ネット移動


 次の話し手は、どこか浮世離れした様子の女性だった。

「次のお話を、お願いできますか?」

 怪談会のMC青年、カイ君が声をかけてから数秒の間を置き、ゆっくりとお辞儀した。

 ふわふわの長い黒髪に上半身が包み込まれている。

 顔を上げると口元は見えるものの、前髪に隠れて表情はうかがえない。

「……」

 もう一度、カイ君が声をかけようか迷っていると、

「私は、浮遊霊です」

 と、女性は言った。

 黒髪の中から白い手が伸び、軽く手櫛を通す。

「あちこち、移動なさっているんですか?」

 と、カイ君が聞くと、黒髪の女性は数度ゆっくりと頷いてから、

「……浮遊霊ですが、生きている人たちの近くを移動するのは嫌なんです。それで、いい通り道を見付けたんです」

 独特な間のおき方で女性は話す。

「通り道ですか。詳しく、お聞かせいただけますか」

 また数秒の間をおいてから、黒髪の女性は話し出した。



 私の通り道は、ネット回線。

 いつも、インターネット回線を通って移動しています。

 ――水の流れ、空気の流れ、人の流れ。

 流れるモノが、よく見えます。

 流れに、身をまかせるのが好きなんです。人の流れは、嫌いですけど。


 初めは、電話回線でした。

 回線の流れへ乗る内に、自分で自由に移動できるようになりました。

 電話は出入り口、FAXファックスは行き止まり、パソコンは休憩スポット。

 いつの間にかWi-Fiなんて、あちこちから出入り自由な便利なものができました。

 まあ、移動し放題ですけど。

 その分、どこに行きたいのかハッキリしていないと、すごく迷いやすいですよ。

 下手をすれば、海外まで流れてしまうなんてこともありますから。

 昔の回線の流れを知らない、新しい浮遊霊さんたちにはお勧めしません。

 個人的には、ISDNアイエスディーエヌの頃が好きでした……懐かしいです。


 それで、先日。

 いつものように、居心地の良さそうなパソコンの中で休憩していたんです。

 そのパソコンの持ち主さん、画面の隅に私の姿が見えていたようで。

 時々居るんですよね、見える人。

 それで、閉じたノートパソコンの上に、盛り塩をしていました。

 もちろん、適当な盛り塩に、私を追い出すような効力はありませんよ。

 狭い部屋の中で、ちょっと変なニオイがしてきたような。

 その程度の感覚でしたけど、居心地がよくはなくて。

 ちょうど出口があったので入ってみたら、電子メールでした。

 メールで、別の人のパソコンに移動させられていたんです。

 移動先は、まだ有線LANを使っていたので、パソコンの外へ出てみました。

 薄暗くて、ゴチャゴチャしていて湿気も溜まった家で。

 空気の流れも無くて、固定電話もありませんでした。

 その家からの出口を見付けるのは、ちょっと大変でした。

 メールに乗ってしまうと、自分では行先がわからないので。

 移動手段には、向いていないなと思ったんです。



 話し終えると、女性は髪に手櫛を通した。

 顔の左右に、小さな耳が覗いている。

「……電波なお話でしたね」

 少し失礼な言い方になったろうかと、カイ君は女性の反応をうかがった。

 女性はすぐに、長い前髪の中でふふふっと笑った。

「インターネット回線を使った移動ですか。ちょっと未知の世界ですが、浮遊霊の移動方法も進化していきそうですね」

 カイ君の言葉に、他の参加霊たちは頷くような首を傾げるような。

 しっかりと頷いて納得できる霊は、今夜の怪談会には居ないらしい。

「なかなか新しいお話でした。どうもありがとうございます」

 カイ君と参加霊たちが、ハフハフと拍手する。

 口元に笑みを浮かべながら少々の間をおき、黒髪の女性はゆっくりとお辞儀した。

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