指先


 次の話し手は、袖の中に両手をすぼめている男性だった。

 寒い訳ではなさそうだが、薄手のYシャツの袖口で、両手を隠しているのが風変わりに見える。

 怪談会のMC青年カイ君は、一応、

「寒いですか?」

 と、聞いてみた。

 男性は首を横に振りながら、

「いえ……ちょっと、手を見られるのが恥ずかしくて」

 と、言って、そっと袖の中から両手を出した。

 少々日焼けしている、深爪気味な指先だ。

「なにか、変な手でしょうか」

 と、男性は自分で首を傾げている。

 カイ君も男性の両手を見詰めながら首を傾げた。

「変わった様子は、なにも無さそうに見えますが」

「そうですか……そうですよね。よかった」

 男性は、自分の両手を見下ろしながら話し始めた。



 昔は墓地だった場所にできた建物で、心霊現象が起きるなんて耳にするでしょう。

 でも、そこに眠っていた者が、真上にできた建物を怨んだりすることって少ないと思うんです。

 僕が眠っていた墓の上にも、ビルが建ちましてね。

 ずいぶん昔の話ですけど。

 ほとんど野晒しの墓でしたから。

 キレイなビルが建って、その中を見物できるようになった時は楽しかったですよ。

 現代人が仕事をする姿を眺めたり、雑談に聞き耳をたてたり。

 コンピューターとか電話とか、気が付くと進化していて。

 僕からすれば、未来の世界を覗いている感覚なので。

 とても興味深いです。


 でもまあ、幽霊ですから。

 自分で扉を開けることはできません。

 空間を隔てる扉や壁って、僕はすり抜けられないんです。

 人の出入りを見計らって、扉が閉まる前に入り込んでいます。

 でも、この指先だけ、生きている人に見えていると気付いたんです。


 常に人が多い場所でうろうろしている訳ではありません。

 普段は1階から最上階までを繋いでいる非常階段にいます。

 エレベーターもありますが、階段を使う人も多くて。

 非常階段と各階を隔てる大きな鉄扉を、誰かが開けた時に出入りするんです。

 ですが、6階の扉だけ違います。

 なぜか6階の扉では、僕の手だけが生きている人に見えてしまうようなんです。

 誰も居ないはずの背後に、人の手が見えたらビックリしますよね。

 生きている人の驚く様子で、慌てて階段側に戻るんですが……不思議なんです。

 どういう訳か、人に手を目視されていると、指だけ実態が戻ったように扉に引っかかってしまうんです。

 扉が閉まる寸前の、一瞬だけなんですけどね。

 すぐに引っかかりもなくなるので、指を挟まれて痛いなんてことはありません。

 でも、誰かが指を挟んだと思って、扉を開け直してキョロキョロする人が時々いるんです。

 目の前に手を出してみても、もう見えなくなっているようなんですけど。

 誰でも見える訳ではなさそうです。見える人と見えない人がいます。

 そして、見えても手だけ。体も見える人はいないようでした。

 ……僕の手って、変なんでしょうか。

 幽霊が見える人も時々いるように、生きている人に見えてしまう幽霊もいたりするのかなって。

 まあ、僕が見られてしまうのは手だけなんですけど。



 手のひらの裏表を眺めながら話し終えた男性は、両手を膝について頭を下げた。

「ありがとうございました」

 カイ君が言い、参加霊たちもハフハフと拍手する。

「手だけ見えて、扉に引っかかってしまうんですね。他の階では、指先を見られることもないんですよね」

「はい」

 小首を傾げて考えながら、カイ君は、

「確かに不思議ですね。高さだったり磁場だったり、空気の流れなんてものでも幽霊が見えやすい空間が出来てしまうという話は耳にした事があります。でも見えるのが手だけというと……生前、ご自身の手について思い出される事はありますか」

 と、聞いた。

「あぁ、生前ですか……別に、指をなくすような大怪我はしてないと思いますけど」

 と、男性も首を傾げる。

「では、特に指先を多く使うお仕事をなさっていたとか、手元を人に見られる事が多かったということは」

「あ、はい。飾り櫛の職人でした。弟子にも、僕の手元を見て覚えるように言っていました」

「おぉ、羨ましいです。細かい作業はどうも苦手で」

 と、笑いながらカイ君は、

「幽霊の体の中でも、部分的に霊力が強くなる事もあるそうです。そして、空気の流れや空間磁場の関係か何かが重なって、扉に引っかかるほど実態に近い指先になってしまっているのかも知れません」

 と、話した。

 聞いていた参加霊たちも、ふむふむ、へー、と頷いている。

「……なるほど」

「全て推測ですけどね」

「いえ、意味もわからず変かもしれないと不安に思っていたので、推測でも説明がつくと安心できます」

 もう一度頷き、男性は穏やかな表情を見せた。

「それは良かったです」

 カイ君は笑みを向け、参加霊たちももう一度ハフハフと拍手した。

 その男性の拍手だけは、パチパチとハッキリした音が鳴っている。

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