人見童子
その日の怪談会には、幼児がひとりで参加していた。
夜の
その一枚に、緑色のオーバーオールを身に着けた男の子が、大人しく体育座りしている。
まだ3歳にはならないだろう。
誰もが目を向けるほど、小さな男の子だ。
本尊前のMC席には、まだ座布団が敷かれているだけだった。
男の子の隣の座布団に座る中年女性の参加霊が、
「僕、ひとり?」
と、声をかけた。
男の子はニコッと笑って、
「はい! 僕は幼児の幽霊ではありませんので。お気遣い、ありがとうございます」
と、流暢に答えた。
「……!」
聞いていた参加霊たちが目を見張る。声をかけた中年女性も、
「あ、あぁ……そうなのね」
と、少々笑顔を引きつらせていた。
本堂の奥に見える木戸から、カイ君が姿を見せた。
「お待たせしました……あっ、これはどうも」
小さな男の子に目を向けたカイ君が挨拶をした。
「こんばんは。お久しぶりです」
「お久しぶりです。お元気そうで」
「おかげさまで」
会釈まで完璧な挨拶をするのは、3歳にならないであろう幼児なのだ。
車座に座る参加霊たちが、目をパチパチさせている。
MC青年のカイ君は、本尊前の座布団に正座すると、深々と頭を下げた。
「怪談会のMCを務めます、カイ君と申します。今夜もどうぞ、よろしくお願いいたします」
カイ君の挨拶に、参加霊たちがハフハフと拍手した。幽霊の手は、パチパチとハッキリした音が鳴らない。
「皆様、気になられているようですね。では、今夜の怪談会。最初にお話をしていただきましょうか。
と、カイ君は小さい男の子に話を促した。
小さな手足で座布団に正座し直すと、男の子はぺこりと頭を下げる。
「ご紹介いただいた、人見童子と申します」
そう言うと、男の子はニコニコの笑顔で話し出した。
人見童子。人を見るためのチビッ子です。
地獄も極楽も、死後の在り方は生前の言動、日頃の行い次第。
では自分を外に出さず、いい意味でも悪い意味でも環境に合わせる事を強要矯正されてしまっている人はどうでしょう。
どんな状況でも選択は結局、自己責任なんて言われますけど。
死後の判断は、そんなに無責任ではありませんので。
周囲からの干渉がない時に、人の本質を確かめる事があるんです。
例えば、よちよち歩きのチビッ子が、急に飛び出して来た時の反応。
足にでも飛びついて来て『ぱぁぱ』とか『ママー』とか。
見知らぬチビッ子がニコニコの笑顔で見上げて来た時。
人によって、色んな反応を見せます。
無責任な親がいると決めつけて、大袈裟に一言いってやろうとする人とか。
露骨に嫌な顔を向ける人も居ますね。
家族が心配してるだろうと思う人も多いです。
よちよち歩きで突き進みたがる年頃の、チビッ子を追いかけるのは大変だと知ってる人は、保護者の心配もしてくれたり。
相手がチビッ子でも、危ないよって言い聞かせてくれたりとか。
もちろん、誰も居ないはずの自宅で、こんな子どもが居たら『恐怖』一択ですよね。
だから、居ても不思議ではない町中とか、公園で姿を見せます。
僕は、見知らぬ子どもに対する反応を見るための存在ですが、似たような存在は他にも居るんです。
一場面だけを見て何かが判断される事はありませんし、その言動がその人らしさを表しているのか、その場での建て前なのかも伝わるそうですけどね。
日頃の行いに少し意識をもってみるのも、ご自身のためになりますよ、と。お勧めしたいんです。
「時々うっかり、こんな風に話してしまって驚かれてしまうんですけど」
そう言って頭をかく仕草も、幼児では違和感があった。
MC青年のカイ君は気にせず、
「確かに、ビックリしそうですね」
と、頷いている。
「僕の話は以上です」
ちょこんと頭を下げると、カイ君が拍手した。
ポカンとした表情で聞いていた参加霊たちも、すぐに拍手を合わせる。
「日頃の何気ない一コマ一コマが『日頃の行い』として、自分らしさを蓄積していくんですよね。さらに、死後の在り方を決める具体的行動として見られている事もあるのですね」
「それだけで何かが決まる事はありませんが、重要な判断材料になるのかも知れません。もちろん、判断するのは僕じゃありませんけど」
「まだ、あちら側へ行けていない僕たちにも、いえる事なんですよね」
「その通りです」
カイ君と男の子が笑みを合わせる。
参加霊たちは、納得するように聞き入っていた。
幽霊たちの怪談会。
生前ならば自己啓発のような内容でも、すでに死後の参加霊たちには、より身近で興味深い内容なのかも知れない。
幽霊による怪談会 天西 照実 @amanishi
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