人格者


 幽霊による怪談会。

 床板に年季の入った座布団を、円形に敷いている。

 次の話し手は、ペタンコ座布団に足を崩して座る笑顔の女性だ。


 その女性は、柔らかいラグマットでくつろいでいるような、ゆったりとした雰囲気だ。

 怪談会が始まるまで、隣り合わせた霊と楽しげに談笑していた。

 それでも、この世に残らずにはいられない残存霊なのだ。

 霊と言っても、おどろおどろしい怨霊ばかりではない。

「それでは、次のお話をお願いします」

 怪談会MCの青年カイ君は、笑顔の女性に話を促した。



 もう、幽霊になって十年になるんですけどね。

 幽霊が見える人に、見られた事はありませんでした。

 誰にも見られていないつもりで、いつも通りに余所様の畑も平気で通り道にしていたんです。

 近所に貸農園があって、土地を区切って家庭菜園が出来るような場所なんですけどね。

 ふかふかに耕した土の上を、私が平気で進んだものだから。

 丁度、畑仕事をしていた女性の視界に入ったんです。

「えっ」

 と、驚かれて、こちらもビックリでした。

 でも、その女性は、

「あら、驚かせてしまってごめんなさいね」

 って、言ったんです。

 凄くないですか? 私、幽霊ですよ。

 幽霊に対して、驚かせてごめんなさいなんて。

 いくら幽霊が見える人だからって、なかなか言えないですよね。

 出来た人って居るんだなって、ダブルビックリでした。

 ああいう人になりたかった、なんて思いましたよ。

 私はもう、死んでるんですけどね。



 女性が話し終えると、実体のない参加霊たちの手がハフハフと拍手した。

「幽霊に対して、驚かせてごめんなさいですか。確かに、なかなか言える事ではありませんね」

 カイ君が言うと、女性や他の参加霊たちも深く頷いている。

「見える人の感じ取り方も様々だと聞きます。畑に入られても嫌がらないようですと、生きている人と区別がつかない訳ではなさそうですし」

「そうですね。私が幽霊だと、わかってくれていたと思います」

 と、女性が答える。

「人怖怪談なんてものもありますが、幽霊だけが怖い存在ではないんですよね。そのかたは、生きていようと亡くなっていようと、悪意をもった相手かどうかで物事を把握しているのかも知れません」

 しみじみと話すカイ君に、女性は、

「幽霊だって十人十色ですもんね。見える人の幽霊との接し方だって、千差万別なんですね」

 と、言った。

「本当に、その通りですね。とても興味深いお話を、ありがとうございました」

 カイ君が言うと女性は笑顔でお辞儀し、参加霊たちはもう一度ハフハフと拍手を送った。

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