辻回し
次の話し手は開口一番に、
「私は『
と、言った。
青いTシャツの若い女性だ。
こげ茶色の内巻き髪で、Tシャツに細身のジーンズという活発そうな印象だった。
どこにでもいそうな人間の女性に見えるが、妖怪などと言い出したので、怪談会の参加霊たちは目を丸くした。
しかし幽霊だけでなく、様々な存在が参加する怪談会だ。
MCの青年カイ君は気にせず、
「妖怪さんでしたか。それでは、お話をお願いします」
と、促した。
青いTシャツの女性は、楽しげな笑顔で話し始めた。
辻。十字路ですね。
まず、狙いをつけた相手の前を歩き、私が前にいるという印象を植え付けます。
そして十字路で転ばせ、今度は反対方向に姿を見せるんです。
正確な方向ではなく、私の後ろ姿を見つけて進む道を判断する人間も多いんですよ。
でも、私は元の進行方向とは逆に進みますから。
逆戻りしてしまい、気付いた時には困惑する。
私は、その困惑を食べる妖怪なんです。
十字路でUターンしてしまう。
辻で方向がグルッと回るので『辻回し』と言います。
別に、困惑を食べられても人間はなんともないんですよ。
たまに、どこまで行っても戻っている事に気付かない人もいて、こちらが困惑してしまうんですけど。
かなり、まどろっこしい事をしているとは自覚しているんです。
でもまあ、私はそういう存在なので、仕方ないのですけどね。
話し終えると、青いTシャツの女性は軽く笑った。
「後ろ姿を印象付けるために、目立つ色の服を着られているんですね」
と、カイ君は聞いてみた。
青いTシャツの腹部を両手で撫でながら、
「はい、そうです。白いワンピースや赤いコートで長い黒髪だったりすると、怖がらせてしまうんですけどね。真っ青や真緑のTシャツなら、不思議な経験したなぁと。いい具合の困惑で済むんですよ」
と、女性は答えた。
妖怪なりの配慮があるらしい。
「なるほど。でも最近は歩きスマホなんかも多いし、なかなかお食事もしにくいんじゃありませんか?」
と、カイ君はさらに聞いてみた。
「歩きスマホ! あれは危ないですよね。私は普段から十字路を見ているんですが、近付いている車や自転車に気付かなかったり。時々、ヒヤッとする事がありますよ」
「それは危ないですね」
「ええ。本当に」
参加霊たちも頷いている。
「ありがとうございました。それでは、次のお話をお願いします」
参加霊たちの拍手はハフハフという音だが、辻回しという妖怪女性の拍手はパチパチとはっきり聞こえていた。
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