらの座布団で、ひと眠りしてみようと思わせるという程度のね」

「……なるほど」

「では、お先に失礼します。ご協力、感謝します」

「こ、こちらこそ」

 毛の塊がペコリとお辞儀し、白猫も会釈するように頷くと、トコトコと本堂の木戸へ向かった。

 小さな猫の手で器用に木戸を開け、出て行くと外から木戸を閉じた。

 木戸を開け閉めするのも、思考を促されているだけなのだろうか……。

「えーっと、この怪談会には本当に色んなかたがいらっしゃいますが、こんなに未確認な方は初めてです」

 呆気に取られていた参加霊たちは、目をパチパチさせながらカイ君に視線を戻した。

「ああいった見た目の存在もいるんですね。もっと色々と詳しく聞いてみたくもなりましたが、お忙しいようでしたし。気を取り直して、次のお話に移りましょう」

 カイ君が拍手すると、参加霊たちも興奮冷めやらずという様子で拍手した。



 カイ君は白猫の出て行った木戸に目を向けた。

 黒い毛の塊が言っていた『似て非なる存在』とは、信じる者と信じない者が存在するのは幽霊も同じ、という事だろうか。

 えんというものが、あちらさんにも存在するなら、また怪談会に参加するかもしれない。

 似て非なるとはいえ完全に専門外だなぁと、カイ君は苦笑いしていた。

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