バケツの中身
「このお寺って、悪いものは入れないんですよね」
幽霊による怪談会。
次の話し手は、三十代前半に見える青年だ。
「すごく、安心感がありますけど」
恐る恐ると言う様子で青年は、怪談会MCのカイ君に聞いた。
カイ君はしっかりと頷き、
「悪意ある存在は、この
と、話した。
なるほど。と、頷きながら青年は、
「じゃあ、魔物って入れますか」
と、聞く。
「魔物、ですか?」
「魔物とか物の怪みたいな存在を、見かけた事があるんです」
「それは珍しい。詳しく、お話しいただけますか?」
「はい……先日の事です」
カイ君に促され、青年は話し出した。
西日の眩しい夕方でした。
学ランの学生さんが、足を止めて何か見詰めていたんです。
何を見ているのかと思って、僕も同じ方向に目を向けました。
そうしたら横道の向こうに、赤いランドセルの女の子がしゃがんでいたんです。
よくあるプラスチックの、青いバケツを覗き込んでいました。
生き物でも入っているのか、目で追っているような様子で。
ほら、僕は幽霊ですから。
学生さんにも女の子にも気付かれないでしょ?
バケツの中を覗いてみようと、女の子に近付いてみたんです。
でも僕が覗き込む前に、女の子はバケツから何か捕まえて、パクっと口へ入れちゃったんです。
ビックリしました。
それが何だったのか、わからなかったんですけど。
もぐもぐしながら立ち上がって、女の子は歩いて行ってしまいました。
学生さんもポカンとしていましたよ。
女の子が行ってしまってから、すぐにバケツの中を見てみました。
でも、浅く水が入っているだけで……何も居なかったんです。
なんとなく、沼とか池の水の臭いがしました。
バケツの水は透明でしたけど、子どもの頃にザリガニとかカエルを捕まえたのを思い出すような臭いで。
そうじゃないにしても、水の張ったバケツに入れるような、手掴みできる食べ物なんて想像できなくて。
ちょっと、普通の女の子じゃないなってわかったんです。
好奇心に負けて、女の子の後を追いかけました。
バケツが置かれていたのは老夫婦が住んでいる家で、その向こうは空き地です。
空き地の道向かいにボロアパートがありましたけど、女の子がアパートを通り越していたのは見ていたんです。
でも、その後は消えてしまいました。
どこかに抜け道があったのかも知れませんけどね。
空き家と雑草まみれの駐車場がある他は、行き止まりになっていて……。
僕も幽霊ですけど、怖くなって引き返しました。
あの女の子は、どういう存在だったのか。
人間とも違う、魔物か何かだったら怖いなって思ったんです。
話し終えると、青年はもう一度首を傾げた。
怪談会の参加霊たちも顔を見合わせている。
「バケツに入っていたものも、気になりますねぇ」
と、カイ君も目をパチパチさせた。
「たまたま手に持っていたチョコか何かを、うっかりバケツの中に落としてしまった……なんてオチなら怖さも半減するんですけどね」
苦笑いで青年が言う。
「例えばですけど。登下校の時間帯に、ランドセルを背負った子どもの姿で現れる存在というのは、耳にした事があります」
カイ君が、静かに言った。
「それは、魔物ですか?」
「たぶん、魔物に分類されるかな。人間に混ざって学校に通ってるわけじゃなくて、昼間は買い物袋を下げた奥さんの姿をしていたりとかで。人間の幽霊ではないんですけど、どういう存在なのか全くわからないんですよね」
首を傾げっぱなしで、カイ君は話している。
夜風が、本堂の木戸をカタカタと鳴らした。
参加霊たちも幽霊だが、屋外の物音にもビクついてしまう。
「人間の思考や感覚が通用しないらしいですから。何をしてきても不思議ではない、不気味な存在です。うっかり目を合わせたりしなくて良かったですよ」
「た、確かに」
「いやぁ、ハッキリした答えが見つからなくて申し訳ないです。でも何がどう怖いとも、解釈しにくい怖さのお話は興味深いです。ありがとうございました」
カイ君が拍手すると、青年は苦笑いのまま頭を下げた。
参加霊たちも、ハフハフと拍手する。
「では、次のお話に参りましょう」
夜な夜な、香梨寺で行われる怪談会は続く。
人間の思考や感覚をもたない存在は、悪意もなく突飛な事をしてくるかも知れない。
幽霊以外にも、様々な存在が参加する怪談会だ。
毎回のMCを務めるカイ君は、手に負えないような存在が香梨寺の敷地に入らない事を、切に願ってしまう。
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