モグラミミズ


 大抵の事には動じない自信のあったカイ君だが、話しかける言葉が見付からなかった。

 MCの青年カイ君も他の参加霊も、目が点になっている。


 先ほどまで、明るいピンクベージュのスーツ上下を身に着けたマダムが座っていたはずだった。

 しかし、マダムに話し手の順が回ってくると、その姿が消えている。

 マダムのいた座布団には、ピンクベージュの巨大なミミズがを巻いていたのだ。

 丸まっているので長さはわからないが、男性の腕よりも太い。

 目も鼻も口も判別できないが、恐らく持ち上げている先端が頭なのだろう。

 両隣りに座っている幽霊たちが、さりげなく距離を取っている。

「えっと……先ほどと、お姿が違うようですが」

 とりあえずカイ君は、そう声をかけてみた。

 このまま進めるの? という驚きの顔をカイ君に向ける参加霊たちもいる。

 しかし、巨大ミミズが、

「人の姿に化けて来ました」

 と、答えたので、ギョッとして参加霊たちは巨大ミミズに視線を戻した。

 ――しゃべった!

 と、叫びそうになるのを抑えて、カイ君は、

「あー、なるほど。えー、そちらが、本当のお姿で?」

 と、詰まりながらも、聞いてみる。

「私はモグラミミズです。民家の下に住んでいましたが、怖い体験がありましたので、それをお話ししようかと」

 ピンクスーツのマダムをイメージする声で、巨大ミミズは話す。

 ミミズの幽霊という訳でもなさそうだが、怪談会の主旨は理解しているらしい。

「あっ、では、よろしくお願いします!」

 とりあえず元気のある声で言い、カイ君が拍手すると、参加霊たちも困惑の表情のまま、ハフハフと拍手した。

 モグラミミズと名乗った巨大ミミズは、頭と思われる先端でペコリとお辞儀した。



 地中でモグラが掘った穴を追って、モグラを食べているのでモグラミミズと呼ばれています。

 私は、その大型種です。

 小型種は集団行動でモグラを襲いますが、大型種は単独行動でないと、モグラが掘り進む穴を通れないんです。

 モグラは、巣作りで掘った土を地上に出して、土の山を作りますでしょ?

 あれはモグラ塚と言いましてね。

 土を出すために地上へ向かう背後から忍び寄って、パクッといくわけです。

 この近くに、モグラの多い住宅地がありましてね。

 しばらく住処にしていましたが、ある家の地下で怖い事がありました。

 人間らしく、機械を仕掛けたのかしら。

 早朝に食事をしまして、ゆったりと過ごしていた昼下がりのこと。

 突然、ビリビリビリッと、体が痺れたんです。

 なかなか治まらなくて。地表近くから、ずっと電気が伝わってくるんですよ。

 その家の地下を離れたら、痺れは感じなくなりましたけどね。

 農薬散布みたいなものだったのかしら。

 全く、人間の考えることは理解できませんわ。



「……」

 必死に営業スマイルを維持しながら、カイ君は目をパチパチさせていた。

「もう、人の住んでいない山に引っ越します。その前に、誰かに愚痴りたいと思っていました」

 ミミズマダムは、ご立腹な様子で溜め息ひとつ。

「こちらにお邪魔できて良かったですわ」

 そう言って、ペコリとお辞儀する。

「こ、光栄です!」

 大袈裟すぎる身振りで、カイ君は拍手した。

 参加霊たちも、つられるようにハフハフと拍手している。

「それでは、お先に失礼。食事の時間なので」

 ミミズマダムは、とぐろを巻いていた体をニュルッと床へ伸ばした。

 伸び縮みするように、木戸へ向かって進んで行く。

 慌ててカイ君が駆け寄り、木戸を開けた。

「あら、どうも」

 振り返るように先端を向けると、また前方を向いて伸び縮みして行った。

「こちらこそ、ご参加ありがとうございました……」

 すぐにミミズマダムの姿は、夜の闇の中へ消えて行った。

 木戸を閉めてカイ君が振り返ると、参加霊たちは皆ポカンとした表情をしていた。

「いやぁ、あはは……」

 苦笑いで自分の座布団に戻ったカイ君は、

「微量な電気を流してモグラ忌避効果を得るような、モグラ避けグッズが使われたのかなって。伝えて良いのか、わかりませんでした」

 そう言って、頭を掻いた。

 参加霊たちも苦笑いだ。

「えっと、他に、人に化けてらっしゃる方は居ますか?」

 カイ君が聞くと、参加霊たちの笑いが広がった。

「いえ、もちろん、人に化けて参加して下さっても、化けずに参加して下さっても構わないのですけどね。でも、驚きました」

 もうひと笑いするとカイ君は、

「それでは、次のお話をお願いします!」

 と、いつもより大きめの拍手をした。

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