透明幽霊


 幽霊による怪談会。

 参加する幽霊たちは、生きている時よりも薄ぼやけたり半透明な姿をしている。

 そのため、拍手をしてもパチパチというハッキリした音は鳴らない。

 ハフハフと薄ぼやけた音になるのだ。


 そして次の話し手は、他の参加霊たちよりもさらに薄く透けて見えた。

 座布団に正座する女性は、怪談会MCの青年カイ君に笑顔を向けている。

 よく見れば、膝下は他の霊と同じように濃い半透明だ。

 濃い膝下が座布団に揃えられ、その上に薄い半透明の体が乗っているように見えた。

 参加霊たちもそれに気付いているのか、女性の膝下に目を向けて不思議そうな表情をしていた。

「私、足だけは見えるようになったでしょうか」

 と、女性が言うと、参加霊たちが驚ろきの表情でキョロキョロする。

「あ、なるほど。皆さんには、両足の膝下だけが座布団に乗っているように見えているんですね」

 カイ君が聞くと、参加霊たちが頷いた。

「幽霊による他の幽霊の見え方も、人それぞれな事があるんですよ」

 感心するように参加霊たちは頷き、薄く見える女性は少々悲しげに視線を伏せた。

「僕には、皆さんよりも薄い半透明の女性が見えています。膝下だけ、濃く見えますね。首元のリボンが印象的なブラウスを着てらっしゃる、セミロングの黒髪も素敵な女性ですよ」

 カイ君が説明すると、参加霊たちは膝下しか見えない女性に笑顔を向けた。

「他の幽霊さんにも気付いてもらえない事が多かったので、目を合わせて話せるの、嬉しいです」

 ニッコリと笑う女性にカイ君も笑顔を合わせ、

「詳しく、お聞かせいただけますか」

 と、促した。



 初めは、なんだかよくわからない感覚でした。

 自分が、幽霊と言われる状態になっているのだと、理解するまで時間がかかったんです。

 怪談とか幽霊の出て来るような話には、あまり触れて来なくて……。

 自分がどういう状態なのか、他の幽霊さんが居たら聞いてみようかと思って。

 探す内に、亡くなっているらしい方を見付けたんですが、その幽霊さんには、私の姿が見えなかったんです。

 自分は幽霊ですらないのかと、どうしたら良いかわからなくて途方に暮れていました。

 でも、何度か声を掛ける内に、ようやく私の事が見える幽霊さんと会えたんです。

 私は確かに幽霊の状態で、幽霊によっては他の幽霊にも気付いてもらえないくらい、表現力というか存在力が弱い事もあると教えてもらいました。

 そういう時は、誰かいるかも知れないという意識を向けてもらうと、姿を現しやすくなるみたいで。


 オバケが居るかも、では駄目なんです。

 生きている人が居るかも知れないという普通の感覚で見てもらうと、私の姿も見える事が多くて。

 今は試着室の、低い位置にカーテンの隙間がある所に居るんです。

 カーテンを閉めたままの試着室。ブティックなんかで、試用中かどうか下の隙間を見ますよね。

 時々、私の足元を見てくれる生きた人が居て。

 自分でも少しずつ、足元が見えやすくなってきたような気がしているんです。

 幽霊には足がないなんて言うのと、逆の状態になっていますけど。


 自分を思い出してくれる家族や友人が居れば、自分の誕生日や仏壇の前でも良いみたいなんですけど。

 私にはそういう人、思い当たらないから……。

 幽霊として残った意味もなく消えてしまうのは、嫌だなって思ってるんです。



「……未練が弱いから私は透明なんでしょうか。それとも魂とか、心が弱いのかな」

 視線を床へ落とし、女性は話し終えた。

 他の参加霊たちよりも薄い姿の女性を、カイ君は真っ直ぐに見つめた。

「未練や心の強さより、未練を晴らす事を、諦めかけていませんか」

 優しい声音で、カイ君は聞いた。

「あきらめ……」

「この世に残るほどの未練でも、それを晴らすのはどうせ無理だろうと、諦める気持ちが打ち消し合ってしまっているのではないでしょうか」

「……そうかも、知れません」

 小さく頷きながら、女性は自分の膝元を撫でた。

 女性の膝下しか見えていない参加霊たちは、見えないながらも真剣な面持ちで耳を傾けている。

 カイ君は少々首を傾げて考えながら、

「とはいえ、希望を強くもてなどと言われて強くなれるなら、とっくになっていますよね。それは焦らず、ご自身のペースで良いと思います。まずは、全身をもう少し濃くする事を目的にしてもいいかも知れません。それが叶えば、ご自身の未練を晴らす事も叶うだろうと思えるでしょう?」

 と、話した。

 薄い姿の女性は、ゆっくりと頷いた。

「人が居るかも知れないという意識で、目を向ける場所……」

 寺の本堂に、参加霊たちは座布団を円形に並べて座っている。

 隣同士で顔を見合わせたり、向かい合わせに首を傾げたりしながら、参加霊たちも考え込む。

 そしてカイ君が、ポンと膝を打った。

「最近、色んな所に増えている多目的トイレとか、いかがでしょう。男性用トイレが故障中で、多目的トイレを使った事があるんですよ。鍵をかけ忘れたり、使用中のボタンを押さずに使用しているお年寄りが居たりしないかな、なんて。ドアを開けるの、ちょっと勇気が要りましたよ」

 表情も薄ぼやけているが、女性が目を丸くしている。

「なるほど、確かに……」

 と、頷く。

「勘の鋭い人には、驚かれてしまうかも知れませんけどね。まあ、そういう人は見慣れているものですし。大目に見てもらいましょ?」

 カイ君が軽く笑って言うと、参加霊たちも笑って頷いている。

「ふふ。そうですね。多目的トイレ、行ってみます」

 薄い姿の女性も笑みを浮かべ、ゆっくりとお辞儀した。

「興味深いお話を、ありがとうございました。人が居ておかしくない場所にいる人、実は幽霊だった、なんて事もあるかも知れませんね」

 カイ君が拍手すると、参加霊たちのハフハフという拍手の音が本堂に広がった。

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